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書庫評論『日本の庭』(加藤周一)

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桂の庭を観たブルーノタウトは言った。ー「桂では目が考える」と。桂の庭の製作者は、己の精神が捉えた自然の奥深い姿を、そこに視覚的に表現しているということだ。
 
加藤周一は、最初に修学院の庭と竜安寺の庭を比較して「自然の模倣であるない、自然の延長であるない、境があるない」と対比的に説明していった。そういう対比的な表現が、この文の左右対称的で整然とした建造物のような印象を齎している。論理的にして明快な展開。さらにそれらの総合としての桂の庭を「模倣ではないが自然も人間も包む、境はあるがその境は無限に遠い」と説明していく。…左右対称の柱の上に、高く聳える尖塔のようなものを、この文は積み上げていく。
 
この加藤の文は、作文のお手本になるが、高校生にはやや無理か。下手に真似するべきでない。それに、私個人の感想として述べるなら、この世のものはあまり論理や知性で割り切れないことが多い。だから、論理的な断定は危険も伴うと思うのだ。私はこの文での修学院の庭が「自然の模倣」という、加藤の指摘が本当に当たっているのか、確信できない。
桂離宮の庭は、自然と人間との関係が、模倣でも対立でもない空間という意味で、それは現象的な「自然」ではない。人間の生活を包む自然であるから「第二の自然」といえるし、「宇宙」とも言える。整然とした秩序のなかで調和が保たれている空間だ。「宇宙」をコスモスという。
 
三年前の東日本大震災を思い出す。あの時、日本人は自然の脅威を目の当たりにした。その時の地震や津波は、日本人の生命と生活にとって、フュール=ジヒの自然であった。しかし、それは現象的な自然の姿でもある。普段日本人は計り知れない自然の恵みを享受している。自然の二つの側面と自覚的に向き合い、それと調和していくことが求められている。
 
ラスコーやアルタミラの洞窟の壁画を見れば、芸術は自然の模倣から始まることが確認できる。しかし、その模倣から離れ、人間の精神が歴史上さまざまな造作物にその足跡を残すようになる。ピラミッド、ベルサイユ宮殿…。しかし人間は結局、一旦は訣別した自然に回帰していく。芸術家をも包み込む第二の自然の懐へ。
 
桂の庭を創った作者の精神の燃焼度は、ピラミッドやベルサイユ宮殿を作った人間のそれに劣らない。燃焼の度合いは見かけではない。創り出された「結果」がどれだけ普遍性を持ち得ているかだ。桂の庭は「結果」として我々の前にある。
 
「燃焼の度合いは結果で測られる」―確かに、これは生徒の勉強にも当てはまることだ。テストの答案を見て「頑張って、勉強をしたのに…」とため息や愚痴をこぼす生徒がいる。しかし、勉強の「量」ではなくその「質」が問われる。時間だけかければいいというものでない。頭の良い悪いでもない。要するに困難にぶつかった時の「燃焼度」が足りなくて、「結果」に結びつかなかったのだ。
親子関係でもヘーゲルの三段階弁証法がみられる。子供は最初、親に同化しその模倣をする。対立の関係にないが、子供の自我は確立していない。やがて子は反抗期を迎え自己主張するようになる。そうして親との矛盾・対立の関係になる。しかし、その関係は、やがて子の自我が確立するとともに、親との共存関係に移行する。それぞれの人格が尊重され、互いに干渉し合わない独立の関係でありながら、家族という「宇宙」の秩序の中で調和する。
 
この三つの庭の、自然と人間の関係も親子関係と共通する。修学院の庭に観られる自然観は同化。竜安寺の石庭に表現された自然観は対立。…そして、桂離宮の庭は、修学院的なものと竜安寺的な要素が総合され、統一される。換言すれば、桂離宮の庭は修学院の庭でもあり竜安寺の庭でもあるが、そのどちらでもない…ということになる。
 
記述の簡便化のため、修学院的要素をS、竜安寺的要素をLとする。桂の庭の性格をKとすると、Kは単なる自然の模倣ではない、境があるという点で
L。しかし、人間を包む自然、境は無限に遠いという点でS。しかし、Kは
SでもありLでもありながら、SでもLでもない。SとLとの要素を総合統一したものだ。これを止揚(アウフヘーベンス)といい、こういう自然観をアン=ウント=フュール=ジヒの自然観という。
『日本の庭』における論旨の進め方は、このヘーゲルの弁証法に依拠している。ここで採りあげられた三つの庭に見られる「自然観」が問題になる。
 
まず、修学院の庭は、自然の素朴な模倣であり、その意味で、庭の自然はその外側にある自然の延長に過ぎない。言わば「境がない」のだ。これはアン=ジヒの自然観。自然を対象化する人間の目が働いていない。これに対して、竜安寺の石庭は「庭」となる。この場合の「庭」とは、人間の眼が捉えて対象化された自然の姿が表現されていること。従って庭の外側にある自然の延長ではあり得ない。「境されている」ということになる。手法的に、修学院ではそこにある樹はあくまでも樹だ。そこにある石は石として置かれている。
 
竜安寺では、石は石でない。苔も苔でない。砂も…。石は海に浮かぶ島を、そして砂で波を、苔は島の灌木を表現している。これを象徴主義的手法と言う。すなわち「象徴」というきわめて人間的・精神的手法で、相阿彌は白砂青松の海岸線から見た日本の海の典型的な姿を造形化してみせた。…こういう仕事は、自然に対して無自覚であってはできない。自然を対象化し、その本質を把握しようとする姿勢があって初めてできる。これをフュール=ジヒの自然観と言う。
 
しかし、相阿彌の自然観には限界があった。彼は自然を対象化したけれど、その自然は人間の生活を包み込む自然の姿ではなかった。竜安寺の庭は、言わば「芸術」として、人に観られるものとして造られ、その空間から人間の生活は排除されている。芸術と生活との分裂。その庭で、人は食事したり談笑できない。相阿彌の捉えた自然の本質には、そういう狭さがある。
むしろ、修学院の庭は人間が自然と同化し融和していると言える。
加藤周一のこの評論に入っていく前に、二つのことを指摘しておきたい。
その一点は、加藤の文体の特徴。何かの特質を論じようとする時、それと対照的な特徴を持つものと比較検討するのが分かりやすい。最初に修学院離宮と竜安寺の庭を、次にそれらを総合するものとしての桂離宮の庭の特質を明瞭にしていく。彼の文体は概ねそういう特徴を持ち、それ故、彼の文は論理的で整然とした印象を与える。骨格が左右対称のがっちりした建造物のような印象。
…これは解説で具体的に触れたい。
 
もう一点は、彼の論理展開が「弁証法」的だということ。この弁証法というのは、ドイツの大哲学者ヘーゲルが、歴史を研究して発見したもの。…この世のあらゆる運動体は、ミクロなものからマクロなものまで、①調和→②矛盾対立→③止揚、統一という三段階を経て発展していくという学説。
 
このヘーゲル弁証法は、マルクスという学者に唯物論的弁証法として受け継がれ、世界の共産主義革命の理論的骨格となる。加藤がこれを書いた時代も日本に左翼的な空気が強かったし、加藤自身もそういう資質を持っていた人間だと言える。今日では考えられない空気が、つい最近まであったのだ。
 
 

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