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すり抜けていった物語
日の光の弱まりが
夏の終わりを告げていた
僕は言葉に詰まって
「乙武さんだって…」
ここでまた、言葉に詰まり
「…あれだけ頑張れるんだから…」
麻痺の子の母は 大きく
そして 淋しく笑った
―乙武さんはクレバーだから
僕の励ましのつもりの言葉の
虚ろさに
心の中が真っ赤になった
顔に抑えた僕の不誠実―
四度目の秋が来て
麻痺の子が亡くなったことを
人伝に聞いた
僕の横をすり抜けていって
彼方で閉じられた 秘密の物語
母と子の―
先立たれた母の気持ちは分からない
麻痺の子の気持ちは 少し分かる
だって いつも優しく 笑っていたから
車椅子を この世に遺して
自分の足で
薄雲の向こうに 歩いて行ったのか
僕の方には振り向かないで
振り向く先は 分かっている
薄雲を見上げながら
僕は思った
この「過去」には向き合える
あの母と子の 優しい笑顔のおかげで
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自作詩
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コメント(2)
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新鮮な土砂降り
組合主催の映画会
教師の指導での苛め体験
米国ロースクールでの実験映画
瞳の色、髪の色で差別して
大勢で苛める
幼い子の顔が 苦痛で歪み 涙が滲む
上映が終わって
司会者の顔に 満足の笑みが拡がる
これ以上拡がりようがない程に
窓の外に 今日も平坦な青空がある
予定調和の空が
「どうです皆さん 苛められる側の心の痛みが分かれば…」
―苛めはなくなると?
「でも、痛みを分かっててやるのが苛めじゃないんですか?」
僕の発言に座が凍りつく
司会者の顔に 笑みと入れ替わって 不快と怒りが拡がる
予定調和が破れて…
…平和…戦争……アジアの惨禍…日本軍の残虐…
僕の頭上を 掠れた言葉が切れ切れに流れ去る
―どうして言葉が要るだろう?
あの表情だけで 十分なのに
それ以上でも 以下でもないのに
先験的な世界の回復のために?
窓の外に風が立ち
巨大な黒雲が動き出す
下命を受けた軍勢のように
部屋が翳って来る
司会者の顔に飽きて 窓の外を見る
―土砂降りの雨になるんだろうか?
ずぶ濡れになって帰ろうか
土砂降りの雨に
ずぶ濡れになって 狼狽する僕の姿が
新鮮なずぶ濡れに 歓喜・哄笑する僕の姿が
瞼に浮かんで 口が緩む
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その季節がやって来る
春 ライトグリーンの空を見上げて
鳥たちは頷き合った
「まさに飛ぶべし」
鳥たちは たちまち点になる
夏 神輿を前に 男たちは
口を一瞬引き結び 胎が決まった
「担ぐべし」
男が一番美しいとき
秋 野武士の襲撃が重なって
村は追い詰められた
長老が決断する
「起つべし」
映画『七人の侍』で その一言が力強かった
「べし」―道理的必然
必然だから美しかった
晩秋の今朝は 鉛色の空
電柱がその下で 鎖に繋がれて
クレーンが項垂れて 祈っている
べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木を来る鼓笛隊
永井陽子の歌を
わざと陽気に 口ずさむのだが
歌の背後に 暗い霧が立ち込める
チリメンジャコのように 折り重なった死者たちが
「べし べし べし」という呪文に 殺された死者たちが
揺れる霧の合間に 見え隠れする
神ではなくて 思想を担ぎ
自分に追い詰められて
この灰色の空の下で さまよう亡霊たち
もうすぐ妙義の山に 雪が降る
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初めから存在していなかった
浅間嶺の巨大な闇が
この小さな小屋を押し包む
晩秋の冷気が首を締め付けてくる
僕は蒲団を頭からかぶる
―思いがけない展開だね
…ほんとうに
―どうして、こうなったんだろうね
…ほんとうに
意識を逸らす物音が
今夜に限ってしないのはなぜだろう
―長い付き合いだったね
…あゝ
―どうして、こうなったんだろう
…生きてるからだろう
四十年の果てに舞い込んだ
旧友からの「さよなら」の手紙
僕が辿り着いたところで 君は否定され
君が生きるためには 僕が去らねばならぬ
…生きるって そういうことか
うす明るくなってきて
僕は庭に佇つ
どうして何も動かないのか
ミズナラの葉は茶褐色に濡れ
唐松の葉はそそけだった黄を残す
ノムラモミジの赤は 薄明のなかで
仏前の鬼灯のよう
四十年が突然消えること
初めから存在していなかったことになること
樹間から朝日が射してくる
今まで見たこともない陽が
落葉に深く埋もれた僕の小屋に射す
小さな塚のような小屋に
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闇の中で、パチンと指は鳴らすな
三十年前に別れた学友の墓
墓碑にその名が小さく刻まれている
一行の詩のように
水を掛ければすぐ乾く
彼がこの世に遺した一冊の詩集
死ねばこんなに小さくなる
風に揺れる葦、優柔不断の徒花、軽薄短小
私が心で揶揄した様々な形容が
いま重苦しく蘇る
女友達の胸に重く揺れるペンダントに
嫉妬していた彼
それが自らに閉ざされた断固たる意志のように
確固たる決断のように
彼はそれを汚い板塀の節穴から覗いていた
そして 穴より小さく縮んでいった彼
沢山の迷い
沢山の嫉妬
それらを埋めようと
沢山の言葉を紡いだ彼
まるで泥酔するように
「闇は俺の属性だ。ただ未完だけを秘めて、闇の中で
パチンと指は鳴らすな」
衝撃が僕を襲った
では 君は身動きも出来ず逝ったのか
了解の指を鳴らさず
僕は今 彼の墓と その一冊の詩集とに 別れを告げる
彼の永遠の未完は
僕の未完でもある
彼の闇だけを背負って
僕は さよならを告げる
僕の未完の墓が浮かぶ
彼の墓から遠く離れて
指を鳴らさず死ぬ 僕の墓
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