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 ・「十二階かんむり売り場でございます」月の明かりの屋上に出る

 『手紙魔まみ、夏の引越し』より。私はこの歌なんかも好きだ。デパートの屋上な
んか、売り場としての「役割」を与えられていない外れ者だが、「穂村ワールド」の
中では「かんむり売り場」として美しい「役割」を与えられる。

 私には穂村弘や他のニューウェーブ短歌の殆どは「チンプンカンプン」だ。しかし、
既述したように穂村の歌の世界には完全な断絶感を抱かない。
 黒雲とすれ違うとき、雨滴が私の頬に落ちて、まるで挨拶をされたように感じる。
その雨滴には、穂村の案外哀切なメッセージが込められているように感じる。

                             (第1部了)
 ・バービーかリカちゃんだろう鍵穴にあたまから突き刺さってるのは
 ・抜き取った指輪孔雀になげうって「お食べそいつがおまえの餌よ」

 一首目は『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』、二首目は穂村の処女歌集
『シンジケート』から。
 私は前衛短歌やニューウェーブ短歌の詠歌手法を知らないが、もしそれが反写生の
立場に拠って、言葉のイメージで現実以上の現実の赤裸々な姿を照らし出すことだと
すれば、この二首は高度な完成を見せていると言えよう。1首目の「バービーか」の
歌は現代の世相そのものだろう。不登校、子どもや大人の引きこもりが激増している
現代の世相。一見普通に見えて、しかも心優しい面もあるのに、どうしても「壁」に
突き当たって撥ね返される社会的不適応の人間は多数居る。穂村はそういう社会を
「酸欠世界」と表現する。
 2首目の「抜き取った指輪」の歌。・・・指輪は現実に生きる為の餌にならない。
そういうことを知っていて、指輪をなげうつ女の冷酷さ。孔雀はむろん穂村自身で、
女は人間の運命を司る冷酷な女神の形象だろう。そういう穂村の孤独な心象風景を
詠んだものに違いない。
 ・翔び去りし者は忘れよぼたん雪ふりつむなかに睡れる孔雀
 ・・・そうだ、孔雀はぼたん雪のなかに睡るしかない。人間社会に孔雀の居場所は
ないから。孔雀は空想を抱いて睡るしかない。
 ・ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。
 ・階段を滑り墜ちつつ砕けゆくマネキンよ僕と泳ぎにゆこう
 前者の歌は『手紙魔まみ、夏の引越し(うさぎ連れ)』、後者の歌は『ラインマーカーズ』の「蛸足配線」より。

 「ハロー 夜」の歌については『現代短歌の鑑賞事典』で栗木京子が佐佐木幸綱の
「さらば象さらば抹香鯨たち酔いて歌えど日は高きかも」という歌と対比させながら、
  「穂村自身が『わがまま』と定義した彼の作品世界は、大きなテーマが喪失した
   のちの明るい虚無感を表している」
と、適切に批評している。

 栗木京子が指摘する「大きなテーマ」とは何か? 旧世代の男たちが憑りつかれている「男の矜持」とか政治的な「共同幻想」といったものか。時代と共に残照のごとく消えてゆく「男のロマン」への憧憬と哀惜。
 ・ここにして生の拠りどをきずかんか必ずわれは孤高なるべし
 ・父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色の獅子とうつれよ
 前者は石本隆一(『ナルキソス断章』)、後者は佐佐木幸綱(『金色の獅子』)の
歌。これらの歌は精神的な高みを目指す男としての姿勢が顕著だ。
 
 「階段を滑り墜ちつつ」の穂村の歌にしても、穂村の現実世界への不適応の悩みを表白した歌だろう。男として、父として、大人として、社会が無言のうちに期待し、強制してくる「役割」に巧く適応できそうもない己の内面の苦渋…。経済的に困窮した境遇でもなく、知力も感性も十分にありながら、それでもこの社会での自分の居場所が見つけられなくて苦しむ人というのは確かに存在する。     
 私は1960年代の前衛短歌も、90年代のニューウェーブ短歌も長く敬遠し続けた。私が短歌に少し興味を惹かれたのは今世紀の初頭前後であったし、年齢的にも古くて伝統的な言語空間に育ってきた人間だったから。「読んでもどうせ分からないだろう」という先入観が強かった。

 しかし、ニューウェーブ短歌の旗手たる穂村弘の歌の幾首かが不思議に私の心に柔らかく沈んで来るのを感じた。
 ・約束はしたけどたぶん守れない ジャングルジムに降るはるのゆき
 ・飛びながらあくびをすると甲虫が喉につまってすごくあぶない
 両首とも『ラインマーカーズ』中の「蛸足配線」より。
 「約束はしたけど」の歌は太宰治の小説『走れメロス』を、「飛びながら」の歌は
宮沢賢治の童話『よだかの星』を連想させる。

 「約束を守る」というのは旧世代、殊に男の規範意識の中核をなすものであろう。
そういう倫理観を受け継ぐことのできない穂村の自己認識。虚無感が明るく漂う好い歌だ。
 醜いよだかは自己の生存の根本的な矛盾に苦しむ。この矛盾の解決を得られないまま、よだかは作者の手によって永遠に哀しく瞬く星になる。…だが、穂村はそういう
大きな問題に深入りすることなく、自己の卑小な生を守ることに汲々とする。秀歌とは言えないが、穂村の自虐的な哀感が垣間見えて面白い。
   漱石が投げかける永遠の宿題(6)
  
  自決することによって「明治の精神」に繋がろうとした先生は自身のことを
 「時勢遅れの人間」と規定したが、漱石が『こころ』で提起した問題は現在も
 なお少しも古びていない。いやむしろ益々切実な課題となっているように思わ
 れる。野放図な個人の自由と、中身の空っぽな近代的観念だけが跳梁跋扈して
 いる現在に於いて。

  特に私益を公益・国益の上に置こうとするマスメデイアの無軌道な暴走ぶりは、
 生の原形質が蠢くような不気味さを感じる。「言論・表現の自由」とか「権力の
 監視がマスコミの使命」という方便を隠れ蓑にして己の行為を正当化する姿には、
 自律的な倫理感・美意識で自らを省みる謙虚さがない。「この世は法が全て」と
 なったら、なんと味気ないことだろう。             (完)

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