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 戦後の風景(3)

 解放感があったが、やたら男女のキス場面が多いのには閉口した。キスが男女の
「秘め事」じゃなくて、人前で堂々と行われることにビックリした。それに何かと
いうと「愛してる」と言い交わすことが、やゝ煩い感じもした。

 昨日、ある女性の方のブログを訪問したら、美容院に行ったのに、旦那が気付い
てくれない淋しさを綴られておられた。お子さんはすぐに褒めてくれるのに、と。

 苦笑した。私なんかもそうだ。妻が美容院から戻って、その感想を述べたことな
ど一度もない。だが、老齢になって…つまり数年前、皮膚科医院で診察カードを受 
け付けの若い女の子に出そうとして、瞬間戸惑ったのだ。何か普段と感じが違う。
何が違うのか分からんかった。女の子は「何か?」と首を傾けて私に問う。

 私が正直に「感じが変わりましたね」と言うと、その女性はニッコリして「あゝ、
髪を上げたから」と手で触った。その表情が実に嬉しそうで驚愕した。
私は別に褒めたつもりはない。ただ、普段無造作に垂らしていた髪をお正月風に
巻き上げた為、少し大人っぽい色気を感じただけだ。…それでも、その女の子は気
付いてくれただけでも大変な上機嫌になったことに仰天した。

 あの炭坑のアメリカ映画で何かというと「愛してる」と女性に囁きかけ、花束を
捧げる意味が60年経ってようやく理解できた。日本の男性は女性を粗末に扱い過
ぎているのかも、と反省した。…で、私はその後、妻に優しくなったかというと、
さにあらず。やっぱり「愛してる」なんて一回も言ったことがない。

 ところで、解凍されかかった私の幼い魂は、新たな結核性関節炎で長い病床生活
を送ることになった。むろん自宅で。姉が毎日ストマイの注射を打ってくれた。
今なら医事法違反になるだろうが。

 姉たちが読む少女雑誌の中原淳一画伯の画を横目で見て「このお姉ちゃんも結核
なんだろうか」と思った。目が凄く大きかったから。おまけに口が酷く小さいから、
「これじゃあ、千枚切りしか口に入らなくて栄養不足になるね」と同情した。

 戦後の風景(2)

 私はどういうものか、生まれつき愚鈍な子だった。その上、戦後の風景に脅え
っ放しで、私の魂は冷凍庫に入れられたようにカチカチに凍った。これを解凍し
たのが、北海道の炭坑長屋生活だった。山深くに建てられたベニヤ板の長屋。

 母が死んだ後、食い詰めた父が北海道の芦別という町の山奥の頼城という所で
坑夫になったのだ。ハイリスク・ハイリターンの職業。当時のレベルでは落盤事
故がしょっちゅう起きた。父も2度ほど落盤事故にあったが、大過なく済んだ。

 その当時の回想は記したから、繰り返さない。小学校は毎日のように午後が
炭坑の映画館での映画観賞。5円だった。アンパンが10円の時代。

 この呑気な山中での生活が、私を解凍したのだ。愚鈍な私を苛める子はいなか
った。勉強ができない生徒ばかりだったから。

 その頃に観たアメリカ映画で、私の「人生は苦役」という先入観が、初めて解
凍され始めたのだ。青い海を前にした白いテラスで寛ぐ男女。…それだけで、何
か解放感があった。頻繁に交わされるジョークにも驚いた。私の周りにはなかっ
た明るい風景だったから。

 戦後の風景(1)

 今日は非常に爽やかな気候だ。風が開け放った部屋部屋を通り抜けていく。
だが、私の頭は普段以上に重い。肌が心地よいのに。

 戦後に幼児時代を過ごした私は、その記憶を残しておこうと、これまで多くの
記事を書いてきた。誰も読まないだろうが、遺す価値はありそうに思う。

 戦後の風景―幼い魂にとって、それはあまりにも恐ろしいものばかりだった。
街頭の傷痍軍人が土下座して哀れみを乞うている。傍の白衣を着た軍人がアコー
ディオンで『天然の歌』を奏でている。電柱には映画『ひろしま』のポスター。
新聞にはヒロポンなどの麻薬事件。行方不明の家族や帰還兵を尋ねる記事が、
暗い顔写真とともに、満載されている。駅の地下道には浮浪児が沢山寝転がって
いた。

 脅えやすい私の魂は縮んでいく一方。おまけにこの頃、まだ進駐軍のペニシリ
ンやストレプトマイシンなどが出回る前だったから、私の母は重い結核で死んだ。
その数年後、私は関節結核で右足切断の危機に陥った。炭坑夫だった父は焦って
帯広の病院を何件か回った。

 だが、私は足を切断するということがどういうことか実感できなかった。とい
うより「人生は苦役」という諦念が私の魂を支配していた。幸い、ストマイで助
かったが。生活は苦しかったが、栄養のあるものを沢山食べさせられた。バター
というものをその頃初めて知った。
ノラシュラさんの「助タチ」で、食人鬼レクタ―博士のことは思い出したくないが、白子については触れたいことがある。タラの精巣は見たくないが、ニシンの白子はそう不気味じゃない。量も少ない。これはタラの白子と違って、網で焼くと結構旨い。これに醤油をかけて食するとかなりいける。ポン酢があるとなおいい。…しかし、焼き方が難しい。網にくっ付くので皿に綺麗に載せられない。従って、網の上で箸でつまむことになる。
 
北海道で自慢できるのは、何と言ってもジャガイモ。内地の人にはそう言ってもピンとこないだろうが、味噌汁のなかのジャガイモはほろりと崩れて…涎が出る。あと、内地の人の知らないものに「氷下魚(こまい)」がある。昔の鰹節みたいにガンガンに乾燥させた魚だが、これを毟ってマヨネーズと唐辛子を付けて食べる。酒の肴のうちでも珍味。私は酒を呑まないが、氷下魚は大好き。ただし値が張る。青森や函館で売っている氷下魚は小さくて、乾燥が足りなく、結局旨くない。道東産のものがいい。
 
北海道各地が馬の生産地だったが、労働力としての需要が減った。でも、ノラシュラさんの地元では伝統があるから、今でも数があるんじゃないか。内地に来て何十年かして、料理やで「馬刺し」のお品書きがあるのにビックリした。しかも高い!思わず「何で?」って呟いた。戦後間もない頃、牛肉なんか庶民には縁遠かったが、馬の肉は安かった。なぜか「さくら」と言われていた。その言葉に軽蔑の念が籠っていた気がする。
馬の肉は堅くて食べずらかった。途中で咀嚼が面倒になる。顎も疲れる。だから呑み込んでしまう。便秘の原因になったかどうか検証してない。

                      (2013・12・9記)
少女マンガの瞳のことを考えて、ふと戦後の絵を思い出した。あの人の名は何と言ったかなあ・・・中原、までは思い出せるが、例によって、「えっと、えっと」と苦しむ。中原誠…これは将棋か。ネットで調べたらすぐ分かった。すごいねえ、検索って。昔なら書籍の山を引っくり返して・・・というところだが、今はすぐ分かる。・・・念のために言っとくけど、書籍の山っても、我が家に山のような書籍はないよ。
 
で、中原淳一。松本かつぢ、という名も並んでいたが、こちらは記憶がない。幼い頃のあの中原氏の絵は印象に残っている。背景にひまわりなんかが描かれていて、明るかったね。でも違和感があった。自分が男だったからか。中原氏も男なのが面白いね。で、この人と松本氏があの巨大目の始祖らしい。自分のカンが当たったね。
 
で、少女マンガの口がどうして小さいか・・・を考えた。上唇を描く場合、どうしても顔の造作が崩れるんだね、今朝、辛子明太子を食べたんだが、巨大目とタラコじゃ組合わせが悪いんだろね、たぶん。言わば、薄幸の美少女の目と魔女の口が両立しない訳だ。夜叉の目もかなり大きいが、あれを夜空に星が輝く美少女の目に置き換えたら、間の抜けた顔になるだろね。「私、何を呪ってるのか忘れてしまった」って顔になるね、きっと。

                     (2013・10・11記)

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