マリア

開運は夢を持つことから開かれる

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自分という存在

おはようございます。マリアです

自分という存在をどうとらえたらいいでしょうか?

自分を「個人」と捉えた場合

ドイツ語の「個人」という単語には「分割しがたい」「ひとまとまりの」という意味がふくまれているそうです。

人間を「ひとまとまり」として捉えると

自分という存在、この「個人」を操縦しているのは何なのでしょうか?

肉体?

脳味噌?

脳味噌は肉体の一部だから、自分という存在は肉体の一部に操縦されているのでしょうか?

ん〜 ちょと違うような気がします

人間には心があるし、心は脳味噌と違う

心よりもっと重要な魂というものがある

この魂が人間を操縦している?

この魂は何処から来たのでしょうか?

宇宙から?人間は宇宙人?

神様から来たという人もいるでしょう

聖書には、「アダムに神が息を吹きいれた」「そしてアダムは生きた」と記されています。

でも、それでは納得できない人も多いでしょう

肉体には大脳、小脳、間脳、すい臓、性器など様々あるし

精神にも記憶、理性、意欲、感情など様々な部分があって、それらが一つ一つ独自に働いていて、相互に影響を与え合っている

その相互間の葛藤の結果が行動や感情となって出る?

しかし〜

ちょっと違うような気がする

別な捉え方をすると

個人という存在は、自分を取り巻く環境の中の「一個人」として捉えてみます

「全体」のなかの「個人」

例えば、

オーケストラのシンフォニーのように、「全体」として初めて「個人」という意味をもつという考え方をします

バイオリンの音はそれだけでは意味を持たないですよね

全体の中のある役割としてバイオリンの役割があるわけです

ある「個人」の記憶もその人にとって何らかの役割があるから記憶している

必要でない記憶は忘れてしまいます

感情もその人にとって役割があるから出てきます

苦しみや悲しみ、恨みや嫉妬、苦労もその人にとって、何らかの役割があるから出てきます

理性的な考え方も同じです

性欲も同じです

その人の道具にすぎません

個人の表出

あらゆる行動、感情

あらゆるものが自分「個人」のために作り出されたもの

「個人」の目的のために作り出され道具として捉えます

例えば

子供が登校拒否するのも、教師に復習するために登校拒否しているかもわからないし、父親に反抗するために登校拒否しているかもわかりません、誰かにかまってほしくって登校拒否しているかもわかりませんね

「全体」のなかの「個人」

感情も

「自分」という「個人」のために使われる道具

感情が悪いというのではありません

道具ですから使っても使わなくってもいいわけです

もっと良い方法があれば使わないでその他の方法をつかうといいのです

例えは

登校拒否の目的が先生に復習するためだったとします

学校に行かないでいると確かにあの先生は困るけど、自分も勉強できないから自分も困るでしょ

自分が困らないであの先生が困るにはどうしたらいいかを考えたらいいわけです

でも先生に分かってもらえるのが一番いいのですが

感情を道具に使うと自分もマイナスになることが良く分かりますね

ですから

「自分」という存在を「全体」の中の「個人」として捉えてイメージすることで感情の表出を抑えることもできます

父、母、自分、兄弟姉妹、妻夫、子供、

六親が重要

六親のなかで誰が不幸でも全体が幸福になれません

自分が恵まれても

例えば父親が不幸なら自分にも満足感が出てきません

父親が大嫌いでも

父親に復習をしても

本当の満足感は出てきません

「全体」のなかの「自分」として捉えます

http://www15.plala.or.jp/sityuusuimei/index.html


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