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艦これ。
しばらく離れていました。
が、久々に見た艦これ提督による史実解説動画。
やはりドロンの人の解説動画は凄いなぁ…と思いました。
皆様はご存じでしょうか。
「ビハール号事件」
日本海軍最後の重巡洋艦となった利根型の一番艦、
重巡洋艦「利根」の艦歴に消えない傷をつけたのがこの事件です。
自分はこの動画を見るまでは全く知りませんでした。
こんな事があったのか…という心境です。
その概要は一言でいえば、捕らえた捕虜の処刑。
スラバヤ沖海戦での駆逐艦「雷」による、決死の救出劇が語られる一方で、
このような悲しく嫌な事件もあったという事ですね。
印象としてはまさに、紆余曲折の末に起きてしまった出来事という事。
錯綜する命令と、命令遵守か人道かで彷徨う現場。
「雷」のケースがある意味奇跡だっただけで、普通はこうなるんだなぁと思わずにはいられませんでした。
戦隊指揮官だった左近允少将及び利根艦長の黛大佐は、ギリギリまで捕虜の処刑を躊躇ったとの事。
この現場においても、最後まで良心の呵責はあったと信じたいです。
以下、簡単に会話形式でまとめてみました。
〜メイン人物〜
司令部:戦隊旗艦「青葉」座乗、左近允(さこんじょう)少将
利根:重巡「利根」艦長、黛(まゆずみ)大佐
本国:本国の大本営参謀本部
本国 「命令だ。敵の人的資源の漸減を目的とし、インド洋にて敵船舶の拿捕及び捕虜の殺害を行え」
司令部 「…」
本国 「…イギリスの海軍力に苦しむ同盟国ドイツからの要請だ」
司令部 「…人道に反すると我々が責めを受けた場合はどうなるのか」
本国 「…」
そんな酷いトップがいるかよ…(`^´♯)ビキビキ
ただの責任転嫁じゃないか…
司令部 「というわけだ。ただちに命令を実行するように」
利根 「…人道に反すると我々が責めを受けた場合は?」
司令部 「…上層部からは何も言ってきていない」
利根 「…」
司令部 「命令を遂行せねば、我々が命令違反で処罰される恐れがある。敵の抗命罪は死刑だ」
司令部 「ああは言ったものの……やはりこの作戦は人道的に間違っている。本国への嘆願書を起草しよう」
利根 「本作戦内容について司令部の方々と面会したい」 (こんな作戦は止めるべきだと談判しよう)
司令部 「…今は面会できぬ」 (現場を混乱させてはならぬ。作戦中止の嘆願を試みる事は伏せよう)
利根 「…了解した」 (有無を言わさず作戦を実行せよという事か……だがこんな作戦は間違っている)
司令部 「付近に敵艦の気配ありと認む。各自状況を報告せよ」
僚艦 「利根が戦線から離脱。どうやら敵艦を発見した様子だが…報告は一切ない」
司令部 「敵艦隊がいたのか?いないのか?どちらなんだ?」
僚艦 「わからない。利根に訊いてくれ」
司令部 「利根は音信不通だ。連絡がつかん!」
数時間経過…
司令部 「えぇい!利根はどこへ行ったんだ!何故、報告なきまま行方がわからないのだ!味方だぞ!」
利根 「こちら利根。報告が遅れたが、我、敵船舶を捕捉、ただちに邀撃しこれを撃沈した。指示を求む」
司令部 「拿捕と言ったはずだ。」 (利根め、独断専行の末、何を勝手に撃沈してるんだ…)
利根 「申し訳ありません」 (報告してたら逃がす恐れがあったんだよ、酷い命令を出すこのクソ上司め!)
司令部 「捕虜は…いるのか?」
利根 「いる。もう一度聞くが、本当に殺害しなければいけないのか?」
司令部 「…今一度、時間をくれ。それまでは待機だ」
司令部 「我々は敵船舶を撃沈。これの捕虜あり。いかにするべきか?」
本国 「命令通りだ。殺せ」
司令部 「我々の行いが人道に反すると責めを受けた場合は…」
本国 「…」
司令部 「了解した」 (やはり本国に掛け合ってはダメだ。何とか…何とかならないものか…)
司令部 「我々が抱えている捕虜を引き取ってもらえないだろうか?」
収容所 「我々は本国からそのような命令は受けていない。一現場指揮官の独断による要請は受けられぬ」
司令部 「利根、捕虜の扱いはどうなっている。もう処刑は済んだのか?」
利根 「未だ捕虜への尋問が終わっていない。まだ処刑はしていない」
司令部 「情報収集は大事だ。尋問完了次第、命令を実行するように」
司令部 「まだ尋問は終わらないのか」
利根 「まだ終わっていない」 (ホントは終わってるケドな!酷い命令を部下に押し付けるこのクソ上司め!)
司令部 「早くしろ。もうとっくに終わっていてもいいはずだ」
利根 「終わっていないものは終わっていない」 (後ろ盾もなしにそんな命令が実行できるはずねーだろ)
司令部 「まだか。まだ尋問は終わらんのか」
利根 「国際法の慣例に基づき、捕虜収容所に生かして送るべき…かと」 (正義は俺達にあるはずだ!)
司令部 「…」 (それが可能であればそもそもこんな命令など出さんわ…!お前が上を納得させてみろよ…)
司令部 「恥を忍んで、陸さんに頼みがある」
陸軍 「何だろうか?」
司令部 「今後の艦隊行動を見越し、我々は収容中の捕虜を引き渡したい。陸軍基地で引き取ってくれるか?」
陸軍 「我々は捕虜を受け入れるなという命令は聞いていない。国際法に基づき捕虜を受け入れよう」
司令部 「陸軍と話をつけてきた。我々の捕虜は陸さんに引き取って貰おう」(こんな命令は実行したくない…)
利根 「…それは本国の海軍本部の了解を得た上でだろうか?」 (…そうであってくれ)
司令部 「…」 (本国の上層部にそんな事を言って許されるはずがないだろう…)
利根 「…」 (反抗してみたはいいが結局後ろ盾は得られない…か。もう命令を実行するしかないのか…)
司令部 「…捕虜の尋問は終わったか」 (…すまない、利根よ)
利根 「終了した。これより命令遂行に移る」 (クソッ、やらなければこちらが死刑だ…やるしかないんだ…)
利根艦上にて捕虜の殺害命令を受けた担当将校は顔面蒼白となって命令を受諾。
せめてもの救いにと、捕虜を当身で気絶させ、苦しまないようにと首を刎ねたそうです。
それにしても…
書いてみて思ったのですが、この時の戦隊司令部、左近允少将。
上からは急かされ、下からは突き上げられる。
言い方は悪いですが、完全に現代日本企業の中間管理職の悲哀なんですよね…^^;
なお、戦後、この事件が問題視され、あの東京裁判によって主要人物も裁かれました。
ある意味、ここからも本番です。
最後まで命令実行に否定的でありながら実行者の立場となって裁かれた利根艦長の黛大佐は懲役7年。
一方で管理者及び命令者とされた戦隊司令官左近允少将は「非人道的行為の推進」により死刑となりました。
そしてそこは非常に慕われていた左近允少将。
部下達の手によってすぐさま減刑の嘆願書が起草され、それは実際に届け出られようとしました。
しかし、それを伝え聞いた左近允少将は一言、「神仏に誓って冤罪ではないから、提出はしないでくれ」
さらに驚いたのが、彼、左近允少将が、同じく海軍軍人であった息子へと宛てた手紙でした。
これはもう…ある意味、自分達心に刻みつけておきたい内容だと…そう思いました。
それがこちらです。
本日は昭和22年11月28日だ。明日29日が判決後丸1か月だ。
あと、1か月もすれば最終決定が下される。ここで減刑がなされなければ死刑執行となるだろうが、
判決以来毎日これ好日と思い、きわめて明朗元気、生死を超越しうる心境は誠に有難い。
これは日本が敗戦したが故の処刑である。
したがって、普通一般の処刑とは異なり、名誉ある戦死であると自負している。
判決が政策的なる点は極めて遺憾ながら、勝てば官軍、負ければ賊軍と思えばこれを恨む必要はなし。
故に、遺族による復讐、報復。つまり、仇に対し仇を以って成すという事は、将来の平和に害ありと思う。
私と同じように裁かれる戦犯者の中にも、連合軍の虐待、裁判の不公平に対し、恨み骨髄に達し、
子孫の代に必ずこの仇を報ずべしとして、故国に手紙を出したり、伝言をする者が少なくないようだ。
父の考えでは、かくの如きでは将来の世界平和は期せられぬ。
我々は何のために戦ったのか。それをゆめ忘れるな。
この文面が実の父から送られてくる心境たるやもう…(号泣)
さらに刑が執行される前日、収容されていた香港(当時は英国の統治下)のスタンレー刑務所での一幕。
そこで同じく収容されていた日本人受刑者達に対し、彼はこう遺したそうです。
「自分は先に日本へ還るが、残された君達は一人でも多く生きて祖国に帰れる事を祈っている」
また、そこで彼らに、家族への形見として渡す物はないかと尋ねられ、毅然としてこう答えたと言います。
「これまで多くの部下を戦争で失い、水葬にしてきた。自分だけが祖国へ遺品を送るのは自分の心が許さない。
遺品も遺骨も一切送らないと家族には既に伝えてある。きっと家族も私の気持ちを分かってくれるはずだ」
そうして詠んだ辞世の句が
「絞首台もなんのその 敵を見て立つ 艦橋ぞ」
戦争は国家の犯罪です。我々は戦争を憎むが、個人を憎むものではありません。
左近允中将(※最終階級は中将)は、日本の良きサムライでした。
我々イギリス人は左近允提督を通じて、日本や日本の素晴らしさを知りました。
戦後、件のイギリス側をして、こうまで言わしめた左近允提督。
無論、「ビハール号事件」は許されざる行為です。そこは本当にぐうの音も出ません。
でも、過ちを犯してしまった後の彼の振る舞いは、本当に気骨たるものでした。
こういう人物こそが生き残って欲しかったと思うのは、自分の我儘でしょうか。
同時に自分たちは、過去にこういう事があったと学び、生かしていかなければならない。
そう思わずにはいられません。
それは勿論、奇跡の救出劇となったスラバヤでの駆逐艦「雷」による捕虜救出劇も含めです。
最初に動画を見た時は、こんな胸糞エピソードなのに、なぜ、「泣ける艦これ」タグがついているんだ?
などと不思議に思いましたが、成程理由がわかった気がします。
最後は涙が止まりませんでしたから…
この人の動画を見ていると本当に艦これがやりたくなりますね。
久々に戦線復帰かなこれは…
それではここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
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なかなか糞みたいな話で面白かった
どう言い飾っても殺人は殺人
軍人の前に一人の人間性を取り戻せなかったり取り戻す気すらなかったくせに戦後責任とって自決もしない
神風発案者と一緒。全員処刑すりゃあよかったんだよ
立場が逆でロ助やシナ・朝鮮がやってりゃワーワー騒ぐくせになw
「絞首台何のその 敵を見て立つ艦橋ぞ」
これくらいの啖呵きって死ねってんだ
2017/5/22(月) 午後 4:02 [ ona***** ]
興味深い話でした。戦闘中の極限状況でも現場の人間は苦悩するんですね。司令部の心境も知りたいところです。上層部や外野ほど無責任残酷に自決しろ死ねとか言いそうですもんね。
2017/10/8(日) 午前 1:28 [ Tone ]