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こんち、プリっち☆でっす。
今日2013年10月22日(火)ですが、なんか、朝方〜昼は曇っていましたがだんだん晴れてきて、また夕方から曇ってきました。
今日は午前10時ごろにたぶん起きて、朝食後にシャワーを浴びて髪も洗って、ちょっと始まってしまったッ午後1時からのチャンネル銀河で放送されている「三国志」の第94回と95回を観ました。。。
ていうかああ、、、、95回が最終回だったんですけどお〜〜〜
夏場にどうも73回まで見ていたらしんですよね。それで、そのころのチャンネル銀河での放送予定では次回、次の部の三国志は10月21日だか22日から放送って何度もインフォメーションがあったわけ。
それで、すっかりそのころに見れば良いと思っていたのに〜ぃ、なんと、なんと、10月7日ごろからすでに放送がはじまっており、うちは74〜91回分をごっそり見逃してしまったのだ〜〜〜
まぢで「天は我を見離したか〜〜〜
あ〜あ、、、それにしても、最後には司馬懿(しばい 司馬仲達と同一人物)の孫の司馬炎(しばえん)が三国を統一した。。。とかナレーションで終わってしまい、諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい 諸葛孔明と同一人物)が死んだあとの蜀にいたはずの劉備玄徳の子がどういう風に対応したかとかそのあたりもわからずに終わってしまったのが、なんだか尻切れトンボみたいでちょっと不満でしたね。。。
ただ、司馬懿が諸葛亮孔明とあまりたたかわなかったのは、ただ彼を恐れていただけではなく、実は別の意味があったのではないかという推測がたちました。
というのも、司馬懿は曹操の長男につかえていて、曹操にもつかえていたにもかかわらず、最後にはその子孫である曹爽(字が違うけど、「そうそう」と読む。。。)の方を裸足で踏みつけるとか、もしかしたら、漢室復興という望みがもともとあって、諸葛亮孔明と実は目的が同じだったので、あまり戦いたがらなかったのではないか。。。と思ったりもしました。
つまり、孔明は知らなかったのかもしれないけれども、司馬懿の先祖がもしかすると漢室の先祖と同じところの血筋だったのかもと思った。それで、まあ、司馬懿は曹操の子孫からもその当時の主君からも、部下でありながら危険人物でもあるとされていたのかもしれないなあと思いました。。。
まあ、74〜91回の間を見逃しているので、そういうところが語られている部分が途中であったのかどうかはわかりませんが。。。
それにしてもねえ、、、なんていうか、まあ、ああいう戦国もので、戦略家(策士)同士のやりあいが面白いっていうのはあるんだけれども、魏・呉・蜀の三国が統一されるまでにどれほどの人命が失われたかと思うと、なんだか空しい気分になったりもします。
ただ、孔明が死んだあと、司馬懿が孔明を模した木の人形を自分の息子に奪わせて、何をするかと思いきや、「亡くなって寂しい」などと泣くあたり、司馬懿は、かつて曹操が関羽に男ぼれしていたように、ある意味、孔明のことがそうとう好きだったんじゃないかなどと思ったりもしてしまいました。
このドラマは、諸葛亮孔明がけっこううち好みのお顔立ちだったり、たぶん衣装とかもかなり時代背景に忠実っぽいのではないかというあたりからかなりの気に入りなので、そのうち中古でもいいので、孔明が劉備玄徳に三顧の礼をもって招かれる以前のはじめのころからもう1度見てみたいなあと思いました。
とゆうことで、みごと17回分を見逃して、今日が最終回の長編ドラマ「三国志」でしたっ。。。
チャンネル銀河では、今まで土日には4回分くらいまとめての放送があったので、もしかすると今度の土日あたりに最終回までの3〜4回分が深夜にまとめて放送されるかもしれませんが、予定が変更になることもあるようなので、観たい方はご自分で確認されてご覧くださいませ。。。
ちゃんちゃん。。。
では、また〜
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