桃実 says

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こわれゆく父、父の死

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父の3回忌と母

母の体調が良くないので、ときどき半日有給休暇を取って病院に付き添ったり、週末に家事をやりにいったりしている。
今は夏場で仕事がひまだからいいけれど、私もそうしょっちゅう休めない。役所や民生委員の人に相談したら、やはり介護申請をして、要介護、ないし、要支援の認定を得るのが先決らしい。そうすれば度合いに応じて公的なサービスも使える。父のときも私が申請をしたはずなんだが、どんな書類を書いたのか、きれいに忘れてしまった。
 
しかし、実家に行くと、食器の類が、それこそ売るほどある。
私らが食べ盛りの子供だったころ、ハンバーグやとんかつなどを切り分けるのに使ったナイフやフォーク。
父は、安月給なくせにとにかく客を連れてくるのが好きだった。そのために買い揃えた、来客用の大きな皿やしゃれた取り皿、湯のみやお碗、塗り箸。
いまはもう、家の重しになっているだけで、全然使わない。
よそのおうちは、こういうのって、どう処分しているのだろうか。
一度、不用品業者に掛け合ってみようと提案したが、母は首を横に振る。
私も女なので、1つ1つの食器に対する母の愛着は、十分すぎるほどに理解できる。
しかし、もう、この病気を機会に、愛着を断ち切るときにが来ていると思うのだが。
母には、着物も何着もある。しかし、私は着物を着ないし、体形も母とは全然違うため、もらっても意味がない。
これこそ、今処分したら、母には「寿命が終わった」みたいに感じられるかな。触れないでおこう。
 
そろそろ父が死んで2年になる。仏式の世界では、2年なのになぜか「3回忌」と言うらしい。檀家でもなく、祖母が死んだときにたまたま病院から紹介されただけの寺からは、とっくに「3回忌の法要のお誘い」とかいう葉書が来ていた。気が弱くお人よしな母は、その寺に頼まなければ悪い、ようなことを言ってはオロオロしていたが、私は、
「こんな葉書、むこうもビジネスで年に何千通も出しているだけだから、気にするな」
と説得して、墓地で、見知らぬぼんさんを呼んで貰うことにした。
以前、この、葉書のヌシの寺のぼんさんは、
「しいて寺や墓に参る、という形をとらなくてもいいのです。心の中だけで個人の冥福を祈ればいいのです」
と言っていたけど、言っていることとやっていることが正反対ではないか。
 
父の昔の部下で、おなじ横浜市内に住んでいる人とその妻が、父の3回忌のため、どうしても母を訪ねたい、という電話をしてきたという。私は
「そんなに心臓が弱っているのに、『体調が悪いから』って断った?」
と聞くと、母は
「断ったんだけど、むこうがどうしても来たい、っていうから。奥さんの方は、うちに来たことないから、来たいみたいで、どうしても、どうしても、って言うから」
と言う。こういう母のお人よしにはカチンと来た。自分が立ち歩くのもへとへとな病人なのに、客人など迎える余裕は無いだろう。それに、この夫の方は、以前にも書いたが、他に同じくかつて父の部下だった男2人と来て、葬儀を終えたばかりでへとへとに疲れている母を、昔ながらの支店長夫人だと思って、飯にはたかるし、あげくに、「俺はここが悪い」「俺はここが病気だ」と、老人さながらの病気自慢大会を繰り広げたあげく、3時間も逗留したご当人なのである。また延々居座られたら、こんどこそ母はどうなるかわかったものではない。そう思っていたら、お人よしの母は
「お寿司でも取ろうかねえ」
などと言う。ばか。
私は受話器をむんずと取って、その家に、
「来ていただけるのは本当にありがたいし、故人も喜ぶとは思うのですが、いかんせん母は体調が悪くて通院しておりまして・・・」
と、めいっぱい丁寧な言葉を使ってお断りの電話を入れた。母には到底こんな電話は入れられない。私が悪者になるのは一向に構わない。この男は、あまりに仕事ができないので、東京の本社から干され、長野の父の元に押し付けられた人なのである。父もこの人をどれだけ罵倒してきたかわからない。営業に配属されたのに、30過ぎて免許も持っていなかったので取らせてやり、結婚相手も見つけて仲人をしてやり、と、麻雀の点数計算以外に使えないこの男を父はよく世話をした。
 
思うのだが、世の中、人の通夜とか葬儀、あるいは○回忌に、「お世話になったから一目でも」と言って、無理してでも来ようとする人がいる。私が葬式仏教に興味がないせいかもしれないが、田舎のほうならいざ知らず、都心の葬儀はもうほとんど家族葬なので、「なんでこの人が来るの?」と思うような人(とくに、葬式に燃える田舎の人)が来ると、かなり面食らう。
来なくてもいい、と言われたら、素直に来ないのが都心ではマナーではないのか。
どうしても、どうしても、と言い張るのは、時として、熱意の表れを超えて、迷惑だったりする。受け入れる人の体調が悪いと言っているなら、ごり押ししてまで来るべきではなかろう。どうしても、というなら、手紙の1通でも書く方が、老人世帯にはずっと嬉しいものである。
 
 
 
 

閉じる コメント(4)

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そこまで来たいって言うのも何故でしょうかね〜
そんな恩義を感じていたのか?はたまた以前のおもてなしに再度あやかろうと思ったのか?
法要に来るのはね〜ちょっと違いますよね、呼んだら来いって感じですがね、母親が生きてる内は母の意に沿うようにした方が良いと私は思います

2011/8/26(金) 午後 11:33 [ 誇り君 ]

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誇り君さん、そうなんですよ。昔世話になって仲人までしてもらったので恩義を感じているのだとは思いますけれど、母もすっかり高齢になり、病気だと言っているのに、それでも、それでも、と言うのは、ちょっと。老婆や病人には、来ないほうがかえって親切だったりするので、相手にあわせたほうがいいと思うんですけど。

2011/8/26(金) 午後 11:55 [ 桃実 (Momomi) ]

供養のお花を贈ってくだされば気持ちも通じますのに。不思議な人ですね。

2011/8/27(土) 午後 3:36 Ton101

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そうそう、来たい、来たい、どうしても、というのは、迎える人によっては大変な負担になる場合があります。お花でなくとも手紙でも十分嬉しいのです。むしろ、お金を出したものをいただくより、お金で買えない手紙の方がよっぽどうれしいとわが実家では言いますが、最近の人はめっきり手紙などかかなくなりました。

2011/8/27(土) 午後 9:54 [ 桃実 (Momomi) ]


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