桃実 says

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病気に無知だった父

父が死んでから、母は平穏無事に暮らしていると思う。
私が遺言状を書かせていたおかげで、相続にもめることもなく、母が父の遺産をすべて相続できたので、母が死ぬまではまず経済的に困ることも無い。
夫婦だから、いなくてさびしいとか、子供には計り知れない心情もあるだろうが、母の高血圧の主原因であった、頑固じじいとの夫婦喧嘩もなくなった。かかりつけ医師にはずっとかかっているが、最近は、降圧剤も、2日に1度飲めばよいと医師に言われるくらいに減ってきた。
 
父は、自分が頑丈だったこともあると思うが、あきれるほど医学に無知だった。
父には、病気とは「我慢していれば治るもの」という固い思い込みがあった。母がNHKの「今日の健康」などの情報番組で医学のことを学んでいると、必ず
「こんなもの、見るな!」
とどなって、さっさとテレビを切ってしまうのだった。
そんなふうだから、病気で病院に通う人のことを、いつもクソミソに言っていた。母の股関節が変形し、入院して手術を受けたときも、他の見知らぬ入院患者たちにむかって、憎々しげに、
「どいつもこいつも我慢のならないやつばかりだ!」
とののしったので、母は、父のあまりの暴言に怒りあきれ、また、他の患者さんに対して恥ずかしさと申し訳なさで顔が上げられなかった。
 
その後、珍しく、父は、インフルエンザにかかった。日ごろ病気をしない身に、これはかなりこたえた。ところが、回復してから、
「おれ、インフルエンザの予防注射を受けようかなあ」
と言ったのだ。私はのけぞってしまい、
「予防接種は、かかる前に打つの!かかってから打ったって、遅いの!」
と言ったが、父は
「そうかぁ?」
と、信じられない様子だった。
最後には、癌にかかり、やっと病気のつらさと苦しさが理解できたらしい。が、やせてふらふらし、バランスをくずして床に倒れると、あちこちに電話をかけまくり、
「おれは中風になった、中風になった」
と言いふらした。私はまたあきれ果て、
「なんで癌が中風なのよ」
とののしったが、父にとって、「倒れること」は、原因を問わず、何でもかんでも「中風」らしかった。
母の血圧が急にあがり、ふらふらするのでベッドで横になっていたときなども、一応声をかけるにはかけてやっていたのだが、出た言葉はいつも
「熱は下がったのか」
であった。父にとって、横になることは、イコール、熱が出ている、であった。いくら「血圧が高くて」と説明しても無駄だった。
 
あるとき、母が、心理的に深い傷を負い、体重があっと言いう間に減ったときも大変だった。体重が急激に減ると、人体は、それこそバランスを失い、さまざまな変調を見せるらしい。母は、38度以上の発熱をくりかえし、死ぬのではないかと危ぶまれる事態になった。何人もの医師に診せたが、原因は不明であった。ところが、父ときたら、
「これは風邪なんだ、おまえは風邪ひいているんだ」
と言い、医者から風邪薬をもらってきて母に飲ませていた。熱があるだけで、咳も鼻水ものど痛も関節痛も全くない風邪なんて、聞いたことがない。しかし、父にとっては、熱があるとはすべて風邪なのであった。そんな症状に対して風邪薬を処方する医者も医者だが、飲ませる父も父だった。その後、母が回復したのは、奇跡に近い。
 
変な父だった。こんなことはほんの一端で、筆舌に尽くせぬほど変なおやじだった。

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