|
松戸に住んでいた子供のころから、一家4人で、年に1〜2回ほど、東京の下町に一人住まいをしていた老女の家を訪問することがあった。両親は、その人を「東京のおばあちゃん」と呼んでいたが、父の実母であることは、かなりあとになってから知った。父の実母であっても、父を産んだあと、新潟の実家に預けっぱなしにし、育てなかったことは、もっとあとになってから知った。父を産んだのだから、「東京のおばあちゃん」は、昔ちょっとだけ結婚していたらしいのだが、そのことについて聞くのは、我が家の最大のタブーだと母は言った。この「おじいさん」がどんな人なのかを詳しく知る人は、誰一人としていない。
見栄とプライドの塊で、自分が常に周囲からあがめられていなければ気が済まない性格だったから、他人とは絶対に折り合ってゆけず、人生のほとんどを一人で暮らした人だった。アリのように小さく、いつも地面すれすれに腰を曲げて歩いていたが、とにかく怒る人だった。ことあるごとに、なにかにつけて、怒っていた。自分の思う通りにことが進まないと、孫の前であろうと、畳をどん、どんと踏みならしては怒った。怒り出すと、手が付けられなくなり、早々に退散することもあった。
「ああいう人になってはいけない」
というのが父のいつもの教えだったが、子供だった私には、何が言いたいのか、どうしたらいいのか、わからなかった。
「お前は、ばあさんにそっくりだ。ばあさんに似ている」
というのが、我が実家における最大の侮蔑語だった。私が、祖母に似た挙動や言動を示すと、父は、よくこう言って私を叱り、母など、果ては、ハンカチを目にあてて、
「私は、お前が、将来おばあちゃんにそっくりになったらどうしようかと、不安でしょうがないんだよ」
とおいおい泣いたりした。親に泣かれるほど、子供が傷つくことはない。しかしながら、わが親の怒り方は、子供の身に、はなはだ抽象的すぎた。おばあちゃんというのが、あの、東京で一人暮らしをしているあの老女であろうことは推察できた。しかし、どんな人格の人だかわからないあの人に、自分がどう似ているというのか。子供にとっては、大人かそれより年上の人は、みんな偉い人にうつるものだから、ああなってはいけない、とか、似ては困るとか言われても、応じようがなかった。
その後、大学に入り、1年間だけ、この「東京のおばあちゃん」の家に住まわせてもらい、両親が言ってきたことがやっと理解できた。世の中では、普通、祖母は孫を可愛がるものだということを知って驚いたのもこのころだ。
私が大学に行くのも、両親は猛反対した。父が超のつく薄給だったせいもあったが、私は転校させられた高校が大嫌いだったので、その土地で就職させられるのはたまらなかった。しかも、学歴も知識もない両親は、兄が入った東大の次にレベルの高い大学が津田だと信じ込んでいたので、津田なら良い、と言った。このころから、私は、父の言うことはだいたい間違っていると悟り、それ以降、父の言うことなど無視し、自分の直感で判断するようになった。もちろん、津田ではない大学に行った。
後年、私が結婚してからだと思う。何かのきっかけで、私は爆発した。
「お前はおばあちゃんに似ている、おばあちゃんに似ている、と言って私を叱ってきたけど、そんなことを言われたって、私には不可抗力で何にもできない!そんなに似て困るんだったら、産まなきゃよかったでしょう?自分達で勝手に産んでおいて、そんなこと言うなんてひどすぎる!」
と毒づいた。何がきっかけだったかは、完全に忘れた。
「それは、どんなに謝っても謝り足りないことだねえ、ごめんね」
と母は謝ってくれたが、父はただ無言でうつむいていた。
両親は、ときどき、
「お前も、年とってからさみしいから、子供を産んでおいたほうがいい」
などとふざけたことを言ったが、私はその都度
「何よ、ばあさんに似た子が産まれたらどうするのよ」
とイヤミたっぷりに反撃したので、やがてその話は出なくなった。私の夫は、私のように、問題のある家庭で育ち、子供を持ちたくない人である。こんな人をわざわざ地球の裏側からさずけてくれた神様は、さすがだとしか言いようが無い。
今日で、父が死んでちょうど1年になる。私にばあさんの血を残しておきながら、それをののしった張本人だ。仲が悪かったから、葬儀の時だって、一滴の涙もこぼれなかった。週末に、母が手配して「一周忌の法要」なるものをしたが、見知らぬ坊さんを呼んで経をあげてもらい、かご入りの果物(←この盛り合わの果物は、でかいだけでまずくて食えたものではない)と花をあげただけで、7万数千円も払った。くだらない。これが「葬式仏教」といわれるゆえんである。死者を悼むのなら、心の中で悼めばよい。仏教とか僧侶の力を借りる必然性など、世間体や見栄のため以外に、なぜ必要なのだろう。人間は、死んだらきれいさっぱり忘れ去られるのが一番良い。死んでもなお、他人の時間や労力、金銭を奪ってはならない。母が死んだらもう何もしない、と私は決めている。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



