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昨日、ダル君の新しいパートナーが、離婚したばかりなのに速攻で妊娠したという話を書いた。
もしかしたら、民法の、「離婚後300日以内に生まれた子」として、法律的にはダルではなく前の夫の子とみなされる恐れもある。
ヤリたい人は、婚姻関係またはその解消の時期になど全く頓着しないでヤルので、法律は全く追いつけない。民法のくそ真面目なところは、妊娠というのが原則、婚姻関係に基づく性交渉、しかも相手は一人だけしかいないことを前提にして書かれているところだ。「父は常に推定でしかない」と民法界のことわざにある。300日問題も、推定ではあっても、子供の地位の安定のために父親を確定するのが主目的と言えようが、世の父は、「この子は俺の子だ」と信じるしかないのだ。
さて、この間なんとなくWikiで「紫式部」「和泉式部」そして「赤染衛門」を引いてみた。
なぜか急に、紫式部が、和泉のことを、
「あの女は素行は感心しないが歌は上手だ」
と褒めていたことを思い出したからだ。
紫式部は、あまり恋愛遍歴はなかったのだろう。和泉だってそうであった通り、昔も今も、ヤリたい人はヤル。それで、子供が生まれても、相手が誰だかわからなくたって、あの時代、女の子が家にいて、家督を相続し、男が通ってくる関係であったから、あまり困りもしなかっただろう。今の時代でも通い婚で良いのかも?
あ、話がそれた。紫式部は、やはり歌人として有名な、赤染衛門の人柄を褒めていたとも見たので、赤染衛門を引いたら、びっくりしたのが、この一節。
赤染衛門の母親が前夫である平兼盛と婚姻していた頃に懐胎した後、再婚先である赤染家において、赤染衛門を出産したために、実父は平兼盛との説もある。後に、平兼盛は娘の親権を巡り、前夫の赤染時用との間で裁判を起こすが敗訴している。
さ、さ、さ、裁判?1050年くらい前の平安時代なのに、父としての親権を巡って裁判があった?
へえ〜〜〜〜っ。こんな時代でも裁判ってあったの?びっくり。
まあ、このころも、今も、実父は誰かわからなくたって、子供は生まれてくるわけで(当たり前じゃ)。
しかし、すげえなあ。平安時代にも家庭裁判所があった、って感じ。敗訴って、一体、申立てのどこが不備で敗訴したんだろう。謎だ。
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