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昨年「新潟弁はしょうがないなあ」で書いたのと同じ、父方の親戚の老婦人。
母を気遣う文章の暑中見舞いをくれた。お気持ちは、ありがたい。が、しかし、
「よろしくお伝いください」
今回もまただ。「い」と「え」を完全に逆に発音する新潟弁。
方言って、言ったら悪いが、ここまでわからないでいると、一種の言語障害じゃないのかな。
この人の発音では「お伝えください」になるのだけど、書くと、こうなってしまうのだ。
うちの父も、死ぬまで新潟弁で喋っていた。東京に何年住んでいようと、あれほど新聞や本をたくさん読んでいようと、無駄であった。母や私らが間違いを指摘すると、「だって、おら、小学校でそう習った」と反撃する。新潟の田舎の山奥の小学校で教わったことが、父にとって金科玉条であった。あの方言のせいで、どれほど他人に誤解を与えてきたか。母が謝ってきたことか。
私だっていやだった。たまーに、ごくたまーにだったが、子供のころ、母の田舎(秋田)に遊びに行っても、叔父叔母やいとこたちが何を言っているのかさっぱりわからない。わからないから、母に「いとこたちと遊べ」と言われたって、全然話が通じないので、しーんとしていたら、母に「なんでいとこなのに遊べないのっ!?」と怒られた。うちの母は、何かの現象が起こると、「なぜか」という理由を考えることなく、100%自分の子供が悪い、と思い込む人だった。父の田舎の言葉は、秋田ほど外国語ではなかったが、ブヨ(ブユ)に刺されて刺されて、大変な思いをした。
今の子供たちは、ゲーム機さえ持って行けば、いくらでも簡単に遊べていいなあ。私のころは、父や母の田舎に遊びに行ったって、川で泳ぐくらいしかすることがなかった。今みたいな遊び道具なんてなかったから、つまらなそうに、じーっと座っているか、TVで高校野球でも見ているしかなかった。そうすると、また母が「そんなつまらなそうな顔をするんじゃありません!」と言って私を叱った。
いまから思うに、母は、見栄っ張りだったのであろうか。とにかく自分の子供が絶対に悪いと思って叱り飛ばす前に、少しは、何故そうなのか、という理由を考えて欲しかった。子供なんて、親の都合で連れ回されているだけだったのに。
後年になって、母にそのことを愚痴ったら、母は、
「あー、そりゃ悪かったねえ。あんたも子供を産んで、その子供は同じ思いをさせないようにちゃんと育てればよかったのにねえ」
と、イヤミを言った。私は子供なんて欲しいと思ったことなんかないのを知っていながら。
丁度、いまの時期、里帰りで子供を都会から田舎に連れて行くころだ。そこへ、この葉書が来たので、昔の恨みをまた書いてしまった。書いても仕方ないのにね。
母が死んだら、親戚付き合いっていうのも、ほぼ根絶するだろう。
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