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最近のメディアでは、かつては「おカマ」と揶揄されていた者たちが、NHKを含めた公共電波にも堂々出演するようになった。男女の体と心が一致しないという「LGBT」が「障害」なのであれば、それは差別してはならないとは思うけれど、彼ら彼女らの進出具合と取り上げられ方を見ていると、なんだか、逆に、心と体が一致している方が悪い、みたいな扱われ方すらうっすらと感じていまう。
国立であるお茶の水女子大と、奈良女子大が、この、心と体が一致しない男子学生の受け入れの検討に入った、と聞いて、血の気が引いてしまった。
心と体が一致しないというのは、血液検査等の科学的検査で発覚するものではなく、もっぱら本人らの自己主張にのみ拠っていることである。もし、内心は実際男であっても、女の子の中に囲まれて暮らしたい、一緒に体育の授業を受けたい、ナンパしたい、といった下心があっての邪悪な受験だったらどうするのだろう。1〜2年生なら教養科目で体育の授業があるが、更衣室も一緒にする、ということだろうか。「私は心が女」氏は、更衣室まで分けたら「差別だ」と訴えるのは目に見えている。しかし、他の圧倒多数の女子学生の迷惑と「イヤだ」と思う気持ちは、どうしたらいいのだろう。仮に、水泳の授業があったとする。そうすると、ほとんど肌身をさらす更衣が必要になるが、そんな場でも圧倒多数の女子学生は「私は心が女」氏とともに着替えることを我慢しなければならないのだろうか。うっかり男性器が見えてしまっても、我慢しろってことか、
「シンクロナイズドスイミングをやる」
「新体操部に入部します」
と言ってきたら、それも受け入れなければならないのだろうか。
ごく一部のマイノリティーの権利をそれほど尊重するなら、圧倒多数の権利は反故にしても良い、ということだろうか。マイノリティーは、それをかさに着てはならないのである。どうしても、共学や男子の大学ではなく、その女子大でなければ専攻できない学問があるのだろうか。男子学生と一緒にいるのを嫌がる女子学生の安心の機会を奪うことにもなりかねないのに。
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