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人間って、どうしてボケるのだろう。今日のボケ老人の増加は深刻な問題である。
私の父もボケたが、父の直接の死因はガンだった。
母の場合は「心不全」だが、年寄りは大体、老衰でなければ心不全で片付くものだと思う。そして、死とは、「あと●日くらいです」と医師に宣告され、家族中が固唾をのんで見守っているのでなければ、大体は、突然にやってくるものだと悟った。
まだ母が完全にボケ切る前に、何か書いておいてもらおうと、ノートを渡しておいた。見ると、自分のことを、私の「姉」だと思っているなど支離滅裂な部分もあるが、結構本音も書かれていた。
多かったのは、
「桃実ちゃん、私はあなたのような娘を持って私は幸せです」
「ホームの人に、しっかりした娘さんですねとほめられた」
といった記載だけど、ほかを見ると、
「会いに来てくれたけど、また、安物のぺらぺらした服を着てきた」
「まったくあの子は変わった子だ。なんであんな変なガイジンと」
などというのもあった。
古い世代の人だったから、古いと批判しても仕方ないのかもしれないけれど、とにかく母の考えは明治並みで、とりわけ男女関係については岩のようであった。
「男の人とキスするのは、その人と婚約してから」
と私に教えた人である。そんな母だったから、結婚前にH、なんてこの世で到底許されるものではなかった。
「男はみんな女より偉い」
「女の利巧は男のバカと同じくらい」
「男の人と歩くときは後ろ3歩くらいさがって」
というのもあった。
私は高校時代、東北の女子高に転校させられ、この高校が嫌いで腐り果てていたので、10代の多感な時期の友達付き合い、というものを全く味わわないまま、とにかくこの田舎から出たい一心で東京の大学へ進学した。しかし、東京に出てきても、次元が1時代か2時代違ってしまい、私は周囲から完全に浮きまくっていた。
大学生になると、彼氏彼女と「旅行に行く」子が結構いるのが死ぬほどショックであった。
「え〜〜〜!! まだ学生で結婚もしていないのに、旅行に行くっ????」
と、失神するような思いであったのも、いまでは笑える。
社会に出て、だんだん周囲の人らと話ができるようになってきたけど、それでもなお、周りからは「古い、古すぎる」とあきれられていた私。
確かにね。今思い返しても、自分が取っていた行動、言動の時代錯誤ぶりにはあきれ、恥じ入るばかりである。
母のそういった影響を最低限抜け出せたのは、旦那と知り合って以降だったかな。
それでも、無学無教養な母は母なりに、難しい私を懸命に育ててくれたんだろうけど。
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