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母が死んで、ちょうど1か月。
あの頑固で偏屈な父と縁あって一緒になり、2人の子を産み育て、教養もないながら父に付いて必死に生きてきた母だった。
むかしびとなので、料理、裁縫、縫物などは良くできたし、華道も割と得意だった。
しかし、晩年は、アルツハイマーを患い、頭がすっかりめちゃくちゃになってしまった。
母には、ひとつ、何べん言っても正さない思い込みがあった。
「自分は学校に行っていないから、字が下手だ」
というもの。私が何度、学校と字のうまいへたは関係ない、大学の教授だって東大卒の兄だってゴミみたいな字を書くでしょ、と言ってもかたくなに聞き入れなかった。
そんな母だから、手紙を書くのは、それこそ、骨身を削るような作業であった。手紙1通を書くのに、便せん1冊を、半分から、丸々消費してしまうのである。下書きを書いては消し、書いては削りを繰り返し、しまいには、便せんを切り刻み、ずたずたにし、それをつなぎ合わせてから、やっと清書にかかるのである。私が離れて住んでいたころ送られてきた母の手紙は、しばしば、そうして切り刻んだ便せんの残りをつなぎあわせたものであった。完全に「字ノイローゼ」の母だった。
先日、母の便せん封筒入れ場を整理したところ、ほぼ手紙になっている下書きが1つ見つかった。親戚にあてたものであったが、このままでは送らなかったようだ。
読むと、私のことも書いてあった。以下、誤字のまま。
「娘はお父さんに似て頭がよく、すらりとして外資系で良いお給料をもらっているようです。
(中略)
私も馬鹿母で、育て方を間違ったんです。
兎ニ角、カクセイ以伝と云いますか、おばあさんの悪い様なところをいろいろもらってきてしまって、遂困ったこと悪いところが出てくると『おばあさんに似て』と叱ったり。
娘には何も責ニンもないのに、とりかえしのつかない育て方をしてしまって(後略)」
父方の祖母の狂人ぶりは、いくら書いても書き尽くせないので割愛するが、私は、両親を怒らせると、よく、
「お前は婆さんにそっくりだ!」
と、ののしられた。
婆さんというのが誰の事で、どういう人物で、似たらどう悪いのか。
祖母は、自分が世界一偉くなければ気が済まない性格で、他人と折り合ってやっていけず、終生一人暮らしをしていたから、私は祖母と一緒に育ったことがない。ために、親の怒りの意味は皆目わからなかった。世の親は、こういう、抽象的かつ、子供に非のないことで子供を叱ってはいけない。
後年、成長し、祖母の狂人ぶりも理解した私が、両親をなじったところ、父はガンとして謝らなかったが、母はごめんと謝ってくれた。 私は結婚しても子供を持たなかった。婆さんの血を断つため。
母は後悔してくれていたことが、この下書きでわかったけれど、父はどうだったんだろう。
私があの世に行ったら聞いてみよう。もう手遅れだけど。
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