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外資系勤務で、旦那がアメリカ人で、田舎がない私だから、日本の「お盆」という習慣がどうしてもわからない。非国民で済みません。
旦那も私ももっとも理解しがたいのは、「なぜ日本中の人々がこの同時期に集中して移動するのか」ということ。
昔の労働者は、盆と暮れしか休めなかった名残なのだろうけど、いまは人口も増えたし、個人の自由で取れる有給休暇を使って、もっと空いているときに移動日をずらせばいいのに。特に、前に勤めていた会社に、夫婦そろって九州人で、8月10日ごろ発の飛行機の切符を取るのに、朝から夫婦そろってPCの前に陣取っていた社員に、私が、
「なんでずらして休まないの?」
と聞いたときの、会話のかみ合わなさと言ったらなかった。
うちの父も昔人だったから、何があろうが1年のうち盆と正月しか休まなかった、と記憶している。夏は、父の会社で契約している海の家に連れて行ってくれることもあったが、時々は、父の田舎の新潟か、母の田舎の秋田に連れていかれた。
うちの両親の悪い癖の一つとして、「子供にあまり説明をしない」というのがあった。
私は、なんでこんな山奥の田舎に連れて来られなければならなかったのか、全く理解できないでいた。母は、ただ「おばあちゃんでしょ」と言うだけだったが、このおばあちゃん、ないし、ひいおばあちゃんなる、シワシワの老女たちが、うちとどういう関係にあるのかさっぱりわからなかった。おまけに、親族らの方言は外国語並みで、会話が成り立たない。トイレ、もとい、便所はぼっとん、遊ぶ道具も遊び場も何もなくて、退屈のあまりぼーっとしていると、見栄っ張りの母に「そんなつまらなそうな顔をするんじゃありません」と、怒られてばかりいた。テレビだって、都会では何局もあるのに、田舎ではNHKくらいしかなかった。
もっと参ったのは、飯がまずいこと。特に、母の田舎は秋田という米どころなのに、古米か古々米を食べて平気でいたので、閉口した。この一家の主婦は、母の妹なのに、ひどい料理下手、一家は味音痴であり、彼らはそれで普通だと思っていたのだ。
もっと参ったのが、やぶ蚊。両親は「ブヨ」と呼んでいたが、免疫のない私は、刺されて刺されて、全身腫れ上がり、大変だった。
免疫、といえば、秋田の駄菓子屋のジュースは忘れられない。いとこらと、10円持って、そこでビニール袋に入った真っ赤っ赤のジュースを買った。どうせ「合成〇〇料」を水に溶かしただけのにせジュースである。それを一口飲んで、私は吐きそうになった。しかし、いとこらは美味しそうに飲んでいる。我が家は、母のしつけで、「食べ物を粗末にしてはいけません」というのがあり、どんなまずいものでも、最後まで食べきるよう厳しく育てられた。私は、ひいひいいいながらそれを全部飲んだ。
果たして、その夜、私はひどい腹痛と嘔吐に襲われた。いとこらは無論、何ともなかった。
今の時代は、それは、たぶん、もっとましになっているはずだが、何が言いたいのかというと、
お盆なんて、田舎なんて、いやな思い出ばっか!
ということ。もう、そんな親族らと数十年会っていない。すれ違っても絶対わからない。
いま再放送されている「おしん」もいよいよ佐賀に戻って強烈な嫁いびりが始まったところだ。
ああ田舎なんていやだ。今の時代でも、夫の実家に帰りたくない「嫁」たちの悲鳴がネットにあふれている。
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