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今上陛下のお姿を遠くからでも眺められるのはもうこれで最後だと思ったので、今朝起きて、突如、一般参賀に行く決心をした。
混雑は覚悟の上ではあったが、それにしても、それであっても、予想を上回るすごさであった。
発表によると、15万人あるいは16万人であったそうだが、50万人と言われても納得のできる混み具合であった。これもすべて今上陛下の人望のすさまじさということ。
東京駅に着いたのは10時ごろ(出足が遅かったから)。JR丸の内口のトイレには、みなさん長蛇の列。はっはっは、駅のトイレに並ぶ素人たちめ。私は以前丸の内は通勤経路だったから、駅の外にある丸の内のトイレのありかを複数知っている。その一つをめがけて行ったら、このトイレを知っていた女性らが6〜7人並んでいたが、ちょっと並んだだけで、すぐ入れた。それから和田倉門前に突進。
まずは行幸通りに何列×何組にも分かれて並んだが、ここで無料の小旗を全員に渡される。2回のセキュリティチェック(最初は鞄、次は服の上から金属探知機)があり、それを過ぎるとさらに二重橋めがけて延々と並ぶのである。
やっと二重橋を通れるまでには、みなさん相当疲れたはず。待っていた地点を振り返って写真を撮る。まだまだこんなに待っている人たちがいた。
10時ころ東京駅に着いて、そこからたどりつけたおでましは、13:50のものであった。
しかしまず激怒したのは、今年、陛下のお姿をみんながみられるようにと設置された大型ディスプレイに、
次のおでまし時間や、帰りの際のメッセージが、日本語、英語のみならず、支那語までも表示されたことであった。宮内庁まで支那に汚染されているのかと腹が立って仕方なかった。英語だけで十分でしょうに。
ともあれやっと中に入れて13時50分のお出ましを待っていたけど、陛下のお姿を見られる位置からは程遠く、大型ディスプレイを見るしかなかった。
私より背の高い男性らや、周囲の振る小旗にはばまれてしまい、ディスプレイもろくすっぽ見えず、手をうんと伸ばしてカメラで撮るしかなかった。
お出ましはほんの5分で終わってしまった。
これで帰ったら、せっかく来たのに物足りない。
アナウンスは、しきりと、「あとがつかえているから退出するように」と促したけど、生陛下を見ずにこれで帰ると心残りだから、次のお出ましまで待つことにした。
他の参賀者もみな同じことを考えていて、皇族方がお立ちになる場所の前に、どどっと走って移動していった。
次のお出ましは30分後くらいかなと思っていたが、アナウンスがあって、14時50分、という。ご高齢の両陛下も朝から何度もお疲れになるだろうと思いつつひたすら待ったら、再度アナウンスがあり、15時と発表されると、「ええ〜〜〜〜」っという声が大きく上がった。
ともあれ15時になると、ご一家がお出ましになった。
やはり私より背の高い人々に阻まれて、ろくすっぽ見えない。また手を伸ばして必死に撮影した。
ご挨拶のお言葉は13:50のものと同じ。とにかくやっと生陛下をおがめた。ありがたや。もう来年からはない。皇后陛下とごゆっくりお過ごしいただきたいものである。
そういえば、弟君の常陸宮様は、以前、華子様に付き添われて車いすでお出ましになっていらしたけど、もうお出になれる状態ではないのであろうか。
おひらきになる前、「おお〜っ」と歓声が上がったのが、こんなふうに、ご一家が真ん中にぎゅーっとお寄りになった時だ。
というわけで、平成最後の一般参賀であった。
来年以降は行くつもりはない。あの、祭祀を嫌い、和歌も詠まず、ご体調の波とやらでご公務もろくすっぽしない方が次の皇后なんか務まるとは思えない。本当は、久子さまのように旧華族の血を引く、資質の良い女性が皇后になるのがふさわしかったのに、皇太子は女性を見る目がなかった。
秋篠宮殿下が即位されるときには、悠仁殿下も成年皇族になっておられると思うので、そのときは行こうかと思っている。
秋篠宮妃は平民だったけど、母方は会津藩士の流れをくむ。つまり、国賊とさげすまれ、肩身の狭い思いをしてきた会津藩から将来の天皇が産まれたわけで、会津藩にとってはなんという運命だろう、と驚嘆してしまう。
とにかく、たいへん疲れましたが、以上報告いたします。
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