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絶対に結論の出ないテーマをまた書いてしまう。
私は、今年2月27日の産経新聞「オピニオン」の切り抜きを保存している。
「女性管理職は男性が育てよ」というタイトルの記事だ。
コラムの筆者は、宮家邦彦という人で、栄光学園ー東大ー外務省と絵にかいたようなエリートである。
この記事は検索したらまだあったので一応記録しておく。
クリントン政権時の通商代表であったミッキー・カンター氏からぎゃふんと言わされたことから話が始まっている。カンター氏は、過去20年東京に通い続けているが、企業経営者との会合で女性が出てきたことが一度もない、と言った。お隣の韓国は、儒教思想にもかかわらず女性大統領が出ているのに、だ。カンター氏は、日本経済再生のカギは移民と女性だ、と言ったという。移民は正直問題あり過ぎだが、女性の活用が少子高齢化社会の中、カギになっていることは安倍首相も再々言っておられる。安倍氏自ら、首相秘書官や人事院総裁に女性を起用したが、もとより、この年代にはそういうポジションに就ける女性が少ないはずだ。そう言う中、女性を無理やり就けると、真に実力がともなっているなら良いのだが、「女だから選ばれた」という目で見られ、実際にそうだったら、却って失敗である。これと同じことは、当の人事院総裁となられた裁判官出身の女性が述べていた。アメリカには、黒人の地位向上を狙い、黒人学生を、試験の成績が及第点でなくとも下駄をはかせて入学させる「アファーマティブ・アクション」という制度がある。この制度だと、黒人より試験結果の良かった白人が落とされることになり、それも逆差別であろう。才女として知られたコンドリーザ・ライス元国務長官は、自身黒人でありながら、「アファーマティブ・アクション」には反対の立場を取っている。
この宮家氏は、「女性管理職は男性が育てよ」と述べる。
しかし、宮家氏自身すら、文中で「自分は妻の出産にも立ち会わず子供の教育も全部妻に任せっぱなしにしていた」と告白しているのだから、甚だ説得力に欠ける。
女性が管理職になりたがらないことについて、男性は「女性の意欲不足」を挙げるのに、女性は「男性の無理解が原因」と言うそうである。
女性の側も、責任ある立場にしいて立ちたくなく、家事と育児に影響がない程度に働ければいいという人も多いはずである。それはそれでよい。しかし、海外の要人と会う際、日本だけが一人もメンバーに女性がおらず、全員ねずみ色スーツのおっさんばかり。それを「よし」とするか「日本だけおかしい」と思うか。
日本男性とは、重要な意思決定の場に男しかいないことで安心し、女性がいることを嫌う種族なのであろうか。
つい先日、自民党の高村議員を団長とする「日中友好議員連盟」なるメンバーが支那に詣でたが、こちらから行く、というのは、私の理解違いでなければ、相手の方が格上であり、主の下にシモジモが参じる、いわば「朝貢」ということにはならないだろうか。
支那側の同連盟の代表者は、女性であった。これにはなんだか高村氏もやりづらそうに見えた。
そして、「日本は歴史を忘れず、常に反省せよ」のような憎たらしい言葉を吐いた支那外務省の報道官も女性であった。二人とも、日本を属国のように見下しこそすれ、どう見ても日中友好なんて微塵も期待していない顔であった。
日本では、ああいうふてぶてしい、憎たらしいオバサンキャリアウーマンが出てくるのは、国民性を考えても難しいのではないか。いま期待される女性政治家は、支那のオバサンキャリアに比べると、品が良すぎる。
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働くということ、会社、派遣、労組
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「連合」なんてまだいたんだ。活動していたんだ。へえ。
まだ5月1日前だが、代々木公園でメーデー中央大会が始まったそうだ。安倍首相を始め、与野党のトップまで呼んでいた(民主党はともかく、ほかの党からは、よく来たなあ)。
TVのニュースでチラっと見たけど、各業界の組合が、のぼりを立てて参加していた。まだ労組なんてあって、まだのぼりとかはちまき(?)なんか使っているんだ。
古賀会長は、安倍政権が提言している「日本式裁量労働制」に真っ向から反対しているそうだ。それはいかにも組合だ。「長時間労働の原因になる」とかいう主張だそうだが、組合がそういって反対することは、聞くまでもなくわかっていた。
石頭!
私はまだ若かりし昔、ある米国系外資系企業に入ってしばらくしてから、Exemptになった。
Exemptというのは、アメリカ式の裁量動労者のことであり、土日祝日、そして1日8時間超働いても、残業手当など付かない一般労働者のことである。 日本の労働基準法では、社長や専務と言った超トップであっても、深夜労働をした場合は超過勤務手当をつけなければならないほど、時間で働く概念に満ちたダサさであるが、アメリカのExemptシステムでは、管理職でなくとも、専門性の高い仕事と認められたら、年収なんぼで雇用するだけで、それ以上なんの手当てもつかなかった。その会社に入ってみると、周囲にタイムカードを押している人が少ないのには驚いたものだったが、ほどなく、タイムカードがあるのは恥ずかしい、残業代が付く身の上なのは恥ずかしい、1日も早くExemptになりたい、と願うようになった。タイムカード無しになったときには、「一人前として認められた」という思いがした。すがすがしかった。
頭が「蟹工船」である連合や組合員らの心配では、「過労死の予備軍になる」という。ばかな。今回の提言では、対象者は、年収1000万円以上と言った、ごく限られた特殊な職位に限られる。そういう人は、土台、時給いくら、9時5時で働くわけではなく、専門職の成果を上げてナンボの仕事をしている。仕事に余裕があれば、9時5時までいなくても、10時に来て3時に帰ったっていい。介護や育児の時間が欲しい人は、9時5時勤務よりむしろ両立を図れるかもしれない。そもそも、そういう専門職の人は、上司に命令されて残業をするような職務内容とはわけがちがい、時間の使い方くらい自分で裁量できるものだ。連合は、なんでそれがわからんのか。
日本の労働法は、完全に過去の遺物である。
雇用主=強大=悪=保護しなくていい
労働者=弱者=正=保護する
の図式に貫かれており、不良社員の首を切るのだって非常に大変で、下手に切ると、解雇後、ずうずうしくも訴えてきたりする。合わない会社、自分を嫌った会社に無理やり勤めることもあるまい。さっさとほかにもっと良い会社を探して入ればいいだけである。それができないレベルの社員は、会社として原則的に要らない。
実際は、働かない社員、できのわるい社員、5時から残業手当目当てで働き出す社員、など、守られなくても良い労働者がたくさんいる。そういうのに限って組合に入っている。できる社員は、組合になぞ入らないし、残業もしない。会社が真に守りたい社員は、できる社員のはずだ。できない社員は守りたくない。当然だ。
頭が「蟹工船」の連合は、そういう、自分らに都合の悪い時代の変化は、一切見ようとしないらしい。そして、組合が守るのは、権利ばかり主張して義務の履行は二の次の、できない社員ばかりである。
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私の部署の女性社員が「子供が熱を出したから」と言って、午後帰宅してしまった。年中行事である。
私は昨日おとといと体調が悪くて休んだが、ちゃんと1.5日の「私傷病休暇」を取得した。彼女の場合は、いつも「時短勤務」で午後4時に帰ってしまうから、ほんの数時間の差なので、たぶんユルユル外資の常として、「なあなあ」で済ませ、特に減給もされないように処理しているだろう。厳しい中小企業だったら、早退は1分単位で減給したっておかしくないのだが、私の勤務先のようなユルユル外資だと、その辺はテキトーである。女性が多い職場であることも助けになっているに違いない。
今日、部署が違うのでほとんど交流もないが、既に2人の子持ちであることは知っている某女性社員のおなかを見てぎょっとした。3人目ご懐妊だったからだ。いまどき、東京のOLで3人、ってちょっと産み過ぎじゃないのか?とか書くと「それは女性の権利を冒涜している」「少子化時代に貢献しているのに」とか反論をくらいそうである。が、彼女の上司は、これからまたまた産休育休に入るであろう彼女の代替要員のやりくりに頭が痛いであろう。こういう女性社員は、また、絶対に退職しないものだ。1年後に必ず復職してくるけど、来るなり、やれ子供が熱を出したのなんのと言ってちょこちょこ休む。過去の2人の子供にそうしてきたように。使えない。
曽野綾子さんは、「女は子供を産んだら仕事をやめよ」と発言して、大いに物議をかもしたことがある。
いまどき、とりわけ、東京では、夫婦共稼ぎでないと、子供を育て、教育を受けさせ、ローンを払っていくことなど不可能である。しかし、企業がその社員を採用するときは、
「この人に目いっぱい働いて会社に貢献してほしい」
という期待だけを込めて雇うのであって、
「子供を沢山産んでしょっちゅう産休育休を取ったり、子供の病気で帰宅してくれても構わない」
と思って採用することはありえない。個人の事情というのは、職場たる場所においては、通常、前面に出せるものではなく、むしろ大いに後退すべきものだ、という曽野さんの主張もうなずける。
子供が病気になると、いまだ母親である女性社員だけが帰宅する習慣も変わらない。女親の方が病児のケアに向いているとみられるのも無理はないのだが、そうすると、女性の仕事が男性より軽んじられる状況には、今後とも絶対に変化はないだろう。
私がいつも言っていることだけど、少子化対策には、オランダのように、子育て中は「男女とも」パートタイマーになって、「男女とも」フルには使えねえなあ、という労働法制度にしてほしい。オランダでは、仕事の内容が同じであれば、フルタイムでもパートタイムでも、時間当たりの給与や待遇に差はないのだそうだ。それから、地方の若夫婦に3人4人、できればそれ以上産んで東京に労働人口を供給してほしい。東北の仮設住宅を訪問するテレビ番組をときどき見るが、仮設に住んでいたって、若い夫婦には、子供が3人くらい、ざらにいる。田舎ではやはり今でも結婚が早く、若くして3人くらい普通に産むものらしい。これは大したものだ。
私は最近、上述の同じ部署の女性社員が子供のことで早く帰っても、彼女の仕事をボランティア的に(頼まれない限り)手伝うことは一切やめた。それはいくら子供がそうだからといって、その仕事をすることは社会人、社員としての彼女の責任なので、自宅でやるべきだと思う。私はその分払われていない。もう、そう割り切ることにしている。
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今朝の日経新聞の1面は、「35歳から44歳の女性人口のうち、働く女性が初めて7割を突破した」という記事で、つい目が行ってしまった。その年齢の女性たちは、いわゆる「M字カーブ」の年齢で、子育てのために就労人口の割合がへこむ世代である。先進国のうち(・・・・あの国を「先進国」とは呼びたくないのであるが)、かかる「M字カーブ」が現れるのは、世界でもわが日本と隣の韓国だけなのだそうだ。逆に、諸外国でも子育て世代なはずなのに、ここがはっきりMにへこまない理由をもっと知りたい。
同記事では、Mが改善した理由として、「景気回復による就労機会の増加」と「保育所の充実」をあげていたが、あれ?それでは足りないと思う。もう一つあるでしょ?私のように、結婚しても子供を産まないで仕事をしている女性の増加である。こういうのは、M字カーブの改善には貢献するものの、少子化の改善には全く寄与していない。
安倍内閣では、女性の力を社会に生かすことをテーマの一つにしているが、それならば、私が再三書いているとおり、例の「3号被保険者」や「103万円」を撤廃してほしい。働かなくてもいい人にまで働けとはいわないけど、費用を払わずして払ったと同様にみなす第3号被保険者は、ことに、私のように働く女からしたらむかつくし、103万円まで年収を調整していつまでたっても夫の陰になっているようでは、いくら言っても働いて独り立ちしたくない女性を作る温床になっている。対処法は簡単で、学校を卒業したら、各自、単独で年金も健康保険も加入させるのである。結婚しようが離婚しようが、とにかく単独で入らせる。専業主婦で収入がなければ夫がその保険料を払えばいい。結婚したりしなかったりで社会保険の掛け方が変わるのは根本的におかしいのだ。自分に必要な費用を、自分自身で払わない、または、払おうとしない女性を国みずからが養成してはならない。
さりとて、誰もがフルタイムで働きたいわけではなく、低賃金、軽作業、短時間程度の仕事をすればいい人も、また、そういう人を求める職場もあまた存在する。面倒な社会保険加入手続きをしたくない、あるいは、しなくて済むというメリット(と呼んでいいのかどうか?)もある。
そこへ、平成28年10月から、そういう人たちがガビーンとなる改正が施工されることになった。短時間労働者に社会保険加入義務が拡大するのである。
従来は、正社員の4分の3(だから週30時間)以上の労働時間がないと、社会保険に加入を認められなかったが、
1.週20時間以上の労働
2.月額賃金8.8万円以上
3.継続して1年間働き続ける見込み
4.被保険者501人以上の企業
の全部の要件を満たすと、パートタイマーであっても社会保険に強制加入となる。
これがいやな場合は、被保険者500人以下の小さい企業を選んで勤めるか、1年未満で仕事を辞めて転職し続けるか、はたまた給料が減るのを覚悟であれば週19時間以下しか働かない、といった手段を取ることになる。
そうまでして、社会保険への加入から逃げなくてもいいと思うので、思い切って働いて、年金も何でも納めてほしいと思うのだが、いまの日本の風土では、そうしたくなくて逃げ回れる女性を許容しているのがなんとも。
しかし、社会保険制度も、欠点が多々あり、個人が短期間で簡単に加入したり脱退することを前提としていない。要するに「面倒」なのだ。制度としてはむずかしくなるのは仕方ないものだけど、そんなふうに簡単に出たり入ったりを許しにくい制度を、簡単に出たり入ったりする人らにどう適用していくか、というと、やっぱり個人単位の制度に改めるしかないのではないかなあ。将来、年金をちゃんと受け取るためにも。
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昨年秋から一生懸命仕事を教え込んできた派遣社員のひとが、来なくなってしまった。
代わりの人を探してもらっているが、がっかりである。
また1から教えないとならない。
その人は、前の派遣先で、病気にかかって出勤できなくなった日が続いたので、辞めざるを得なくなったそうで、今度こそはと張りきっていたのだが、また病気をし、けがまでしてしまった。年末年始をはさんで、もういい加減、治ったころだと思っていたが、あまり休み過ぎ、出勤しづらくなったらしい。
人柄はよかったので、残念だ。
しかし、こんな基本のキの話をして恐縮だが、社会人たるもの、毎日当たり前に出勤し、決まった時間に体がそこにあって稼働OKとなっている、というのが大前提であるということを改めてかみしめた。派遣、正社員を問わないけれど、派遣社員は特に、短期集中型で働いてもらう場合がほとんどなので、なおさらそうである。
しかし、派遣という仕事の形態も日本にすっかり定着したが、いまだ疑問は残る。
筆耕や翻訳、通訳など、優れた専門技術を持っていて、特に組織に属さなくてもやっていける人や、あえて属したくない人、または、生活がかかっておらず、1日数時間だけとか、週2日だけ、などに限定して働きたい人たちにはうってつけだろう。
しかし、実際は、あまり良い就職ができなかった人たちの受け皿になっていることも、法が求めるほどの専門技術もない人も多い。そもそも、「ファイリング」なんて、派遣可能期間の制限を受けないほどの専門的な業務だろうか。
それに、手取り所得も本当に低い。フルタイムで働いても月額手取り20万円少々で、これでは生活もぎりぎりだ。
とはいえ、使う側としては、「明日からすぐ手伝ってほしい」というときに求めるスキルの人が来てくれるのは、非常に助かるのだけど。でも、本当にスキルがある人なら、正社員になってるはずである。
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