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父が死んで3ヶ月あまり。 |
こわれゆく父、父の死
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わが父は3ヶ月前に死んだが、そのあと、父方の親戚の老女が死んだ。 |
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父が死んでからそろそろ2ヵ月。父は遺言で「初七日が済んだらすぐ納骨して欲しい」と書き残したのだが、生きている者らの都合、というか「この世のしきたり」とやらで、先月には四十九日も執り行ったし、納骨はやっとこさっとこ次の日曜日にする。本当に、人ひとり死ぬのは生半可ではない。納骨には、実際、墓の名義を父から母に書き換える手続きが要るので、父が思っていたほど簡単に埋められないこともわかった。 |
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最近、新聞の葬儀広告に目が行くことが多くなった。見ると、「誠に勝手ながら、香典、お供物の儀は固くお断りいたします」と添え書きしてあることが多い。これは、単に謙虚な態度を取っているのではなく、後日のお返しの苦労を避けるためらしい、ということが、父の葬儀後わかった。 |
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もうすぐ父の「49日」とやらが来る。それから来月には納骨がある。いちいち果物だの菓子だの花だのあれこれ買って持っていかないとならないし、仏事に興味があるわけでもなく、また、檀家でもないけど高い金出して坊さん呼ばないとならないし、というもろもろのことが、億劫で仕方がない。死んでしまった者に経費をかけ、時間を奪う。所詮は坊さんの仕事と収入源にされている、ということか。母は「あんたは冷たい、ケチ」と私をなじる。なじる気持ちもわからんでもないが、何をどうしたって9月に父が死んだという事実はそれっきりのものであって、その後の儀式は俗世の者の「しきたり」とかいう「見栄」であり、また、坊さんの所得を上げるためになされているにすぎない。私は父に愛情が全然なかったので、余計そう思うのかもしれない。配偶者や子供ならまだしも、「この世の義理」という名目で、それ以外の人らに足労と出費をかけるのもおそろしくしのびない。 |



