桃実 says

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こわれゆく父、父の死

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先月のシルバーウイークのとき、父の元部下だった老人3人が弔問に来たところ、延々3時間も居すわり、食事もしていった、という話を書いた。

http://blogs.yahoo.co.jp/mymomomi/33368265.html

ところが、中の一人から、数日前に母あてに電話があった、という。私が
「なんて言ってたの?」
と聞くと、
「この間は長居してごめんね。疲れたでしょう、だって」
という。
私「ああ、それは明らかに奥さんにおこられたね」
母「そうそう、それしか考えられない」

これら老人たちは、台所に立つことを一切しない世代である。湯茶も酒も食事も、黙って座っていれば出てくるもの、という世代。主婦の大変さがわからず、また、夫を亡くし、老い衰えた母を、いつまでも昔の支店長夫人だと思って甘えている。叱り飛ばしてくれた(と思われる)奥さんには感謝。
ちょっと溜飲が下がった。

昨日、亡父あての弔問客が3人きた。いずれも昔の部下だった人たちである。
私は、深いわけがあって、父の昔の会社関係の人たちと顔を合わせたり、もてなしたりするのが大嫌いである(詳しくは1月12日に書いた「正月になると思い出す」にあるのでご参照までに。
http://blogs.yahoo.co.jp/mymomomi/28425292.html)。
そんなわけで、母に悪いなと思いつつ、弔問なのだから、30分くらいで帰るだろうと思い、私は実家へは行かず、もてなしは母に任せてしまった。「帰ったら電話ちょうだいね」と言っておいた。
1時半ころ来る、という話だったが、2時になっても3時になっても母から電話がない。4時半になってやっと、「いま帰ったわ」と電話が来たので、びっくりしてしまった。なんと3時間にわたり、かつての部下たちによる「お茶のみ会」が延々くり広げられていたと言うのである。かつての部下達もみな老人になり、あそこが悪いのここが痛いの、という「病気自慢大会」となったという。1時半に来るというので、てっきり昼食も済ませてくるのだと思っていたら、母が果物とか茶菓子など出すと、むさぼるように食うので、
「ひょっとして、お昼まだですか?」
と聞くと、みなまだだという。その日の朝はたまたま「寿司太郎」でちらし寿司を作っておいたので、それと吸い物を出したら、みながつがつ食べた、という。
はあ〜〜〜。夫を失って憔悴している母のところへ、老人男性3人も来て、お線香を上げたらそそくさ帰るかと思えば、3時間も居座っておしゃべりしていたとは。1時半に来る、っていうのに、昼ごはんも食べて来なくて。こういう無神経、大嫌いなんだよね、私。なぜ疲れている母の身を考えず、長っ尻を決め込むのか。やっぱりその場にいなくてよかった。いたらキレていた。
母が疲れきっていたので、母の晩御飯をつくってやった。

今の世代には考えられないことだが、父の世代だと、月曜日から土曜日まで(まだ週休2日が普及する前)一緒に働いて、日曜日にまた部下達を家に呼んでマージャンすることなんかザラだったのだ。会社の人たちは家族も同様、と思われていた時代で、料理の達人であった母は、なんだかんだと食事を作って彼らをもてなしていたっけ。私も給仕にこき使われた。みな「支店長は、奥さんでもっている」と言っていた。
今は、正月であろうとなんであろうと、よほどのことがなければ、休日に上司の家になんか行かない。そういう簡単な時代になってよかった。

遺影の話

父が他界し、父の本に続き、昨日は靴をごっそり処分した。ただ、私は「靴なんてもう誰もはかないんだから捨てなさい」と言っても、母は「この靴、いい靴だから」とか「生前お父さんが最もよくはいていた靴だから」とか言うので、2足だけ残した。母によると「玄関先に男の靴がないと防犯上危ない」とか言う。よく、防犯対策に、表札に男の名前を書いたり、洗濯物で男物のパンツを干したりとかいうテクと同義のことを考えているらしいが、いざ泥棒が入ってきたら、靴なんぞ見ないぞ、母よ。

さて、2年前、父ががんの診断を受けたときに、私は遺影の用意をしようと考えた。
その診断を受ける半年ほど前、私は
「ちゃんとした夫婦写真を写真館で撮ってほしい。遺影にも使えるから。費用は私が払う」
と懇願し、写真館できちんとした写真を撮ってもらったことがある。しかし、母はきちんと着物を着て行ったにもかかわらず、頑固で万事あまのじゃくな父は、普段着姿のままだった。
「なんでスーツを着ないの」
と攻めても、白と言えば黒といい、右と言えば左という性格の父は、
「いいんだ、いいんだ、これでいいんだ」
と言い張り、結局、その姿のままで写真が出来上がってきた。母の写真は大変良く撮れており、遺影にもこれを使ってほしい、と母は言う。しかし、父のは普段着姿であるからして、絶対に使えないとは言わないが、ちょっとださい。写真館や葬儀社に頼めば、首から下をスーツ姿に差し替えて写真を作ってくれるけれど、本人のスーツでない姿を遺影に使うのもちょっとナンである。
私は、父が写っている過去のスナップ写真を探し出し、中で1枚、スーツを着てほほ笑んでいる父が入っている集合写真を見つけた。それを持ってヨドバシカメラに行き、父の顔だけ遺影サイズに引き伸ばし、背景は塗りつぶして明るいグレー1色にしてほしい、と注文したところ、理想的な状態で仕上げてくれ、同時にCDも焼いてもらった。費用は、葬儀社に頼むのとは段違いの安さである。
今回、葬儀に使ったのは、2年前に作っておいたその写真である。父の死亡年齢より10歳以上若い、65歳の「爺盛り(?)」のときの写真だったので、ちょっとサギっぽいかもしれないが、老い衰えてからの写真を掲示するより、健康だったときのもののほうが、ずっといい。弔問客も、くちぐちに「この写真、いいですねえ」と誉めてくださった。ほっ。
ちなみに、両親の写真を撮ってもらった写真館の人は、
「人間、65歳を過ぎたら用意しておくものです」
と言っていた。あとは、5年に1回くらい撮り直していくことを勧めていた。急死などで、ろくな遺影が用意できない場合もあろう。遺影を用意しておくことは、何ら縁起の悪いことではないのだ。

父が逝って1週間。母に、
「今、独身じゃ〜ん」
とひやかすと、母も、
「あら、そうね。ナンパされたらどうしよう」
と切り返すようになった。女は男より孤独に強いので、この調子でいけば、楽しい未亡人ライフを送ってくれそうだ。

母の里では「曹洞宗」が宗派なのだそうだが、父方は「浄土真宗」である。全く信心はないけれど、「葬式仏教」よろしく、横浜郊外にある浄土真宗のお寺にお坊さんを頼んだ。檀家、ということではないが、父の母が死んだときにもお願いしたお寺である。

さて、浄土真宗の場合は、死者に付ける名前を「戒名」ではなく「法名」と呼ぶ。それも、付け方が結構簡単に見えるのだ。姓のように頭に付けられるのは、男性の場合は「釋(しゃく)」、女性の場合は「釋尼(しゃくに)」に決まっている。名前にあたる部分によく出てきそうなのは「浄土」の「浄」の旧字体の「淨」である。祖母の場合は、あのバーサンに到底似合わぬ「釋尼淨耀(しゃくにじょうよう)」という美しすぎる法名を頂戴してしまった。なんとも恐れ多い。坊主丸儲けとはいうが、「耀」1文字を選ぶだけでウン十万円も払わされた。

それに懲りた、というわけではないが、簡単なので、父は、生前から法名を用意していた。「釋 淨○」といい、「○」は父の「○夫」という下の名前からそのまま取った。
私がお寺の住職さんと葬儀の段取りについて電話で相談していたとき、
「法名のことなんですが、」
と切り出された。私は、
「ああ、父はもう法名つくってあるんですよ。」
と言った。電話の向こうの住職さんは、急に声の調子が「がっかりモード」になった。
「でも、法名は、お経の中にある文字から取らないとならないんですよ」
とおっしゃるので、
「父のは、釋 淨○って言うんです。○は、本名からそのまま取ったのですが」
と私は答えた。住職さんは、なおさらがっかりした口調で、
「その文字なら、お経の中にありますから、それをそのまま使いましょう」
とおっしゃった。心の底で
「ちっ、儲けそこなった」
と思っておられたのが、電話を通じてビビビと伝わってきた。
そのせいで、というわけではないだろうが、実際に葬儀にいらしたのは、副住職さんだった。

納棺士

先ほど、銀行ATMから葬儀代金を振り込んできた。葬儀費など、世間の相場でいくらぐらいするのか、そもそも葬儀費には相場があるのかどうかもわからない。その葬儀場を選んだのも、ただただ単に家から一番近いからだ。仔細は葬儀社に任せた。

葬儀の費用の明細をもらったとき、一番ぎょっとしたのは、湯灌(ゆかん)、つまり、遺体を洗って服を着せる、という作業の費用だった。8万円もするのである。
「4人くらい納棺士がいて、その人らの日当が2万円、ってことなんじゃないの?」
と私は母に言ったが、それにしても、わけがわからない。

父の湯灌のときは、母と私が立ち会った。納棺士は、男性1名、女性2名だった。畳の下から、風呂桶のようなものと水道が出てくる仕組みになっているようで、所定の時間に行ってみたら、風呂桶の上に、バスタオルがかけられている裸の父が横たわっていた。我々が末期の水をつけると、あとは、体を丹念に洗ってくれた。胸から膝までは、我々に肌が見えないように、バスタオルを持ち上げて洗ってくれる配慮だった。別に、裸を全部見たって良いのだけど。
洗い終わったら、我々は一時退場させられた。その間に、風呂桶のようなものは畳の下に収納され、父は、母が持参したスーツを着せられ、畳の上に寝かされていた。死んで体が硬直しているのかと思っていたが、着替えはできる程度らしい。

しかし、この世の中には、選択できる職業は他にもゴマンとあるのに、1年365日、死体にさわり続ける、という、彼ら「納棺士」の職業選択の動機は一体何なのだろう。給料は間違いなく高かろう。しかし、それだけで続けられる職業とも思われない。暗いし、楽しみはないし、ときにはまともでない死体もあるだろうに。

モックンの映画のお陰で一躍世間に知られることとなった「納棺士」。本当に、世の中にはいろんな仕事があるものだ。

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