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父が他界し、父の本に続き、昨日は靴をごっそり処分した。ただ、私は「靴なんてもう誰もはかないんだから捨てなさい」と言っても、母は「この靴、いい靴だから」とか「生前お父さんが最もよくはいていた靴だから」とか言うので、2足だけ残した。母によると「玄関先に男の靴がないと防犯上危ない」とか言う。よく、防犯対策に、表札に男の名前を書いたり、洗濯物で男物のパンツを干したりとかいうテクと同義のことを考えているらしいが、いざ泥棒が入ってきたら、靴なんぞ見ないぞ、母よ。
さて、2年前、父ががんの診断を受けたときに、私は遺影の用意をしようと考えた。
その診断を受ける半年ほど前、私は
「ちゃんとした夫婦写真を写真館で撮ってほしい。遺影にも使えるから。費用は私が払う」
と懇願し、写真館できちんとした写真を撮ってもらったことがある。しかし、母はきちんと着物を着て行ったにもかかわらず、頑固で万事あまのじゃくな父は、普段着姿のままだった。
「なんでスーツを着ないの」
と攻めても、白と言えば黒といい、右と言えば左という性格の父は、
「いいんだ、いいんだ、これでいいんだ」
と言い張り、結局、その姿のままで写真が出来上がってきた。母の写真は大変良く撮れており、遺影にもこれを使ってほしい、と母は言う。しかし、父のは普段着姿であるからして、絶対に使えないとは言わないが、ちょっとださい。写真館や葬儀社に頼めば、首から下をスーツ姿に差し替えて写真を作ってくれるけれど、本人のスーツでない姿を遺影に使うのもちょっとナンである。
私は、父が写っている過去のスナップ写真を探し出し、中で1枚、スーツを着てほほ笑んでいる父が入っている集合写真を見つけた。それを持ってヨドバシカメラに行き、父の顔だけ遺影サイズに引き伸ばし、背景は塗りつぶして明るいグレー1色にしてほしい、と注文したところ、理想的な状態で仕上げてくれ、同時にCDも焼いてもらった。費用は、葬儀社に頼むのとは段違いの安さである。
今回、葬儀に使ったのは、2年前に作っておいたその写真である。父の死亡年齢より10歳以上若い、65歳の「爺盛り(?)」のときの写真だったので、ちょっとサギっぽいかもしれないが、老い衰えてからの写真を掲示するより、健康だったときのもののほうが、ずっといい。弔問客も、くちぐちに「この写真、いいですねえ」と誉めてくださった。ほっ。
ちなみに、両親の写真を撮ってもらった写真館の人は、
「人間、65歳を過ぎたら用意しておくものです」
と言っていた。あとは、5年に1回くらい撮り直していくことを勧めていた。急死などで、ろくな遺影が用意できない場合もあろう。遺影を用意しておくことは、何ら縁起の悪いことではないのだ。
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