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今から10年くらい前の話になるが、当時、私ら夫婦は失業していた。
原因は、アメリカ人の夫が、契約社員として勤めていた関西地区の某会社を解雇され、関西にいる理由がなくなったので、私の地元の横浜に戻り、職探しをしていたからだ。
親のおかげで、親が住む公団住宅の1階の空き家を仮住まいにすることができた。本当にぼろ家で、歩くと床が抜けそうなほど傷んでいた。
職が決まらない間というのは、惨めなものだ。貯金を食いつぶすばかりで、楽しいことが何も無い。
家もあばら家で、大きな家に住むのが当たり前で育った夫はさぞかし辛かっただろうと思う。
そこへ、ある日から、ネコが遊びに来るようになった。白くて小柄なめすネコである。
団地の中には、ネコがかなり生息していた。我々は1階に住んでいたので、芝生を歩いている彼女を見た際に、食べ物を見せておびきよせると、ベランダから我が家に入ってくるようになった。そのうち、「チチチチ」と声をかけただけで、「ニャ、ニャ、ニャ」となきながら、一目散に駆け寄ってくるようになった。我が家の中で、ねそべって休憩をするようにもなった。
もともと犬好きで、ネコを可愛がった経験があまりない私でも、こんなになつかれると、可愛くて仕方なくなった。随分人なれしているネコだった。誰かに飼われていたのは明らかだった。
かなり神経質なところもあった。ちょっと物音がしただけで、風のように走り去っていくのだ。
「She is too nervous. Tokorode, how do you say too nervous in Japanese?」
と夫が聞くので、
「神経質過ぎる、だよ」
と答えると、それ以降、彼女の名前は「神経質過ぎちゃん」になった。それだと長いので、略称は「スギちゃん」になった。ときどき勝手にベランダに遊びに来ては、「ニャアーン、ニャアーン」となきつづけ、ご飯を催促するまでになった。3階に住む母がその声を聞きつけ、「これ、スギちゃんに」と、残り物を持ってくることも度々あった。
そのうち、二人とも仕事を見つけ、ぼろ家から新しい住まいへ転居した。
引っ越したのちにも、時々実家に遊びにきていた私であるが、引っ越して以降、いくら探しても、スギちゃんの姿を一度たりとも見かけなかった。不思議でたまらない。
今にして思うと、スギちゃんは、失業して腐っていたわれら夫婦に、神様がお授けくださった天使だった。彼女が遊びにきてくれたおかげで、どれほど心がなごんだか。
ネコの寿命から考えると、今も彼女が生きているはずはないので、あのころ、我々を心からなごませてくれた彼女の冥福を、今あらためて心から祈ろうと思う。
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