新婚時代は、夫の仕事のために京都で暮らした。言葉も文化も違う土地で、それこそ言葉も文化も大違いの旦那を連れて、よく頑張ったなと我ながら思う。若くて無謀だったからできたことだ。
さて、京都に住んでいて違和感を覚えた二つの動詞について書こうと思う。一つ目は「炊く」である。
京都ではよく、食べ物に「さん」を付ける。芋、豆、油揚げなどは「お芋さん」「お豆さん」「お揚げさん」である。京らしいと言えば言えるのだが、私は聞いていてむずかゆい。ま、それは置いておき、京都では、それらの調理方法を「炊く」というのである。私が「豆の煮物」「芋の煮転がし」「油揚げの含め煮」などと言うのに対し、「お豆さん(お芋さん)(お揚げさん)の炊いたん」という。「炊いたん」とは、土星の衛星ではなく、「炊いたもの」つまり、「煮物」のことである。私は、京都で短期間、地元のおばちゃんたちに混ざってパート勤めをしたことがあるが、彼女等とのランチタイムに彼女らが「お茄子とお揚げさんの炊いたん」など食べていたとき、
「東京では、『炊く』は、ご飯を炊くときの動詞以外には使いません。野菜や豆は『煮る』と言わないと通じません」
と言ったら、周囲はマジでシーンと固まってしまった。
時々、NHKの料理番組に、京都の老舗料亭のご主人が講師として出演することがある。料理の名前は、標準語ふうに「何々の煮物」という表示なのだが、この先生、「これを、炊いてもらって」「炊いてください」というように、いささかムキになって「炊く」という動詞を強調する。「煮る」とは絶対に言わない。きっと、内心では、
「京都では『煮物』なんて言わへんのや。炊いたん、やで」
と思いつつテレビに出ているのではないか。
山形県では、秋になると、河原で「芋煮会」を開く習慣があるが、愛媛県でも、同じような習慣があり、愛媛の場合は「芋炊き」というそうである。関西に限らず、西日本では、「煮る」という動詞を使わず、「炊く」という地域が多いのだろうか。でも「煮る」は、味の付いた煮汁で食材を加熱し(煮汁はあえて残して食材をひたしておく場合が多い)、「炊く」は、水にひたした食材(ほぼコメ)を加熱し、水を吸わせ切る調理法だと思うのだが。そもそも「煮汁」とは言うが、「炊き汁」と言うのだろうか。
もう一つ京都でギャップを感じた動詞は「くくる」である。「首をくくる」「木で鼻をくくったような」「腹をくくる」など、この動詞はポジティブな意味がない。しかし、京都ではまことによく聞いた。夏になって、髪の毛を後ろに束ねた時は、まっさきに
「あ、髪の毛くくってはるんですか」
と聞かれた。非常にいやな感じを覚えた私は、
「髪をくくる、とは言わない」
と正直に言ったら、相手はびっくりして、それなら何て言うのか、と聞いたので
「結ぶ、とか、しばる、って言う」
と言ったら、彼女は驚き、
「結ぶ、ならまだわかりますけど、しばる、言うたら、縄でしばるみたいです」
と言った。はぁ、語感は土地によって違うものだ。しかし、私はそれでも「くくる」はイヤだな。
母などはよく「いわく」と言っていた。これは正確には「結(ゆ)わく」「結(ゆ)わえる」であろう。
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