桃実 says

移行したFC2ブログは、http://mymomomi.blog.fc2.com/ です

方言の話、土地柄の話

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ ]

8月4日にも述べたが、私は、子供のころの経験がアダとなって、方言が嫌いである。

母の出身地である秋田の言葉が嫌いになった背景はその中ですでに述べたので再び書くことはしないが、父の新潟弁にも困った。前にも書いたが、新潟弁は「い」と「え」を100%逆に発音するのである。なので、ときに「なに、それ?」ということはあったけれど、言葉の発音自体が訛っていたわけではなかったから、会話することはできた。しかし、かの地の方言では、「成長した」ということを「太った」と言うのである。
久しぶりに訪問した小学生の私を見て、父方の親戚の人々は、
「おお、太ったねえ」
と言い放った。幼かった私は、
「みんな、なんてひどいことを言うのだろう」
と傷つき、物陰で一人しくしく泣いた。一人しくしく泣いているのを見咎めた母が、また、
「何でこんなところで、みんなと一緒に交わらないで、一人泣いているのっ!」
と叱り飛ばしたので、私は踏んだり蹴ったりだった。
子供がどうしてそういう反応をしているのか、やさしく問いただす姿勢のある母だったら、もう少し救われていたかもしれないが、頭から「すべてわが子が悪い」と決めつける母だったので、ただただ田舎に行くのがいやになるばかりであった。とにかく、こういうふうに、標準語の意味に比較し、途方もない誤解を招く方言は、使うのを撲滅してほしいとすら思っている。

こういう新潟弁はごめんだが、秋田弁でたった一つだけ好きな言葉がある。「ながまる」というものである。
これは、「丸まる」の対語で、標準語の「横になる」に該当する。疲れた人に、「ながまってけらっしゃ」(横になってください)と言ったりするのだけは、ちょっといい感じがする。私が実家の手伝いに行くときには、母に「ながまっていなさい」と命令してガシガシ家事を片付けるのである。
さて、私もそろそろながまろう。

方言は悲惨

昨日の続きで、方言ネタを。

もう、とうに他界したが、私の母方の祖母の名は「フツ」という。
昔の女性の名前ときたら、「タケ」「トラ」「ウメ」「トメ」など、付いてりゃいいや、という「記号」程度のものであったから、「フツ」というカタカナ2文字が非常に変だ、というほどではない。が、母によると、これは本当は「藤(フジ)」と付けられるはずだった、というのである。

大昔は、出生届けは子供を産んだ親が書類に書いて提出するものではなく、役所の窓口で、口頭で申請するものだったそうだ。字も満足に書けなかった人もいたであろう時代で、役所の窓口の人というのは、それだけで「偉い人」だったという。
しかし、場所は秋田である。新たに生まれた子の出生届けに行ったであろう祖母の親は、たぶん、窓口で、「『ふじ』にしてください」というつもりで、「フンズにすてけろ」と言ったことは想像に難くない、と母は言う。秋田弁で「ふじ」を発音すると、間に鼻にぬける「ん」が入るし、「じ」は「ず」とほぼ同じ発音になるので、つまり、「ふんず」になる。しかし、窓口の人も、まさか赤子の名が「フンズ」ではなかろうから、「フ」はそのままにし、間の「ン」は秋田訛りの音節だから無視し、最後の「ズ」はなぜか「ツ」として登録してしまったらしい。親も、あとで戸籍謄本を見る機会はなかったのであろうか。女の子なんて、つい80年〜100年くらい前までは、そんなふうにテキトーに名前をつけられていたのであろう。

以下の話は、我が家とは関係なく、どこからか拾った話。
これも東北地方の婚姻届受理窓口での話。ある男女が、婚姻届を出しに来た。書類に未記入のところがあったらしく、その窓口のおっちゃんは、
「ウヅはどうなさるの」
と聞いたそうだ。
「ウヅ?」その男女は一瞬困ったが、それはおそらく「うち」つまり「住居」はどうするのか、と聞いているのだと解釈し、夫がマスオさんになる予定であったその夫婦は、
「うちですか、うちは、私の方になります」
と答えた。
そのあとで、戸籍謄本を取ったその夫婦は仰天した。夫の姓を名乗るつもりでいたのに、妻のものになっていたからである。
その窓口の訛ったおっさんは、「氏(うじ)はどうなさるの」と聞いたのであった。しかし、「ウジ」などといきなり聞かれても分からなかったこのカップルは(ちゃんと聞けばよかったのに!)、「氏」ではなく「うち=住所」だと勝手に解釈してしまったのがミスの原因だったのである。

やっぱり、訛るのは困りものだ。上記の戸籍だって、今ではコンピューター形式だから修正もキレイにできるけど、それ以前は手書きだったのである。一度作った戸籍謄本の修正は、手書きで抹消、修正したはずだ。全然きれいじゃない。せっかくの新戸籍が、気の毒に。

新潟の場合だと、「えつこ」は「いつこ」で、「いくこ」は「えくこ」って届けられていたのだろうな。いまでも時々、50代以上の女性に「ハツイ」「マサイ」という名前が見られる。きっと「初江」「正枝」とつけたつもりだっただろうに。

方言が苦手

私は不思議でならない。
方言を話す地方の人たちは、国語の教科書も方言のアクセントのままで読み、国語などのテストの回答も方言で書くのだろうか。もし方言で回答を書いたら、採点はどうなるのだろうか。

私の母は、秋田出身である。幼いころ、遠い親類に養女に出されていた時期があったので、秋田弁と標準語のバイリンガルになることができた。しかし、母の姉妹の話す言葉はまるっきり外国語である。すべて母が同時通訳しないと全然分からない。とはいえ、私が子供のころは、大人はみんな偉いんだという思い込みがあったから、おばたちの話す言葉がわからなくても、子供である私らの理解力が足りないせいだと思い、「何て言っているんですか?」なんて到底聞けなかった。私という人間は、いつも自分が悪いんだと思い込み、100%責任を引き取って悩みぬいたりする損でおバカなところがある。それは後述のとおり、母のしつけの下手さにもあるのだが。

もう20年以上も絶えて無くなったことではあるが、たまに、こちらから母の実家に遊びに行ったり、向こうから訪ねてきたこともあった。しかし、いとこだといえども、滅多に会わない上、言葉が通じないので、遊べない。そういういとこらも、自分たちの言葉の特徴を十分承知しており、おずおずと、
「ごんとばさぁ、わっがるかぁ?」(=言葉が分かる?)
と、立派な訛りで聞いてきたりもした。しかし、コミュニケーションが取れるのはそこまでである。だから、あんまり遊べもせず、ついついしーんとなってしまうことが多かった。にもかかわらず、我が母は、子供の心が読み取れず、また、私らにたちはだかるコミュニケーションの困難さを汲み取ることもできず、悪いのはなんでもわが子だと決め付け、私や兄に対して、
「なんでいとこなのに、遊んであげないの!??」
と、叱り飛ばしたのである。私らが悪いわけではないのに・・・

今では、東北地方の子も、標準語で育てられているようだ。そのせいで、じいじやばあばの言葉が分からなくなっているという悲しい弊害も生じているそうだが、私は、秋田弁による被害を母から受けたので、それでもいいんじゃないかな、と思っている。

ついでに言えば、父は新潟出身である。非常に困ったことに、新潟弁は「い」と「え」をすべて逆に発音する。
これは死ぬまで絶対に直らない。トシの割りにワープロを使えるのだが、「病院に入院する」と入力しても、必ず「病円に入園する」としか変換されないので、私に助けを求めにくる。「苺」は「越後」だし、「越後」は「苺」である。
こういう方言は迷惑かつ混乱をもたらすだけである。方言を話すなら話してもいいけど、標準語とバイリンガルであってほしい。

新潟県のある女性で、下の名前が「ハツイ」さんというのを見たとき、ハハーン、と思った。
その後、たまたま買った野菜が新潟産で、生産者の氏名まで付いているものだったが、名前を見たら「○○マサイ」という女性だったので、これもまた「ハハーン」と思った。お二人とも若くない。
うちの父も新潟県で育ったのでわかるのだが、新潟弁では、「い」と「え」をひっくり返して言うのである。
今の若い世代ではそうでもないと聞いたが、50代か60代以上は「い」と「え」が逆らしい。
これにはほんと、不思議でならない。
うちの父が文章を書くと、「い」と「え」がことごとく逆に表記されているのである。
年の割りにワードをよく使うのだが、
「病院に入院した」
と打とうとして、大真面目に
「びょうえんににゅうえんした」
と入力するため、
「病円に入園した」
などと出てくるのだ。ワードは少しも悪くないのに、「変換できない」と言って助けを求めてくる。
都会に住んで数十年たっても、絶対になおらない。毎日新聞を読み、本を読んでも絶対になおらない。
最初から「い」と「え」が逆になることが分かっているなら、新潟以外の地では、自分の意図する「い」と「え」とを逆に発音ないし入力すればいいと思うのだが、とにかく絶対になおらない。
新潟の親戚から来る年賀状なども、ことごとく「い」と「え」を逆に書いてあるのは滑稽としか言いようがない。
「要領を得ない」は「要領をいない」だし、「迎える」は「迎いる」だし、「息子さえもが反対する」は「息子さいもが反対する」だ。一体、新潟弁って・・・・?
冒頭の2女性の名前も、親は、それぞれ「初枝」「正江」というような名前として付けたのだと思う。それをたまたま漢字でなくカタカナで申請してしまったものだから、一生、「新潟弁です」と名乗っているような名前をつけられて、ご本人達には悪いが、ちょっと気の毒だなあと思われて仕方ないのである。

熊本の方言で、ドア(戸)をあけたらちゃんと閉めなさい、ということを「あとぜき」というそうだ。
しかも、熊本の人は、これを標準語だと思っているとか。
他県の人に通じないことで、初めて方言だと分かるということで、だとしたら、他県の人と接触せずに一生熊本で暮らす人は、一生これを標準語だと思いつづけるのだろうな。

一つ不思議なのは、なぜ、あえて「ドア(戸)をあけたらちゃんと閉めなさい」という行為だけに限って、こういった独特の表現があるのか、ということだ。たとえば、「顔を洗い終わったら水道の蛇口を閉めなさい」とか、「本を本棚から出して読み終わったら、ちゃんと本棚に戻しなさい」とか、「寝る前には電気を消しなさい」という行為を、「水せき」「本せき」「電気せき」というのかなあ、とも思うけど、そういう話は(いまのところ)聞いたことがない。神奈川県から西の地域にはうとい私なので、どなたかご教示いただけたら幸いである。

さて、アメリカ人の夫と結婚して、彼が面白がったのは、「立ち読み」「立ち小便」という日本語である。英語には、特にこういった表現はないそうだ。単に「外で(立って)放尿する」とか「書店で本を(買わずに)読む」といった、何の変哲もない表現しかなく、もっと言えば、そういうことを敢えて言う背景や必要性が感じられないのだとか。
日本語で、「立ち読み」「立ち小便」というと、本来、外でしてはいけない放尿とか、買わずにタダで本を読む、といった行為に、なんらかの非難がこめられているようなニュアンスがある。

それを考えると、ある行為をことさら切り取った上で一つの独特の表現をする、というのは、その土地の文化が大きくかかわってきているのではないだろうか。熊本の人が、ことさら「あとぜき」という特化した方言を持つのは、なにか、標準語で「あけたら閉めなさい」以上の負荷を負わせる歴史的背景でもあったのだろうか。熊本県の人にコメントをいただけたら幸いである。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ ]


.
アバター
桃実 (Momomi)
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事