桃実 says

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母、親戚、近所

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母は、まだ火葬場待ち。明日まで、ドライアイスで保存してもらっている。
葬儀当日、どうしても出席できない近所の人が、母にお別れを言いたいというので、そこへ連れて行った。
母の顔を見ながら、生前に母と話をしたことを、あれこれ語ってくれたが、亡父が、この人に、
「うちの母ちゃんは、世界一の女房だ」
と、のろけていたそうなのだ。へえ〜〜〜〜、意外。私が記憶している限り、1年のうち300日くらい喧嘩しているイメージしかなかったからだ。
しかし、母のような古い女でなければ、あの頑固ジジイとは一緒にいられなかったであろう。
父と母は、まさに「縁」としか言いようがない経緯で結婚した。
二人とも、貧乏、片親、学歴なしであり、日本海側育ちで塩分の濃いものをおかずとして食べるという食習慣も一致していた。
昔びとの母は、料理上手で、ひたすら父の好む料理を作り続けた。激しい喧嘩も繰り返したが、基本的に、あるいは、あきらめきっていたせいか、父の言うことに従って生きてきた。そして、さまざまな苦労を、学や経験が無いなりに、父と乗り越えてきた。
母でなければ、できないことだった。

しかし、父は、生きているうちに、そのことを母にちゃんと言ったのだろうか。
世の殿方は、他人には言うけれど、当の女房殿にははっきり言わない、という不思議なところがある。
いまさら照れ臭い、とか言わず、せめて、結婚記念日か何かで、「お前ほどの女房はいない」とか、「お前には感謝している」「お前と結婚出来て俺は幸せ者だ」とか、勇気をもって言ってほしい、と思う。

母が亡くなってしまった今、悲しいけれど、でも、いまごろ空の上で父と再会を喜び合っているだろう。そう思えば、悲しみも薄れる。私もそのうち行くし。

母死去

昨日未明、枕元の携帯が鳴った。見たら、母のグループホームからだった。
「バイタルがとれない」と。

もとからそう強い体質ではなかった。過去から何度も何度も命の危機を入院や手術で乗り切ってきた。
最近も、この2月から3月にかけて、肺炎と心不全の疑いで入院した。


その時にも、覚悟は決めたはずだったが、母の死は、覚悟の意識がなくなったとき、突然やってきた。
私もまだ海外旅行の余韻で浮かれているときだった。表情も良く、まだまだ生きそう、と思っていた。眠っている間に逝ったのがせめてもの救い。「眠っている間に」は、当人が理想としていた死に方だった。前日は、訪問医師の診察もあり、晩御飯も全部食べたというが。

3月の退院後、写真館で遺影をつくった。店主は、
「いやあ、案外、遺影を作ると長生きするもんですよ」
と言っていたけど、3か月しか効果はなかった。
葬儀場に遺影を持っていくと、あまりの用意の良さに驚かれた。写真が用意できずに困っている家庭も沢山ある、という。

父の死からちょうど10年。父と不仲だった私は、父の死のとき、母もいたことだけど、きわめて事務的、冷静に処理できた。が、母となると別格である。
しばらく、立ち直れないかも。
誰にでも訪れる瞬間ではあるけれど。
ただ、時間だけが薬だろうけど。

外は大雨が降り出した。

母退院す

東北では、ぼけてしまってすっかり子供に返ってしまった老人のことを、「二度わらし」と呼ぶそうだが、言い得て妙である。
頭が幼児化してしまうだけではない。
おむつをあてることも、そう。
どろどろにしてゼリーで固めたり、ミキサーですりつぶした食事をとることも、そう。赤ちゃんの場合は「離乳食」と呼ぶが、老人の場合は「嚥下食」となる。肉でもなんでもミキサーにかけられてくるから、メニューを見ても、よくわかわからない。塩味はほとんどない。

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誤嚥を防ぐため、出されるお茶にも、くず湯のようなとろみがつけられている。普通の水を与えるときも、こんなデキストリンパウダーを混ぜ、濃度をつけるよう看護師さんから指示された。こんな粉も売っているのだ。

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母が入院していた部屋は、認知症の老女部屋だった。
看護師さんが来やすいように、ナースステーションから一番近い部屋。
母の隣の人は、数分おきに「あーーーーーーーーーっ」と叫ぶ。母のむかいの人は、見た目、なんだか、バーか小料理屋でもやっていたような派手な顔をしていたが、言動がものすごくきつい。看護師さんが「もう少し食べましょうね」なんて優しく話しかけても、
「そんなこと、わかってるんだよ! うるさいねえ! 頭に来るねえ!」
と叫ぶ。
認知症の症状は、障害のある脳の箇所によって異なるようだし、その人の過去の人生も影響しているのだろう。

母は、老人ホーム、同ホームのかかりつけ医師、そして病院の3者の連携で、無事入院が完了し、もとのホームに戻った。しかし、母はいまだ、自分がなぜそのホームに住んでいるのか、理解していないのだが。

いつ逝ってもおかしくないけど、まだちょっと覚悟ができていない。
それでも、先日、遺影を注文してきた。父と一緒に撮りに行ってもらった写真館に、まだボケる前の母の写真のデータがある。用意しておいて無駄にはならない。
しかしこの写真館のご主人、
「いや、案外、遺影を作ると、5年6年と長生きするもんですよ」
と言う。はあ、そうなの。

認知症を治す、あるいは、予防する薬はできないのだろうか。でないと、この先の日本がおそろしい。






母入院

老人ホームで暮らす母が、他の複数の入居者から風邪をもらってしまったみたいで、様々な症状を出し始めた。ホームのかかりつけ医師がその日は完全オフだったので、弟子のような若い医師が来て診察してくれたが、肺炎と心不全の疑いがあるということで、どうするかホームの責任者と話し合った。
老人は、肺炎一つで死ぬ。私はかねてから、老人の過剰医療には反対してきた。曽野綾子さんが、「90歳を超える老人をドクターヘリで搬送」という、どこかで起こった実例を引用し批判しておられたが、もっともだと思った。
医師に、
「入院という移動は大変。ホームで点滴してもらうことはできないか」
と聞いたら、できるにはできるけど、ずっと看護師が付いているわけではないので、1日1回500MLが限度だが、入院していたらせめて1500MLは行えると言う。ホームには、他の入居者らもいるから、介護士さんの負担を母のためだけに増やすわけにもいかない。ホームの責任者と目と目を見かわしあったけど、やはりホームとしても、過剰な負担と責任を負うより、入院してプロに診てもらったほうが、といった感情を読み取った。よって、不本意ながら、老婆のために、救急車を呼んでしまった。

入院先は、HCU(High Care Unit)といって、ICUの少し手前のような集中ケア室である。こんな老婆、申し訳ないなあと思ったら、ほかにも何人も老人が寝ていた。
母は認知症もあるため、徘徊させないための身体拘束や抜管を防ぐためのミトン装着等々、前回(2016年末)同様、いろんな同意書を書かされた。
それから、延命治療は不要だけど、苦しまないようにだけは、というお願いを、前回同様にしてきた。

ちょっと、思った。
父と仲が悪かった私は、父なんか早く死んじゃえと思っていた。ガンで死んでくれたときは本当に助かったし、せいせいしたし、涙は一滴もこばさなかった。
しかし、母親というものは違う。
延命も過剰治療も拒否とはいえ、まだ、私の中では、いつ来ても不思議ではない「その日」の覚悟が、まだしっかり出来上がっていないことに気づいた。
来月、母の誕生日でもあること。
さらにさらに、昨年末に、姪が子供を産み、母にとっての「ひまご」が産まれたけど、まだ小さくて会えていないこと。
ひまごの顔は、一度くらいは、見せてやりたいものだ、と思う。
見せても、数秒で忘れてしまうけど。なにせ、名前だって、100回200回教えても、すぐ忘れてしまう。

苦しまないで、眠っている間にこと切れていた、というのが最良の死に方だと思うのだが、母はどういう死を迎えるのだろうか。

まだしっかり覚悟できていないけど。

病院中、この貼紙だらけ。家族であっても面会を断られている。あとは病院に任せるのみ。

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ちょっと面白いアンケート結果を見た。
アメリカで、5歳(!)から75歳までの幅広い層に「何歳からを高齢者と呼ぶか?」と聞いたところ、5歳では「13歳から」、13歳は「30歳から」、30歳は「50歳から」、50歳は「75歳」と多くが答えたそうだが、当の75歳の、最も多かった回答が、
「高齢者はいない」
というものだった、というのである。
アンケートを読めて、それに答えられるレベルの力を維持しているのだろうが(認知症だったら、前提として、回答者にはなれまい)、しかししかし、75歳にもなって「高齢者はいない」って、どういう認識をしているのだろう。
確かに、いまの75歳は昔でいったら55歳くらいかもしれない。とはいっても、人間、自分の老いはきちんと認識しておくべきだ。「わたしゃまだ老けとらん」という意気込みは良いが、それと、高齢者である自覚を持つことは別問題だ。

毎週末、母の様子を見にホームに行っているが、この頃、正直言っておっくうになってきてしまった。話がまったくかみ合わないからである。そもそも、会話のすべてが頓珍漢で、支離滅裂。ぼけ老人は俗に「子返り」とか「二度わらし」と呼ばれるが、母も、頭は少女期に戻ってしまっており、自分は今、秋田にいると思っている。40年も前に死んだ母親のことを「今どうしている?」と、何度も尋ねる。父や妹たちが死んだこともわからない。私が「死んだよ〜〜」と耳元でシャウトすると、「そおお?」と不思議そうだ。そしてまた少し時間を置くと、「母親どうしている?」。
私にとってこの母は、生まれた時から母だったけど、そういう母にも赤ちゃん期、少女期があったということを、今更ながら思う。

ボケながらにして、何か考えていることがあるのか、狂ったことを真剣にやらかしている。
例えば、この置き時計。母が以前使っていたもので、母のホームの部屋に置いてきたものだが、母は、夜中に目を覚ますと、必死になって、電池を取り外してしまう。だから、母のところに行くと、いつも時計は止まっている。何回も、「電池を外したらだめ」と諭し、入れ直してくるのだが、そんな言葉は、母の頭を素通りである。何度、電池を入れても、そのたびに外してしまう。それから、夜中に余計なアラームを鳴らしたりするということなので、電池カバーとアラームのスイッチのところに、ガムテープを貼り、おいそれと動かせないようにした。

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そうしたら、今度は、時計の前面部のプラスチックのカバーをはがしとってしまい、どこかへ捨ててしまっていた。

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まだ動く時計だが、もう、捨てる。
そもそも、今日が何年何月何日かも、自分が何歳かもわからなくなってしまった母に、時計は必要なくなった。

母のホームに行くといつも不思議なのだが、私以外の親族が面会に来ているのを、ほとんど見たことがない。もともと、身寄りが全くない人もいるので、そういう人は除くけど、皆さん、言ったら悪いが「姥捨て」「じじ捨て」を決め込んでいるのだろうか。
そして、そんな話も通じない高齢者の世話をすることを職業とする人々には、頭が下がりっぱなしである。


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