桃実 says

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言葉狩り、障害、差別、変な日本語

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福祉のパンを食べた

勤務先に、CSRにわりと熱心な人たちがいて、知的障害者らが作ったパンを購入して食べる活動を時々している。
値段も普通で、別に特別なパンではない。ソーセージとかチーズとか焼きこんだりしているものだ。私も、できるだけ買っている。
が、ふと思って、シールに印刷されている「原材料」を見た。そうしたら、結構添加物が入っているのを知った。
乳化剤、増粘剤(キサンタン)、香料、着色料、酵素、漂白剤、酸化防止剤、と。

ふむふむ。

障害者が作っているからと知って自然食品に近いものと勝手に思いこんでいたわけではないけれど、どうしても必要な添加物なのかどうか、と思った。彼等とて、営利ギリギリというか福祉の線上のボーダーラインでやっているので、コストは少しでも抑えたいところだろう。賞味期限は、当日内だったのだが。

「障害者」で思うのだが、私はこのごろ、自分が「アスペルガー」に思えてならない。
一番気になるのは、社会人になってからも「桃実さん、思ったことをぺろっと言い過ぎ」と言われることが結構多かったことである。
義務教育のころは極めて活発で、思ったことはすぐさま発言するのが良しとされていたけれど、大人になったら、思ったことはすぐ言わず、黙っていた方が安全であることに、かなりの年齢になるまで気づかなかった。日本人は、いつも、お偉いさんを迎えての会議の場では黙っていて、あとで「自分は実は反対だった」のようなことを言う。ああいう神経が理解できなかった。しかし今では、「自分はこの会社に何らの責任も負っていない」と思って発言は慎んでいるし、人に対する非難ととられる発言はやめている。しかし、私の悪口をせっせと人事部に吹きこんでいた卑怯者らはかつての勤務際に結構いた。
どっちが良くてどっちが悪い、どっちが得でどっちが損、か、ちっともわからない。

ヘイトスピーチとはなんだろう、と思った。
これも、先日聞いてきた、百田尚樹氏と上念司氏の対談の中で聞いたことからふとわいた疑問である。

Wikipediaで「ヘイトスピーチ」を開き、「日本のヘイトスピーチ」の項を読むと、こうあった。

日本では特定の民族や国籍を有する人々に対するヘイトスピーチそれ自体を禁止し処罰する法律はないが、表現行為や表現行為と同時に行われる行為が現行法による処罰の対象となることはありうる[92]。2016年6月3日に、外国人に対する差別的言動の解消を目的とした「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が施行されている[93]
法務省は、ヘイトスピーチの典型例として、脅迫的言動・著しく侮辱する言動・地域社会から排除することを扇動する言動等の具体例を紹介している[94]
平成28年(2016年)6月3日には、外国人に対する差別的言動の解消を目的とした「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が施行された[95]
法務省は「ヘイトスピーチ、許さない」というコピーのポスターを作成し、省内の人権擁護機関による「外国人の人権を尊重しましょう」をテーマにした啓発に加え、調査で判明した実例・典型例等を整理し、「脅迫的言動、著しく侮辱する言動、地域社会から排除することを扇動する言動」などのヘイトスピーチはあってはないないとする各種啓発・広報活動等に取り組んでいくことを示している[96]。(以下略)


はて、日本国や日本人の悪口は言いたい放題言ってもヘイトスピーチの対象ではないのだろうか。
北朝鮮やロシアのように、国の悪口を言ったら最後、命を取られる国も極端であるが、外国、とりわけ、支那や韓国のことを悪く言うと、正当な批判であってもヘイトととられる可能性がある、ということだ。それら2国は、ご承知の通り、国民のみならず、政府までも日本のことを悪く言い、意図的に国民の反日感情をあおっているというのに。

百田氏が経験したのは、沖縄タイムスの阿部岳記者が、百田氏の行った講演のごく一部を切り取り、百田氏が、テント村に、中国韓国からも人が来ています、と聞き「中国、韓国、怖いな」と言った一言の録音を執拗に再生し、
「これはヘイトです。明日の新聞に載せます」
と威嚇し、実際その切り取り発言を記事にしてしまった、という話を聞いたことからこの疑問が生じた。
外国、とりわけ、支那韓国のことを、事実であっても悪く言うとヘイトスピーチだが、必死に日本をくさし、貶める発言はヘイトではないのだろうか。根拠のない誹謗中傷はもちろん誰に対してでも許されないが、他国、とりわけ支那韓国のご機嫌ばかりうかがうのに、自国や自国民は自虐のまま放っておく日本って、一体・・・?
夏といえば「蝉(セミ)」。
前にも書いたが、日本映画を西洋に輸出する際、夏のシーンのBGMとして挿入しておいた蝉の声は、削除するのだそうだ。彼らは知らないから仕方ないことなのだが、コオロギとか、虫の声を、日本人は、音楽としてここちよく聞くが、西洋人には、雑音にしか聞こえないとか。
脳の構造が違うからだそうだけど、日本人って繊細だなあ。

さて、蝉といえば、俳句では勿論夏の季語だ。
しかし、今日、ネットを見ていたら、こんな描写に出くわした。

蝉は幼虫として数年間を地中で過ごした後、死ぬ前の最後の一週間程度を成虫として地上で過ごす。
 
 木の幹や枝に止まり、求愛のために鳴く。
 ただし、鳴くのはオスだけで、メスは鳴かないため、メスのことを唖蝉(おしぜみ)という。

おおお。おし蝉。

これも「言葉狩り」を主義と知る人々に抹消されてしまう文化なのだろうか。
もっとつっこむ愚人だと「女性差別」とか言ったりして。
舞台とか落語とかで、随分上演不可になってしまった作品も多いだろう。

人肌を知らず唖蝉死んでをり保坂加津夫
唖蝉のちからを握り直してみる野平和風

どこの先進国でも、障害者は、聖なる天使みたいに清らかで、その周囲の人たちは、あたかも腫れ物にさわるような接触のしかたをしている。そのためもあり、選挙に出ると、その障害を知名度に生かし、よく当選する。あの五体不満足氏も、もし、選挙前の不倫が発覚しなかったら、今頃は議員をやっていたに違いない。

ある航空会社でひと悶着起こした男性が「プロ障害者」として批判を浴びてから間もない。
ネットの情報によると、彼は車椅子の障害者であることを事前に通知せず、航空会社のカウンターに行くのだそうだ。「言うと、搭乗を断られるから」というのがその理由だそうだ。トイレも、大はコントロールできるからしないけど、小は、トイレに行くのが面倒だから席でするのだそうだ。
何か気に障ることがあると「障害者差別禁止法●●条違反だ」等と訴える。障害者が騒ぐと、無条件で肩を持ち、差別したとする側を叩いてくれるマスゴミは多数ある。従って、彼が常に勝利するのだろう。

しかし、ふっと思ったのだが、電車や車と違い、飛行機は完全なる非・日常空間だ。空を飛べない人類が、巨大な機械の力を借りて、無理矢理飛んでいるのである。もっとも懸念されるのが、勿論、緊急時である。いざとなったら避難口にダッシュしたり、脱出用シュートにボンと飛び乗って滑り降り、到着した地点ですっくと立ち上がって逃げだす能力も必要とされる。飛行機に乗る権利は、反面、そういう俊敏さをもって脱出を果たす、という義務が表裏一体にあるはずではないか。あの「ハドソン川の奇跡」の時、乗客に車椅子の人がいたら、ほぼ助からず、「奇跡」とはならなかったであろう。しかし、プロ障害者の乗客の場合は、「乗る権利」は求めても、裏の義務を履行する能力は極めて乏しい。その義務があること自体、自覚していない、または無視しているのではないか。
こんなことを書いたら、私は障害者を差別していると勘違いされるかもしれない。しかし、障害者と健常者の平等は、いかなる場面であっても必須だとは思えない場合があるのも事実で、航空機使用の場合など、その最たるものだ。このプロ氏の場合は、事前に航空会社に連絡しない、と、武勇伝のごとく豪語しているが、迎え入れる航空会社側としては、機材の準備もあるし、従業員内の徹底もあるし、その「万が一」のために、CAに、屈強な人間をそろえておく、といった手配も裏では行っているのではないだろうか。それを考えずに、ただ前触れもなくカウンターに行くような客は、航空会社も断っていいと思う。しかし断ると山のように批判が来るのだ。航空会社だって、言いたいことは山のようにあるだろうに、言ったら終いだから、我慢している。

私は、「障害を負う」ことは、つまり、それによりできなくなった何かを素直にあきらめることだと思っている。私がこれから先、どんな障害を負うかわからないが、負ったら負ったで、徐々にできなくなることを受け入れていくつもりだ。
間違っても、これまで通りの日常生活が送れるよう、盲目になっても運転したい、とか、足が動かなくなってもあらゆる坂道にエスカレーターを付けろ、などとは言わない。そんなこと、当たり前だろ、と言われるかもしれないが、乗らなければ絶対日常生活に支障をきたす、という次元の存在ではない飛行機にまで、健常者と完全に同等、同種の扱いを求めるのは、それと大差ないような気がする。




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子どもの頃、たまたま見たある興行チラシの隅に「小人プロレス」という字が載っていた。
彼らの写真を見ると、どう見ても、普通の男性の体型ではなかった。そういう男たちが、レスラーの格好をしていた。まだ子供だったけど、薄暗い、重苦しいものを感じた。
「そいつら、プロレスの合間に、焼きそば焼いて売っていたりするんだよ。それで入れ替わり立ち代わり、リングに上がるんだ」
と教えてくれたのは兄だった。
 
2週続けて、Eテレ(← うげ〜、この言い方大嫌い。「教育テレビ」に戻せ「バリバラ」という障碍者バラエティー(← なんという番組)で、「低身長の世界」というのを取り上げていた。子供のころのその記憶もあり、たまたま琴線にひっかかかったので、録画して2週分見た。
出演者の皆さんは、1メートル少々という低身長ながら、それぞれ仕事を持っていた。しかし、障碍者手帳を持っている人いない人は半々であった。低身長ということで、障碍者に該当する場合があることも初めて知った。そして、彼らは、我々にも想像がつく、また、想像もできない苦労を日々乗り越えている。

小人プロレスは、おそらく、「小人」という言葉が、「メクラウナギ」「コビトカバ」「イザリウオ」らと同様、差別用語に引っかかってしまうので、おそらくは英語に言い換えてごまかしているのだろうと思う。この番組にも、わずかに残った現役ミゼットレスラーの「Mr.ブッダマン」と「プリティ太田」の2が出演していた。Mr.ブッダマンの父親も、ミゼットレスラーだった、ということ。ミゼットは遺伝する場合もあるのだろうか。
 
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ともあれ、小人レスリングは、「人権侵害」「見世物」という非難の格好の対象となり、公の場から葬り去られたのは、容易に想像できる。私ももし見る立場に立ったとしても、痛々しいと思う。しかし、彼らに言わせると、
「大きいレスラーは良くて、小さいのはなぜダメなのか」
「笑ってもらえれば本望」
だそうで、差別だ人権だの問題で小人プロレスが滅亡に追いやられると、
「人権団体は、俺らから仕事を奪っていったが、その代わりの仕事はくれなかった」
と批判していた、と言う。これも至極まっとうな批判だと思う。
 
小ささを活かして、ディズニーランド等の着ぐるみなど、スーツアクターとしての仕事もある。ただ、小さくても普通の能力があれば、サラリーマンで生活を立てていてもおかしくないのだが、なぜか、通勤電車の中では、ごくたまにしか見かけない。
ともあれ、障碍者でバラエティー番組を作るだなんて、NHKもなかなか蛮勇なところがある。

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