桃実 says

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法律、憲法、人権屋、社保、裁判、

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今日から、改正個人情報保護法が施行された。

ビッグデータの利用を可能にするとかいう、大企業のビジネス向けの改正もあるけれど、一般人にかかわるところとしては、これまでは、過去半年の間に5000件を超える個人情報を抱えたことのある事業者に、この法律の順守義務が課せられていたところ、今日からは、この「5000件規模」の条項が削除され、理論的には、たった一人でやっている個人事業主にもこの法律の順守義務が課せられることになってしまった。

ま、理想論をいえば、これまで、5000件を超えていなくても、守った方がよろしいと推奨されてはいた法律だし、一般の人たちは、とりもなおさず、「個人情報は守らねば」という暗黙の前提はあるだろう。けれど、いざ「義務化」されると、それに対する理解はこれまでより必要になってくる。
しかし、法律文を読むのに慣れているはずの私でも、ネットの情報や印刷物を読むのにひいひい言っているし、いまだ理解できた気がしない。

まず、個人情報を取得する際には、その利用の目的をすみやかに「通知」か「公表」しなければならないのだそうだ。
予め公表している場合はそれは不要なのだそうだけど、個人事業主がHPを持っていて「プライバシーポリシー」なんてのを常時公開しているなんて、まずないであろう。「通知」や「公表」は口頭でも良く、文書を手渡しても良いそうだが、しかし・・・・

そんなことまでしている個人事業主なんて、いないよ〜〜〜〜!!

「いない」で済ませてはいけない、と言われてしまえばそれまでだが、法律を作る人たちは、高邁な理想に燃え、日夜そればっかり考えている。反面、普通の人たちは、日夜そればっかり考えてなんかいない。理想が高邁すぎると地につかないぞ。

一体全体、どうやって社の末端にまで広めたらいいのか、施行開始してからやっと考え始めている。たはは。

頭に来たので、さっき冷蔵庫から何か食べられそうなものはないかと探し、みかんの缶詰を開けて食べた。
この缶詰、賞味期限を見たら、2010年12月31日、とあった。
私は缶詰の賞味期限は完全にシカトして生きている。
NHKの「ガッテン」でも、魚の缶詰工場の人たちは、期限が切れたもののほうが美味しいと言っていたので、余計気にしなくなった。
たまに、図書館に行くのだが、エッセイの書棚を見ると、「●●歳 老いを生きる」「老いて一人」「老いの◎◎」とか、もう、老作家の本があふれんばかりに置いてある。作家とは収入の保障もない代わり、定年も無い。老いが経験となり、それを題材に本が書ける。
長年の人生経験は、それだけで、それより若い人たちへの教材になる面はあるだろう。最近では、佐藤愛子氏の「90歳 何がめでたい」がベストセラーになった。90歳を超えてもまだ活動し、収入を得、引いては納税もできる。自由業とはまさしく自由でのびのびした職だ。

しかし、憲法の70歳、しかも、一度も修正されず、崇め奉られているのはいただけない。安倍内閣の最大の課題は、「拉致被害者の奪還」と「憲法改正」だと思っている。

今朝の産経新聞で、阿比留 瑠比氏が一面に「憲法70歳 何がめでたい」と喝破しておられたが、まさにその通りである。「改憲」と口に出すだけでヒステリーを起こす日本人は、政治家にまで多数いる。彼らは、二言めには「日本を戦争のできる国にしようとしている」と抵抗するが、誰だって要らぬ戦争など起こしたくない。彼らに、日本が諸外国から攻撃されたらどうするのか、と聞いても具体的な答えをしない。「話し合いを」などと抜かすが、攻めて来られてから話し合いが成立すると思っているのだろうか。だったら誰か北朝鮮に飛んで、キムジョンウンと話をして来い。
家に賊が忍び込んで来たら、一家の主をはじめとして、全員でバットや包丁を持って防戦するだろう。刑法でも正当防衛は認めている。それが、国対国となると、丸腰でいるのがなぜそんなに正しいのだろう。身を持って国を守る、そのための軍備をする、ということが、そんなに悪いことなのだろうか。「9条」を神聖不可侵の金科玉条と思っているのは、ほぼ「宗教」に近い。イスラム教徒が「コーランの修正」を考えもしないのと同じ種類だろう。

「9条」だけが憲法ではないが、憲法とて所詮、人間が書いた文章であり、完全無比ではなく、ドイツですら58回も変えているようなものなのだ。GHQが日本を軍事の脅威から徹底的に骨抜きするためにささっと書き上げただけのこの憲法を、70年も後生大事に「神棚に飾って信心し、全く手を触れずに」(阿比留氏)きたとは、当のアメリカも、日本人がここまで初心(うぶ)だったとは、と、あきれているのではないか。
この点、日本人の精神年齢はまだ14歳くらいである。



子どもの貧困

「こども食堂」というのが、ちらほらできてきている。

貧困家庭の子供に、100円玉1個とかの低価格で食事を提供しているようだ。おとなも食べに行ってもいいようだが、その場合は正規料金と言うか、もっとちゃんとした金額を払う。
3食、うんざりするほど食べて、でっぷり太ったり、やれ「ダイエット」だなんだと騒ぐ人もあまたいる反面、こういう食堂で命をつないでいる子供もいる。先日、たまたま見たテレビでは、家庭ではバナナ1本しか食べられないという子供の話もしていた。
賞味期限切れとして大量に食べられるものを捨てている一方で、ろくに食べられない人たちがいる現実。

子どもの貧困は、両親が離婚し、これといって手に職のない母親に引き取られるのが原因、と言う例が多いだろう。
裁判所は、母親に親権を認めやすいが、だからと言って、おそらくはずっと家庭にいた、とか、もともと賃金の低いパートの仕事しかしてこなかった、あるいは、できそうにない女性が子を引き取ったとしても、満足な収入があげられるわけがない。パートの時給なんて、最低賃金そこそこで、1か月フルに働いても10万円少々にしかならない。
父親は、離婚後、きちんと養育費を送る人の方が少ないだろう。それで、しまいにゃ生活保護に頼ったりする。
イジワルな見方をすれば、ろくでもない男と、それを見抜けずに結婚して子供を作ってしまったろくでもない女の尻拭いを税金でしているわけだが、子供に罪はないからなあ。
裁判所は、母性や育児能力を尊重する面もあるけれど、私は、この点、思い切って、「経済力の高い方が引き取る」というふうにしたらどうか、と思う。そうなると大体、父親の方に軍配が上がるだろう。しかし、父親らは「家事能力が無い」とか「引き取るのがいやだ」とかで、女性ほど引き取りに積極的でないだろう。土台、浮気やDVで離婚したなら、そんな男に子を預けたくない母親の気持ちもわかる。しかし、先立つものは何より必要だ。

海外には、養育費の不払いが刑法罪になる国があるという。
ある指揮者が、養育費を不払いにしていた。そしてあるコンサートの日、その指揮者がステージにあがってきた。そうすると、ゾロゾロと警察官が現れ、その指揮者をしょっぴいっていった、という、うそのような話がある。
そのくらいにしないと、養育費を払わない父親がなくならないのではないか。
しかし、国会議員の大多数を男性議員が占めている限り、我が国でそのような立法は行われないだろうな。


また、こういう「あとになったら何とでも言える」的な裁判ネタには、すぐ反応してしまう。

鹿児島県姶良市(あいらし、と読むらしい。初めて聞いた)の老人介護施設に入居中だった80歳の男性が、2014年1月、ロールパンを食べていたとき、のどに詰まらせ、今日まで意識不明の重体になっている件で、鹿児島地裁は28日、
「パンを小さくちぎって提供しなかった施設側に責任がある」
などとして、施設側に4000万円あまりの賠償を命じる判決を言い渡したそうだ。

ひえ〜〜〜。
この私だって、今誰かに殺されたとしても、残存価値が4000万円あるかないか、全く自信が無い。
この80老人の遺族の請求額は4800万円だったそうだ。
ひえ〜〜〜。
どんな根拠があって4800万円??
パンをちぎって与えるべきだったなんて、あとになったら何とでも言える。鳩か。
こんな賠償金額をふっかけられたら、介護施設を運営する業者も、介護職に就く人もいなくなるぞ。
これは私の推測にすぎないが、これまでもその施設ではいつもパンをそのままの形で出し、何の問題もなく普通に食べられていたのではないか。それがこの時に限り、たまたまのどに詰まったのではないか。

そのうち、日本中の施設で、食事はどろどろの重湯みたいのばっかり出すようになりそうだ。それでも「むせて、誤嚥性肺炎になった」とか言って訴えるかもしれないが。

曽野綾子さんは、「人間、50をすぎたらいつ死んでもおかしくないとヒソカに思っている」と書いておられたが、全く同感である。
鹿児島県のどこかの病院は、この80爺さんに、人工呼吸器と栄養補給のチューブを付けて、3年間寝かせっぱなしにしているのだ。ただひたすら、死ぬ日を待って。体中、床ずれだらけだろう。膨大な医療費や税金の支出は言うに及ばない。
こういう事例を安楽死させてやれないのもおかしいと思う。



私は、「あとになったら何とでも言える」的な裁判が非常に嫌いだ。

17日、福島県の原発事故から群馬県に自主避難してきた人たちが137人が、東京電力を相手に総額15億円の損害賠償を求めて訴えた事件の第一審判決が前橋地裁であったそうだが、原道子という裁判長は原告らの訴えを認める判決を出したそうだ。
いわく、国と東電は巨大津波の予測を予見できたそうなのだ。で、その根拠と言うのが、「平成17年に、政府の地震調査研究推進本部が、マグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に来る確率が20%だ」と公表したからなのだそうだ。
私はこれを読んで、難しい司法試験を通ったはずの裁判官という種族の浮世離れした思考回路に、腰がくだけて失神しそうになってしまった。

「●年以内に◎クラスの地震が起こる可能性はXX%」
という、あんな、地震学者どもの暇つぶし、もとい、税金を使っている代わりのパフォーマンス程度でしかない、愚にも付かぬ予報がそれほどの尺度を持っていたとは知らなかった。恐れ入った話だ。ならば、そういう発表が無かったのに大地震が起こった鳥取や熊本などの被災者らは、政府を「震災の予測を怠った」として訴えればいいのに、それをしないのはどうしてなのだろう。怒りの矛先である原発がないからという理屈も成り立ちそうだ。

あれほどの未曽有な自然災害であったのに、おまけに、時の政府は自民党ではなく民主党内閣だったのに、死者が出なかっただけでもすごいことだと思っている。それを、「平成19年8月ころに規制制限を行使していれば事故は防げた」と、国の対応に違法性を認めたそうだが、それこそ「あとになれば何とでも言える」論だ。実際、平成19年8月ころまでに対策とやらを練っていれば本当に原発事故が起こらなかったのかどうか、この世でわかる人は誰一人いない。一体、この裁判官は、自分を神とでも思っているのだろうか。原道子、という名、絶対に忘れない。それに、そんな地震の%発表に基づいて、ありとあらゆる防御をしなければならないとしたら、税金などいくらあっても足りない。今回はたまたま原発だけがターゲットになっているけれど、小中学校や役所、病院などの、あらゆる公共施設もターゲットになりかねないが、それらのすべてがマグニチュード8に備えていなければ、訴訟に負けるとも解釈される。そんなの絶対に不可能だ。

あの震災においては、東電とて1被害者だ。

私がずっと気になっているのは、むしろ、避難者の周囲の人間の無知と偏見に満ちた態度だ。
いわき市から逃げてきたというと「顔色が変わった」とか、何かを買うと「賠償金から?」と言われる、とか書かれている。
国や東電より、避難者に対するそういう周囲のほうがずっと許しがたい。


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