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私は、捕鯨大賛成派である。
実際、ある捕鯨の協会には会費を払って参加しているし、捕鯨セミナーなどがあると聞きに行く。
単に食糧としての問題ではなく、鯨を捕ることそのものが大切な日本文化であるからだ。一度廃れてしまっては、回復は不可能だ。おバカなアメリカ人は、石油の無かった時代、燃料用として鯨の脂だけとり、あとは全部海にそっくり捨てていた。なんと鯨の命に失敬なことを。
石油が取れるようになって、捕鯨が不要になると、アメリカは、いつもの偏執的、発狂モードで捕鯨国に鯨を捕るなと強要する。外国オンチであるあの国の人間は、常に自分達の考え方だけが世界で最も正しいと思っているから、IWCの委員会など、まともに行われるわけがない。いくら科学的に適正利用可能な頭数がいる、というデータが出ても、彼らの頭では最初から「捕鯨イコール悪」なので、話し合いにならず、捕鯨には1ミリも関係の無いアフリカの小国の投票まで金で買収して反対票を増やすなど、いやらしい工作に余念が無い。
脂だけとってあとは捨てていた(許せん!!)アメリカに比べ、1頭捕れば頭の先からしっぽまで、はては皮も骨もひげ鯨のひげまで、あますところなく使っていた日本。1頭の命を徹底的に使い切っていた。そういう文化を、偏執狂のアメリカは、みじんも理解しようとしない。ご存知のとおり、グリーンピースやらシー・シェパードやらという団体による日本の調査捕鯨船に対する妨害も深刻だ。
我々日本人は、鯨を絶滅させようとして捕っているわけではない。絶滅したら困るのは何より当の捕鯨関係者らである。あくまで、適正数を捕り、利用したいだけなのだ。今では、鯨が増えすぎ、魚資源を食い荒らされているという事態まで生じているというのに。
さて、アメリカの悪口を沢山言ったが、私の旦那はアメリカ人である。こいつは、かつて、グリーンピースに寄金をしたこともある(結婚するまで知らなかった)輩で、つまり、捕鯨大反対派なのである。結婚してから、捕鯨について、どれだけ地雷を踏み、どれだけ喧嘩したかわからない。こいつの説だと、鯨は頭がいいから捕ってはいけないのだ、という。
「だったら牛や豚はどうなの?牛や豚だって賢いよ。あんたらは牛や豚を差別するつもり?牛や豚なら殺してもかまわないの?」
と私が憤ると、
「牛や豚は牧場で再生産できるからいいんだ」
という。
「なによ、鯨だって絶滅させるつもりはないわよ。きちんと生息数を確認しながら捕っているもん」
と言っても、私の英語力のつたなさもあいまっているが、絶対に話は平行線のままだった。
昔、サンフランシスコに行ったとき、ゴールデンゲートパークでグリーンピースが集会を開いている場面に出くわしたことがある。そのとき私らは車に乗っていたのだが、夫は、車の窓を開け、私を指差して、
「She eats whale! She eats whale!」(この女は鯨を食うぞ!)
と叫びだしたのである。
「ちょっと、ちょっと、あんた、私を殺す気?」
と私は旦那をひっぱたいた。
こうなると一番効果的なのは、鯨を実際に食わせることである。昔、大和煮の缶詰をあけ、黙って晩御飯のおかずに出した。あいつはおいしそうに食べた。あとになって、「あれは鯨だったんだよ」と缶を見せたら、
「げっ!ぼく、今、鯨を食べたの?げ!牛かと思った」
だって。かなり罪悪感にかられたみたいだが、おいしがって食べた。ばかめ。
鯨の美味がわかると、捕鯨反対論はもろもろと弱くなり、鯨を食べたがるようになっていった。
渋谷に、「くじら屋」という鯨肉料理専門店がある。夫が大好きな東急ハンズに行ったついでに寄ってランチを取った。
↓ これは最初に頼んだ一品料理で、鯨の心臓の刺身である。ゼリーのようなとろとろの食感であった。
↓ これは夫のランチで、鯨からあげ定食。
↓ これは私のランチで、鯨ステーキ定食。上ににんにくのスライスがちょっと乗っていてよかった。
また、あいつが「鯨の刺身が食べたい」と言った日の夜には、こんなディナーを作った。
↓ これは刺身用のパック
↓ これは初めて見たのだが、「ウネス」と表示されていた。
半分以上が脂肪で、鯨ベーコンをつくる部位かな?と思った。あらかじめ酢味噌が一緒にパックされていたので、おそらくは湯びきして食べるのだろうと思ったが、一応ネットで調べた。どうやら胸のあたりらしい。やはりさっと茹でて氷水に取るのが手軽な調理法らしい。
↓その結果のメニユーがこれ。
刺身は本当に頬が落ちるほどの美味であった。ウネスは、焼肉の「ミノ」みたいに、いくら噛んでも噛んでもなかなか咀嚼しきれず、キッチンばさみでもっと細い短冊に切って食べた。
旦那、大満足。涙を流さんばかりに食べていた。捕鯨反対派なんじゃなかったの?
わが国の捕鯨文化よ、永遠なれ。
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