読売新聞が急にスクープしたようだが、女性皇族が宮家を創設できるよう、宮内庁から野田内閣に検討を要請していたそうだ。
考えてみれば、紀宮殿下ご誕生以来、9人連続して女児しかお生まれにならなかったのは、表現は悪いが、異様な事態である。紀宮殿下、そして寛仁親王殿下の女王殿下お二人、若くして薨去された高円宮家に同じく女王殿下3人、秋篠宮家に内親王殿下お二人、そして東宮家に内親王殿下お一人である。9人も産まれて一人も男児がさずからない確率は、電卓をたたいてみれば、なんと512分の1である。彼女らは、現在の皇室典範では、皇位継承権も宮家の創設権限もない。15歳を過ぎれば、自分の意思と皇室会議の議決により皇族の身分を離れることができるが、まずありえないであろう。皇族以外の男性と結婚してその地位を離れるほうが通常だ。
このままいくと、悠仁殿下お一人とそのご家族しか皇族がいなくなる、というのが宮内庁、および、我々の懸念といえようが、実は、人数については私は少な目の方が良いと思っている。
共産党支持者だった亡父がよく腹をたてていたのだが、
「皇族のうしろについている、有象無象が多すぎる」
からである。伝統や祭祀を守るためには、それなりの見識を兼ね備えた、よい家柄の人手を多数必要としよう。
しかし、「多すぎる」のは問題である。有象無象にも、おびただしい額の税金が払われる。
皇族がお一人旅行されるたび、気の遠くなるような人員が警備に配置される。以前、皇太子殿下が幕張メッセまで足を運ばれたのを見たことがあるが、道路に3メートルごとに2名、交差点に至っては、角ひとつに3名ほどの警備員が配置されているのを見て、失神しそうになった。こんな近距離の道中ですらこうなのだから、お車の前後に車が複数、そして同乗者も何十人になるかわかったものではない。ご自分で車やジェット機を操縦して出かける海外の王族との何という違いであろう。有象無象が多すぎる、という父の意見は尤もだと思っている。
日本の皇室と親しい、タイ王室では、あえて王族の人数を非常に限定的にしているそうだ。聞いたところによると、国王の兄弟姉妹ですら王族ではないそうなのだ。ほぼ直系に限っておいでらしく、宮内庁が憂慮する「皇族の減少」には、タイ王室の例からも、あまり賛同しない。それよりも、今の内親王や女王殿下方のお嫁の行き先を探し始めるほうが現実的でよろしいではないか。
男系天皇から女系天皇をも認めることには、2000年余の歴史を鑑みるに、簡単に結論は出ないであろう。
私は安倍晋三氏のメールマガジンを受信しているのだが、同氏は、土曜日(26日)、「ニッポンを保守する大集会!」という催しにパネラーとして招かれたそうだ。前杉並区長の山田氏、たちあがれ日本の平沼氏とともに出席し、コーディネーターは櫻井よしこ氏だったそうだ。
世界に比類のない日本の皇族を継続する必要性は認めておられたが、一貫して男系のみによって紡がれてきた点は外しておらず、皇室維持のためには旧宮家からの養子やその復活等も考える必要があるのではないか、ということを述べておられた。
現在、女性国王として立たれているイギリス、オランダ、デンマークの陛下方は、みな同様に外国人と結婚しておられる。どなたかのブログで拝見したのであるが、同国人と結婚すると、その男の血筋の位置に下ってしまうということを意味するため、それを避けるための選択だと聞いた。彼女達には王子がおり、次期国王は男性になるが、彼らは「女系の国王」となるのだ。異論はあるのであろうか。「女王が出ると国が栄える」といった言い伝えもあるほどで、彼女達は大変英明で国民の絶大な支持を集めているから、さほど議論にならないのであろうか。なにしろ、外国から配偶者を迎えるお国柄は全然日本とは相容れない。イギリスの次期国王は同国人と(2度)結婚したが、オランダ王太子はアルゼンチン人、デンマーク王太子はオーストラリア人の一般女性と結婚している、おおらかなものである。ちなみに、国王の妻は「王妃」と呼ばれ「陛下」が敬称だが、女王の夫は「王配」であり敬称は「殿下」どまりで「陛下」にはなれない。これは万国共通のルールのようだ。男性の胤に主導権を握らせないための配慮であろうか。
話がそれた。
現在の皇室典範には、不十分な点が多い。
まず、婚姻後、必ずどこかで男子が生まれることを前提として成り立っている。
女児しか生まれない宮家、9人連続して女児しか生まれなかった現実など、全く想定外であったろう。
男児が生まれない場合はどうするか、については、一言も書かれていない。
書かれていない、ということは、第9条で養子を禁じている以上、即ち、廃絶である。
寛仁殿下がどこかで言及しておられたが、男児が生まれないのであれば、側室制度を復活して男児が生まれるまで子を作らせるか、旧皇族を復活させるかしかないであろう。
いまの次代、皇族の婚姻も恋愛があることが基本になったが、旧華族を復活し、皇族の結婚相手選びに不自由がないようにさせる必要もあるのではないか。皇族でいてもらっては困るような女性が嫁いできたような例はもう二度と見たくないし。王室を持たぬアメリカはGHQのせいで、貴族制度は憲法14条にて否定されてしまったが、これも、歴史や文化を考慮し、ある程度残しておいてもよかったのではないか、と思う私である。