妙音自在詩人(みょうおんじざいしじん)

映画や音楽と歌によるコミュニケーションをしています。youtubeの動画を公開することにしました。

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創価学会に対する誤解を解き、さらに、世界の人々のイデオロギーや宗教などに違いによる誤解を

解きたいと思います。

まず、創価学会がよくやる組み体操を北朝鮮がやるマスゲームと同様な目的でやっていると思っている

方がいらっしゃるようですが、まったく、異なります。 北朝鮮のやるマスゲームは飴と鞭による恐怖が

あそこまでの演技をさせます、やらなければ、恐ろしい制裁がまっています。

北朝鮮のオリンピック選手で結果を出した先週には素晴らしい報酬が待っています。車や贅沢な暮しな

どです。負ければどうなるか?強制労働が待っています。こういう情報は巷の噂でよく聞いていると思い

ますし、実際に北朝鮮の柔道のオリンピック選手の談話などが、発表された雑誌や本、ニュースなどで

紹介されていると思います。

学会の組み体操はどうなのか、あれは訓練なのです。あれをやり切ることにより、どんな困難をも乗り越

える能力が身につく、そのために、やっています。そして、あれが失敗したからといって、制裁などは

当然あるわけないです。失敗したとしても、すぐに、池田先生から、激励の言葉が来ます、一生懸命

真剣にやったことへの労いの言葉が必ずあります。だから、皆、必死にやるのです。池田先生は陰の苦

労をよくご存じです。必死に頑張った人が失敗したからといって脅すようなことなどありません。

そんなことは、池田先生の信念に反することです。

それと池田先生への尊敬が何故、あれほど、学会員でない人には異常に見えるのか、それは、池田先

生の実績(SGI提言、核廃絶運動、エコ運動など)、各界の著名人との対話(7000人を超える人との対

話)などを知らないからです。わたしも知らなかったので、なんで、こんなに異常なまでに池田先生、池田

先生というのか疑問に思ってました。しかし、池田先生の著作などを読み、その行動力や有名な人だろう

と無名の人だろうが、まったく差別しない、いえ、むしろ、無名な人に光を与えるその姿勢に感動して、心

から池田大作氏を池田先生と呼んでいるのです。学会を理解しない人の大半はその池田先生の陰の

苦労や功績をまったく知らず、裁判で有罪になったような雑誌(週刊新潮など)のデマを信じてる

人がほとんどなわけです。特に日本では、それが酷(ひど)いです。大体の人は、自分に都合のいい事実

だけを信用し、自分にとって、不利になる事実は信じないという傾向があります。

自分の間違いを間違っていたと認める潔(いさぎよ)さがないと言えます。

わたしがそうでした。新聞に一面を飾る、池田先生の記事を何か胡散臭いものと思ってました。

でも、それは、大きな間違いでした。

どれだけ、池田先生が平和活動に率先して行動したか、どれだけ、各国との対話を重視し、実際

に各国の首脳陣と対話をしたか、池田先生しか、そのような行動力のある人は見当たりません。

中国やソ連と国交のない時代、率先して、中国やソ連の首脳陣との対話をしたのは池田先生

唯一人です。そして、各国の首脳陣に国交のない首脳陣同志の対話を呼びかけたのも池田先生

だけです。そんなことは知りもしないでしょう、知っても、信じたくないでしょう。



又、世界にはイデオロギーやナショナリズム、風俗、習慣の違いから、互いの国で誤解をしてい

るところがたくさんあります。日本も例外ではありません、中国人に対する、誤解や偏見は過去の

戦争の歴史があり、頭で考えていると、すぐに、解決できないように感じます。また、ロシアとの

北方領土問題などでやはり、一方的な主張を相手にぶつける、これでは、解決する訳がないです。

お互いの民衆の歩み寄りが重要なはずです。何故それができないか、それは、一人一人の臆病

なこころと妄想がそうさせています。

どうせ、また、自分達の利益だけを主張するのだろうとそう考えてしまって、対話を拒むわけで

す。対話をしなければ、憶測と誤解をますます増長させることになり、戦争の悲惨さを知らない

血気に流行る若者はすぐに、あいつが悪い、殺せだの抹殺しろなどといって、戦争の引き金に

なってしまうわけです。

これを回避するには、まず、音楽や芸術などの民衆レベルでの交流を図るのが一番です。

音楽の凄さは、わたしのブログでその効果が絶大なのはわかってもらえたのではないか

と思います。

言葉や風俗、習慣などが違っても、音楽は強い共感や賛同を呼びます。音楽だけでなく

絵画や写真などの芸術は、言葉やイデオロギーの壁を難なく乗り越えて、互いの誤解を

消し去ってくれます。芸術の力は凄いものです。このような民間レベルでの交流が一番

重要な訳で、すぐに、外交、政治レベルから解決を図ろうとしても民衆が付いてこないの

です。いくら、国交が回復したからといっても、自分自身が直接、海外の人と話したがな

ければ、すぐに、安易にデマに踊らされてしまうわけです。こういう人間の心理に疎(うと)

い人が、まだ、たくさんいます。わたしは、今後も音楽でその誤解をまず日本人から解いて

いきたいと思います。

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ペットセメタリー   スティーブンキングの映画中最も恐ろしく悲惨な結末の映画です。

スティーブン・キングの映画は大体は勧善懲悪で、最後は悪は滅びると言うものが多いですが

この映画は違います。まず、何が悪なのかがわからないでしょう。

映画はごく平凡な高速道路の近くに家を持つ家族の日常からスタートします。

近くに大型トラックが通る、道路があり、子供を持つこの家族には非常に危険な環境といえるでしょう。

悲劇は、子供の交通事故から始まります。息子が大型トラックにはねられ、命を落としてしまいます。

父親は悲嘆にくれ、隣のおじいさんが話していた、ペットセメタリ―(そこに遺体を埋めると蘇ると

いう原住民のインディアンが信じるペットの墓場)に息子の遺体を埋めるのです、これは、おじいさんから

戒められていた行為でしたが、父親と母親の嘆きが、禁じられていた行為を行ってしまうと言う設定に

なっています。 伝説の通り、息子は蘇ってきましたが、それが恐怖の始まりでした、息子は以前とは

まったく、異なる、凶暴さで、家族を殺そうとします。確か、隣のおじいさんが殺され、母親も殺されたと

記憶してます。そして、父親はその凶暴になった息子を仕方なく、銃で撃ち殺してしまうと思いました。

父親はそれで、懲りもせず、今度は母親をペットセメタリ―に埋めて、蘇るのを待ちます。

後は、DVDで見てください、2度と見たくない、恐ろしい映画です。

ここでの悪とは、亡くなったものへの執拗なまでの愛着がこの一家に悲劇をもたらしたということで

しょうか? 現実には起こり得ない設定なので、教訓になるとはおもえませんが、いつまでも

死んだ人のことを思う気持ちは、悲劇しか生まないということでしょうか?
ヴラジーミル・アシュケナージの演奏にならい、ラルゴのテンポで弾きました。

改善する点はまだ、たくさんありますが、改善したら、また、掲載し直します。

演奏・編曲とも酷いですw、この次に改善して、また掲載します、それまで

本物をCDで聞くといいと思います、因みに、ミシェル・ポルナレフはレッド・ゼッペリンの

ジミー・ペイジと親交があって、スタジオ録音を手伝ってると思いました。

ショパンの幻想即興曲を優しく弾くコツがわかったような気がします。

ヴラジーミル・アシュケナージの演奏を目標にしました。

数字の0.09は限りなく完成に近いという意味です。(目標は0.0ですが、わたしが死ぬまで、

これに到達することはないと思います)


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