訪 問 日:平成19年10月21日(初) 主な城主:内藤信成(徳川氏家臣) 解説板等:あり(画像参照) 他にも解説板あり。 中牧城は、天文17年(1547年)に武田信玄が配下の大村加賀守に命じて北国防備のために築かせた城です。 天正10年(1582年)の武田家滅亡〜本能寺の変の後、中牧城兵は北条氏に与し徳川氏と戦いますが敗れ、以降は甲斐は徳川家の治めるところとなり、中牧城には内藤信成が城代として入り、天正17年(1589年)には城郭を修復しています。 この内藤信成は、元亀3年(1572年)の三方ヶ原の戦いで殿軍を務めるなどの功績が認められ、徳川家の関東入国後は伊豆・韮山城主となっています。 本丸付近は、段丘地形を利用したブドウ畑に埋め尽くされていますが、ところどころに「曲輪かな?」と思わせる場所もあります。 ところで、「天守台」の石碑ですが、全体像が見えていても側に近寄ることは困難(不可能ではありません)です。「絶対辿り着く」という意志があれば行けると思いますが(質問いただければ、お教えします)、行かれる場合はマナー面から判断してブドウの収穫が完了した後の季節をオススメします。 八幡神社脇に2台程度の駐車スペースがありますが、住宅地のため、あくまで自己責任で駐停車願います。
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う--ん。なかなかマニアックですねぇ〜
2007/11/8(木) 午後 11:05
石碑の後ろに見えているのがブドウ畑ですね^^; 近寄る事が困難なのは、石碑の周り全部がブドウ畑だからですか?それとも大きく迂回する必要があるとか・・・^^
2007/11/9(金) 午前 0:21
よよさん
実はこの城は最近まで知りませんでした。
桔梗屋から近かったので、桔梗信玄ソフトを食べた後で攻略しましたが、おかげで帰りの中央道は大渋滞…大月〜八王子3時間以上だったので、上野原からR20で帰りました。
2007/11/9(金) 午後 10:12
ともひでさん
石碑の写真は西から東側を撮影しています。東側のブドウ畑の色が変わるあたり(わかり辛いでしょうが)に南北の道(車では無理)があり、そこから石碑も見えるのですが、近づく道がありません。
北側から迂回して、斜め南に再び石碑が見えますが、石碑のある丘は畑に浮かぶ島の断崖のようで、足場がありません。
結局、石碑の西側のブドウ畑を南端まで辿り、民家との間の畦道のような所を西へ進み、急傾斜の草だらけの丘を登りきりました。
ルートを見つけられれば難易度は高くはないと思いますよ。
「自分が畑の持ち主であれば、ブドウ収穫期には泥棒と間違えて通報するだろうな」と思いました。
2007/11/9(金) 午後 10:24
天守台の残るお城はとっても魅力的〜♡
1月に行った記事をアップしましたのでTBさせて頂きます。
2010/4/15(木) 午後 7:47