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すっかりご無沙汰しているブログですが、 秋の夜長ですから、久しぶりに記事をアップすることにしました。 リヨンから帰った翌日、美術館や寺院好きな私達は、 一日かけて美術館巡りをしよう!ということになり、早起きをしてオルセー美術館へ。 ホテル近くのオペラ駅からメトロに乗って、オルセー美術館最寄り駅、ミュゼ・ド・オルセーヘ。 運悪くこの日は、フランスの鉄道が大規模なストライキに突入する!という最悪の日 でしたが、メトロは通常通りに動いていました。 ミュゼ・ド・オルセー駅に無事に到着! 歩いて、オルセー美術館へ向かいました。 丁度、ピカソとマネ展が開催されていました。 オルセー美術館の入り口で、ミュージアムパスを渡すと、 「今日は無料よ。」とのこと。 私達は、「お〜〜!なんてラッキー!ピース!」とニコニコ。 いさんで、オルセーに足を踏み入れたのでした。 もともとオルセー美術館は、鉄道の駅だった、ということで、 その名残の時計。 写真では観たことあったけど、感激!! ゆっくり一階を観て回り、さて二階に上がろう、としたら・・・ 不思議なことに、階段という階段、エスカレーターというエスカレーターに、 立ち入り禁止(フランス語なので実は意味不明・・・)立て札が立っているではありませんか。 受付に行き、娘の怪しいフランス語と英語で、 「どうして二階には上がれないの?」と尋ねると、 「今日はストライキで職員が来ていないので、上階は閉鎖しています。 だから無料なんですよ。」 ということらしい。 せっかくパリに来たのに、モネが観られません(大泣)。 なんという日なのだろう・・・ しかし気を取り直して、それでは今度は、モネの部屋がある、 オランジュリー美術館に行けばいいではないか!ということで、 いざ!オランジュリー美術館へ。 しかし私達は、なんだかイヤな予感がしていたのです・・・ もしかしたら・・・ やはり、予感は的中! オランジュリー美術館の扉は、このような張り紙とともに、 固く、固く閉じられていたのでした(号泣)。 夕闇に包まれはじめたチュイルリー公園。 名残惜しくてたまらない私と娘は、お散歩しながら、 絶対にもう一度訪れよう!と固く誓い、チュイルリー公園と オランジュリー美術館を後にしたのでした。 さて、くたびれた割には、実りの少なかった一日も終わりに近づき、 メトロに乗って、オペラ駅へ。 オペラ駅に着くと、上の方から物々しい声が聴こえてくるではありませんか。 拡声器ごしの声からは、緊迫した様子が伝わってきます。 ひえ〜〜〜!! これって、デモ??? みるみる人が膨れ上がってきます。 どうやらオペラ座前が、群衆が集結する場所のようです。 発煙筒を焚いているのでしょうか、煙がいたるところに上がっています。 怖い・・・ 初めてみかけたHONDAの車。 デモ隊の被害に合わなければいいのですが、暴動はすぐそこまで 迫って来ています。 私達は、初めて観た憧れの国フランスの、もう一つの側面に 驚愕しながら、命がけでホテルに帰りました。 私達の恐怖におののいた顔には、全く表情を変えずに、 何事も無かったようにフロントのおじさんは、 「おっかえり〜〜!」とおかしなアクセントの日本語と、ニコニコ顔で 迎えてくれました。 「あの〜〜〜!外はすごいことになってますけど・・・(恐)」 「いつものことだよ。大丈夫!大丈夫!(笑)」 いやはや、なんともたくましい国民であります。 デモ隊と警察の争いは、深夜遅くまで続き、 道端のゴミ箱はぶちまけられ、爆竹が鳴り響き、発煙筒が いたるところで煙をあげる、これまで体験したことのない戦場の ような夜を過ごしたのでありました。 一夜あけたら、はたまたビックリ!! 昨夜の大騒ぎはなんだったのでしょうか・・・ 道は嘘のようにきれいになっていて、デモの痕跡すらありません。 人々は何事もなかったように職場に向かい、 普通の日常に戻ってたのでありました。 うっそ〜〜〜???!! 私と娘は、またもやフランス国民のたくましさに二度ビックリしたのでありました。 ということで、私のフランス旅行記はこれにておしまい。 長い間、おつき合い下さってありがとうございました。 Fin
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旅行
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久しぶりにブログに向かってみよう、という気持ちになり、 すっかり記憶もあやふやになってしまった、フランス旅行記の続きを書く事にしました。 今夜は、従姉妹の住む町、リヨンです。 リヨンは、パリのガールドリヨン駅からTGVで約二時間の距離。 フランスに到着して三日間、パリ市内だけをウロウロしていたので、 リヨンへの遠出は、ワクワク・ドキドキ・ウキウキです。 旅行先でまた小旅行に行くような感じ・・・ 目的は、リヨンに住んでいる従姉妹に会いに行くためです。 前回にも書いたように、ただひたすら静かに静かに、大人しくしていなくては ならないTGVの車内は、旅の開放感とは無縁な雰囲気。 「もうこの雰囲気には耐えられない!限界だよ〜〜!(泣)」という辺りで、 ようやく目的のパールデュー駅に到着しました。 パールデュー駅(日本でいうリヨンのこと)からリヨン市内までは、 メトロ1本で15分くらいでした。 これがそのメトロ。 車輪がゴムで出来ていて、日本ではあまり見かけない代物でした。 ここが町の中心にあるベルクール広場です。 従姉妹が、「この銅像、どこかおかしいでしょう?リヨンの人は、大失敗だと言っているのよ。」 と言います。 おかしいところを見つけようと、必死で銅像を見つめていたら、 確かに変なところが・・・ みなさん、おわかりですか? (答えは、記事の最後に) 町のいたるところに、このような芸術作品があるのにビックリ!! ソーヌ川から、旧市街地を撮影。 リヨンは、新市街地と旧市街区が隣り合わせに存在しています。 そしてそのどちらもが、しっかりとその役割を果たしている、という感じです。 旧市街地の「リヨン歴史地区」(世界遺産)では、今でもそこで商売が営まれていて、 過去と現在が混在している街は、とても不思議な空間でした。 その後ケーブルカーに乗り、旧市街と新市街が一望出来る、フルヴィエールの丘へ。 ノートルダム・ド・フルヴィエールバジリカ聖堂は、外部も内部も荘厳で圧巻でした。 特に内部の、モザイクやステンドグラスが素晴らしく、写真にうまく納めきれなかった のが、悔やまれます(泣)。 蝋燭の灯だけで薄暗い上に、フラッシュ撮影が禁止されていて、 うまく撮影出来ませんでした。 様々に歩き回って、お腹が減った!ということで、 ソーヌ川岸にたくさんある「ブション」と呼ばれる、庶民的なレストランへ。 お腹が減っていたので、料理の写真をとることも忘れて、しばしお食事に集中・・・ リヨンは食通の街だそうで、ミシュラン三ツ星レストラン『ポール・ボキューズ』も、 ここリヨンに本店があります。 しかし私達が食べたのは、リヨンの郷土料理。 食べた事のないような、豚の喉(!)を揚げたものとか、 やたらとでっかいピンク色した、煮たソーセージなど・・・ 正直言って、あまり口に合いませんでした(泣)。 豚の喉の味は、ご想像にお任せしますが、強烈なんです(大泣)。 その後、従姉妹が懇意にしている、という旧市街地にある、 ワインショップへ。 なんと経営しているのは、北海道出身の日本の方。 どういうわけで、リヨンの旧市街地でワインショップをされているのか わかりませんが、異国で出会った日本人同士、とても仲良くしているようでした。 フランス人男性と恋愛し、彼だけを頼りに、リヨンに嫁いだ従姉妹にも、 心強い日本の仲間がいることがわかり、ちょっと安心しました。 そうこうしているうちに、楽しかったリヨンへの小旅行もそろそろおしまい。 従姉妹と再会を約束して、予約していたTGVに乗り込みました。 帰りは、疲れていたせいかうとうとしている間に、パリに到着! 静かな車内が、とても心地良かったのでした(勝手なものです)。 これにてリヨン編はおしまい。 さて、ベルクール広場の銅像の答えは、 鞍と足をかけるものが無い、でした。 この二つが無いと、馬には乗れないそうです。
リヨンでは、「いったいどうやってこの馬に乗ったんだ〜???」とみんないぶかしがるのだそう。 |
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すっかり気の抜けてしまったフランス旅行記ですが、 なんとか気を取り直して、続けたいと思います。 翌日にリヨン行きを控えているので、夕飯は早めに、簡単に済ませよう ということになり、コメディ・フランセーズ近くの気軽なレストランに 入ってみました。 なんと読むのでしょうか・・・ お店の名前がわかりません(泣)。 我々には、フランス料理食材として知られる、フォアグラ、鳩、兎、鹿・・・ という普段食べ慣れないものは食べないようにしよう、という暗黙の決まりが あり、注文したのは以下のようなもの。 これは『クロックマダム』。 トーストの上にチーズと目玉焼きがのっています。 ナイフとフォークで、切りながら食べます。 似た名前の『クロックムッシュ』は、目玉焼きがのっていないもののようです。 フランス風『ラザニア』。 それにしても、フランスに来て、どうしてラザニア? でも、フランスでは結構イタリア料理が食べられています。 両方とも、お腹が一杯になるほどボリュームたっぷりでした。 一夜開けて・・・ いよいよ今回の旅行の第一の目的である、リヨンの従姉妹を尋ねるべく、 パリリヨン駅に向かいます。 パリからリヨンまではは、TGVにのって約2時間。 列車の旅は大好きなので、わくわくします。 お菓子や飲み物を買って、ルンルン気分でTGVに乗り込みました。 しかし乗ってみると、ビックリするほど静か〜〜!! みんな一言も話しません。 それに、飲んだり食べたりしている人は、誰もいないのです。 片手に、熱々の紅茶を持っていた私は、 「これ、どうしよう・・・・」と困惑しきり。 携帯電話も、このように眠らせておきましょう、という表示。 あのおしゃべりなフランス人が、どうして???と 思っていると、別の車両にあるビュッフェに行ってみて、納得!! そこでは大きな声で、フランス語をまくしたてている人や、 熱っぽく議論している人達が大勢いたのです。 どうやらフランスでは、一般車両では飲食、おしゃべり禁止(!)のようです。 ただひたすら新聞や本を読むか、景色を見るしかありません。 それが正しいのかどうかわかりませんが、私が感じたTGVでの正しい過ごし方は、 そんな感じでした。 そういえば、パリ市内の地下鉄も、みんな静かだったような気がします・・・ そうこうするうちに、無事にリヨンに到着!! 心配してホームまで迎えに来てくれていた従姉妹とも再会を果たせました。 なかなか進みませんが、今夜はここでおしまい。
また後日、リヨン市内をご案内いたします。 |
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長々とお休みしておりましたが、続きを書いてみたい、と思います。 パリの記念すべき第一夜目は、途中で水になるシャワーで大騒ぎでしたが、 その後、意外にもぐっすり眠れて、晴れ晴れとした気持ちで、初めての朝を向かえました。 翌日は、ツアーに含まれていた、パリ市内半日観光。 大きな観光バスで、お決まりの名所を訪ねました。 とは言っても、なにせ半日ですから、車中からの見学や、 下車しても、あっという間に集合時間になったり、とかなり慌ただしいものでした。 ここはモンマルトルにある、サクレ・クール聖堂。 なんと40年の歳月をかけ、1919年に完成したそうです。 聖堂の出入り口に施されている、美しい彫刻に目を奪われました。 モンマルトルの丘からは、古いパリの町並みを観ることが出来ます。 これは今も屋上に残っている煙突! この煙突の数で、この建物の中にどれだけの部屋があるのかがわかるそう。 今はもう暖炉は使っていない、ようです。 皆様ご存知の『ムーラン・ルージュ』の赤い風車。 バスの車窓から撮ったので、うまく写っていませんが、雰囲気だけ。 ムーラン・ルージュの踊り子さん達は、世界各国から集められた 身長180センチ以上の、スタイル抜群の美女揃いだそうです。 ロートレックの時代も、きっと当時の美女達が戯れていたことでしょう。 彼が通いつめ、モデルにしたのも無理からん話ですね。 午後から完全にフリー。 リヨンに行く用事があったので、TGV(新幹線)のチケットを予約しに、 RERという近郊鉄道に乗って、ガールドリヨン駅に行きました。 駅まで歩いている途中、見覚えのある顔が・・・ ジダンだ〜〜〜!! 工事中の目隠しに、ジダンを使うなんて、 なんてお洒落!さすがフランスです! ここは、オペラ地区近くの、RERのオベール駅。 ここから、ガールドリヨン駅までは、約15分くらい。 パリは、山の手線一周くらいの街だそうで、どこに行くにも、 あまり時間はかかりません。 リヨンに行く予定だった日が、運の悪いことに、 大規模なストライキが実施される、とのこと。 ストライキに突入すると、交通機関がマヒするので、 動きがとれなくなります。 予定を1日早めて、リヨン行きのチケットを、 悪戦苦闘のフランス語と英語で、なんとかゲット!(泣) 次回は、TGVとリヨンをご紹介します。
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さて、ようやく荷物を引き取った私達は、空港から、 HISの職員のお迎えの車(ミニバンのような車)で、ホテルに直行。 空港からホテルまでは、約30分くらいでした。 ホテルはオペラ座近く、イタリア大通りを入ったところにある、 三ツ星ホテル『グランドホテル オスマン』というプチホテル。 ホテルは間口が小さく、まさにプチホテル、という感じ。 支配人は、とてもきさくな優しい方で、滞在者を大切にしている ものの、親密に関わり過ぎない、という感じ。 その適度な距離感がとても心地良かったです。 しかしホテルでは、驚くべきことがたくさんありました・・・ まずはエレベーター。 とにかくすごく小さくて、しかも自分で開閉する、という 日本ではお目にかかったことの無いタイプ(泣)。 最初はかなりとまどいました。 もう一階に着いているのだろうか、開けてもいいのだろうか、・・・と。 しかし二日も乗っていると慣れてくるもので、帰る頃には、 開け閉めするコツもしっかりわかってきました。 これが私達が5泊したホテルの部屋。 部屋はきれいに清掃してあり、湯沸かしポットとコーヒーカップ なども用意されていました。 テレビは、NHKの海外向け放送も放映されていて、夜は日本のニュースを 観て、のんびり過ごすことが出来ました。 しかし、またしてもビックリしたのが、 チップを置かないと、シーツを交換してもらえない、こと。 そんなの宿泊費用に含まれてるでしょ〜〜!?という日本の常識は通用しないのがフランス。 チップを置き忘れた日は、皺の入ったシーツがそのままベッドメイキングされていました。 ちなみにチップは、一人1ユーロで良い、とのこと。 ここは洗面所。 据え付け式のドライヤーのホースが本体からはずれて、ブラブラしているのが、 おわかりいただけますか? 使いにくい、使いにくい・・・ おまけにシャワーは、一人目がふんだんにお湯を使うと、二人目は途中から水になってしまい、 かわいそうな娘は、「キャ〜〜!冷たくなってきた〜〜!!」と、ブルブル震えておりました。 とまぁ、色々なことがありましたが、5泊も寝泊まりし続けると、愛着がわき、 住み慣れた自分の部屋のような感覚になりました。 帰って来た今も、この部屋が懐かしいです。 チェックインを済ませてから荷物もとかずに、早々パリの街へ! 今夜の夕飯を調達するためです。 ホテル近くにあった『モノプリ』という大きなスーパーマーケットで、 バゲットのサンドイッチやお菓子、飲み物を買い込みました。 ここでのビックリは、プリンやヨーグルトを食べるためのスプーンを もらえない、ということ。 家以外のところで食べる人は、いったいどうしているのかな? 今流行の、『マイ箸』ならぬ、『マイスプーン』でしょうか・・・ 私達は、スプーンというフランス語の単語がわからず(泣)、 身振り手振りで、なんとかスプーンを買い、ホテルに帰りました。 さて翌日は、朝からパリ市内半日観光。 この続きは、またにいたします。
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