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生ゴミ収集日にゴミと一緒に集積所に持ち込まれそうになった仔猫です。
私の母が救助しました〜(*☻-☻*)
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東日本大震災後、私の人生は変わった
2猫も、連れも、親族も、自宅も皆無事だった
しかし放射性物質に全てが汚染された
2011/03/11地震により福島第一原発事故が起き
津波により電源が全て壊滅
無色透明無味無臭の放射性物質
みぞれ雪により土壌に降り注いだ放射性物質!
当時庭を見ていてもうお終いだ・・・と涙したことを覚えている
断水していたので2時間、3時間と給水するために5日間外に並んだ
猫缶を買うために2時間、3時間外に並んだ
食べ物を買うために2時間、3時間外に並んだ
2011/04にちゃんとした知識もないのに除染作業した
5月の連休頃から体調が悪くなり、目元から目下に一本クマがクッキリ入っていた
下痢、頭痛、節々の痛み、倦怠感、鼻血、手足の痺れ
眼がシバシバし明るい光線を受け付けない
特に咳が酷く呼吸困難状態が何度もあり、緑色の胆から血痰まで出ていた
口内炎と言うより頬の裏の薄皮が何度も剥け歯茎もヨレヨレだった
あざのようなもの、発疹のようなもの、水疱のようなものが足や背中に出ていた
とにかく倦怠感が酷かった
2011年末に連れがポロっと「もう、ダメか!」と思っていたと話してくれた
今もサングラスが必要、マスクも欠かさない!
目したの一筋のクマはだいぶ薄くなった、放射性物質が対外に出たのだと思う
続く
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<2008年1月8日> クドリャフカに捧げる挽歌:: 11月9日。 この日、私は祈りを捧げる。 小さな可愛い女の子の命日だからだ。 その子はとても賢く、とても忍耐強い子だった。 しかしそれが、その子の運命を変えた。 その子はたったひとりで宇宙に行って、帰らぬ命となったのだ。 その子の名を「クドリャフカ」という。 1957年11月3日、人工衛星に生態データ収集目的の実験動物として、その子は乗せられた。 狭い狭い密室に閉じ込められ、身体を縛られ、計測器とつながれ、 そして喉にはチューブを差し込まれた状態で打ち上げられた。 それは7日間の死出の旅路だった。 どれほどの孤独と苦しみだったかは、誰でも想像がつくはずだ。 打ち上げの時の衝撃を、どんな思いで受け止めていたかと思うと、胸が張り裂けそうになる。 わずかな身動きもとれずに、たったひとりで、途方もない不安に耐えていたのだ。 やがて、さらに苦しみが増す。 酸素は足りなくなり、飛行服の内部が異常な高温になっていく。 「チューブからの睡眠薬入りの毒物で安楽死した」と発表されたが、 それまでの苦しみは、言語を絶するものだったはずだ。 その子にとって、果てしなく長い7日間だった。 死よりも辛い7日間だった。 こうして、疑いも偽りも憎しみも持たない純真無垢の命が、黒焦げの死を迎えた。 誰からも感謝されることなく、誰からの祈りもなく、たったひとりで。 私は祈る。 小さな可愛い、勇気と忍耐に満ちた偉大な女の子に、この一心を捧げる。 クドリャフカ、最後の最後まで全霊で生きた小犬。 孤独と絶望にたったひとりで立ち向かった小犬。 私は忘れない、君の名を。 私は忘れない、君の勇気を。 11月9日、私は渾身のレクイエムを歌う。 人間はいつも、他の種族を犠牲に選んできた。 自分たちは代償を払わずに、他の命を生贄の池に放り込んできた。 祈りもなく、感謝もなく、当然のごとくに平然と。 **** WOLFTEMPLE ****
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「帰村宣言」に反対
住民を危険地域に戻す政策には反対です。
1月31日、遠藤村長は帰村宣言をしました。本当に安全なのでしょうか。
安全を確認できない中での帰村には反対です。
特に子供達や若者を30キロ圏内に戻すのはあまりに危険です。
不安を抱えて生きるのか
それとも安全な場所で、未来に通ずる安心な村づくりに励むのか
選択を迫られています。
除染は気休めに過ぎません、被ばくしながらの除染作業は住民の健康と生命を危険に晒すものです。今のやり方でどうして除染が出来ると言うのでしょう。
そもそも原発事故は収束していません。4号機の燃料プールはむき出しのままです。もし、また地震等で倒壊するようなことがあれば、関東一円が避難しなければならくなります。燃料棒を取り出す作業を始めるにしても何年かかるか、無事取り出せるかもわからないのが現状です。
原発30キロ圏内は言わば原発の至近距離、空間線量が周りに比べて少ないと言ってもいつどういう風にホットスポットが動くかも誰にも予測はできません。
内部被曝が心配される危険な区域には変わりありません。
また、セシウムも心配ですが、ストロンチュウム、プルトニュウムの危険性も大変心配です。
政府はこれらの物質の測定を怠っています。
チェルノブイリ事故から26年経ちました。犠牲者は100万人を超えるといわれています。
現在のチェルノブイリが25年後の福島だと言うことを忘れてはいけません。
福島の事故はチェルノブイリを超えると言われています。
福島県民の特に子供若者、妊婦の健康被害は予測できません。
西山ちかこは村民の皆さんとご一緒に新しい村づくりをしたいと思います。
今一番必要なことは
村の将来を
子供達や孫たちの命を最優先にして考えることです。
私たち大人が今できることはなにかを考えることです。
公表されている放射能物質などの測定値は、小さい数値を選んだものです。
東電と政府は、事態を少しでも小さなものにしようと、あらゆる嘘と誤魔化しを行っています。その最たるものが、数値の誤魔化しです。
しかし、事実は一つです。安全だと言われても、危険性が変わるわけではありません。第3者機関の正確な数字の公表をもとめます。
生命を護るための年間被ばく限度は、事故前の基準では年間1ミリシーベルトでした。
基準を20ミリシーベルトにしたのは賠償を少しでも少なくするための数字いじりです。また、ホットスポットは距離に関係なく、気象条件や地形などにより思いもよらないところに出来たりします。
全く予測不能です。したがって帰村の可能性は予測できません。
10年?30年?或いは永久的に帰れないかもしれません。
半減期の10倍で、ほぼ影響なしのレベルになると考えられますから、セシウム137に限って言っても300年後と言うことになります。
安全な地域での新しいコミュニティ^−作りが一番現実的な解決方法です。
もし今帰れば、村のインフラ整備のために莫大なお金が投入されるでしょう。
しかしそのお金は、村民の生活に回るよりは、ゼネコンや東電の子会社等の土木建設企業に大半が回され、そのほんの一部がこれまでのような形で下請け、孫請けにおこぼれのように回されるだけです。そして保障はされたことになるのです。
今使われている除染のための費用は、住民の命を護るための移転費用と、新しい土地での生活再建費用に使うべきです。
補償を必要充分なだけ要求しなければなりません。国と行政には命rと財産を護る責務があります。財産は奪われ、このままでは命も守れません。
村当局は村民、特に若者・子供・妊婦、将来あるものの命を守るべく、即刻県外に避難させ 同時に完全補償を国と東電に求めるべきです。
最低限の保障などとんでもありません。必要かつ充分な補償こそ、当然の権利です。
そのためには全村避難が原則です。
特に若者子供の妊婦は即刻避難させなければなりません。現在の川内村の復興がもし可能ならば、全村避難の後、東電と国が責任をもってするべきことです。
果たして、除染はできるのか、人が住めるようになるのかは不透明であり、もしまた、地震などの不測の事態が起きた時は、破滅です。
すべては事故収束が大前提です。
現在、川内村選挙管理委員会は村民有権者の避難先を個人情報保護を盾に、教えようとはしません。あくまでも開示を求めていきますが、特に県外避難されている方、ご連絡をお願いたします。またお知り合いに川内村の方がおられましたら、西山にご一報いただければ幸いです。
ホームページ 「小さな村の大きな選挙」
かわうち ちかちゃん
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