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横浜では子供の頃、国歌より先に覚えて歌っています。 今年は開港150周年ですが、100年前開港50周年を記念して作られました。 森 林太郎(鴎外)作詞 南 能衛(作曲) わが日の本は島国よ(わがひのもとはしまぐによ) 朝日かがよう海に(あさひかがよううみに) 連りそばだつ島々なれば(つらなりそばだつしまじまなれば) あらゆる国より舟こそ通え(あらゆるくによりふねこそかよえ) されば港の数多かれど(さればみなとのかずおおかれど) この横浜にまさるあらめや(このよこはまにまさるあらめや) むかし思えば とま屋の煙(むかしおもえばとまやのけむり) ちらりほらりと立てりしところ(ちらりほらりとたてりしところ) 今はもも舟もも千舟(いまはももふねももちふね) 泊るところぞ見よや(とまるところぞみよや) 果なく栄えて行くらんみ代を(はてなくさかえてゆくらんみよを) 飾る宝も入りくる港(かざるたからもいりくるみなと) 明治の末期に当時の文豪(森鴎外)の手を経て世に出た横浜市歌。100年近い時を経たこの歌に、新たな命を吹き込んだのは、横浜市金沢区に生まれ育った作曲家・ミュージシャンの中村裕介さんだ。 2002年、京浜急行・能見台駅にほど近い中村さんが代表を務める「ウォーターカラースタジオ」で、横浜市歌のブルースバージョンは生まれた。ギターを手に歌詞を眺めているうち「ブルースになるのでは?」とひらめき、30分ほどで新しいメロディーを書き上げたという。 勢いで曲はできたものの「親・子・孫の3世代以上親しまれている歌に、新しいメロディーをつけるなんておこがましいことをしていいのか?」と中村さんは、実際に人前で演奏するまで葛藤した。 2003年、元町商店街主催のストリート・ライブの折、初めて市歌のブルースバージョンを公の場で披露した。その演奏直後、品のいい年配女性に声をかけられた。「今の歌、横浜の市歌ですか?」。 豪放な雰囲気とは裏腹に、聴衆の反応に敏感な中村さんは「伝統ある歌に勝手なメロディーをつけ、抗議されるのか?」と身構えたという。だが、その女性は「覚えやすくて、わたし好きですよ」という言葉を中村さんに贈ってくれた。「あの言葉で、気持ちが楽になり、ブルースバージョンを歌ってもいいんだと吹っ切れました」。その後、横浜市役所本庁舎のエレベーター内で流されるなど、カジュアルでリラックスした「ブルースバージョン」の魅力は広がっていった。 2009 横浜開港祭 1500人合唱団 横浜市歌 横浜市歌ブルースバージョン
http://www.youtube.com/watch?v=nsyiEJbz7QE&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ehamakei%2Ecom%2Fcolumn%2F189%2F&feature=player_embedded
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