tontonの癒しのフォト&音楽日記・CRPSと友(共)に

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8月30日静岡県東富士演習場にて行われた平成21年度陸上自衛隊富士総合火力演習に行って来ました。前日から御殿場に宿をとり早朝5時タクシーにて演習場へ、、、
昨年は雨で断念した演習だったが今年は絶好のお天気富士をバックに見る事が出来と思ったが、、、
昼前から一転小雨交じりの天気となったが午前中の演習を見午後からの展示は見ずに徒歩にて約10キロの道程を2時間半ほどかけての帰路まずまずの半日でした。

★スライドは第一空挺団による降下訓練の模様


          ★ダイナミックに見るならこちらから
                      ↓↓
          平成21年度陸上自衛隊富士総合火力演習

転載元転載元: Jiroh の鎌倉 みなとみらい 富士 見・聞・録・写・画〜る

ショパンについて 1

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偉大なる音楽家の紹介



★ これから有名な音楽家の紹介をしていきますので、雑学として読んで頂ければと思います

ショパン Fryderyk Franciszek (Frdric Franois) Chopin

(1810―49)

ピアノ音楽に比類ない境地を開いたポーランド出身の作曲家、ピアニスト。

主要な作品のほとんどがピアノ曲で、その個性的で斬新(ざんしん)な書法はリリシズムを基調に、

雄々しさ、気品、メランコリーなど多彩な性格をあわせもち、「ピアノの詩人」とたたえられ、世界的

に親しまれている。

父ニコラスは16歳のときからポーランドに移り住んだフランス人、母ユスティナは没落貴族の出の

ポーランド人で、フレデリック・ショパンは長男としてワルシャワ近郊のジェラゾワ・ウォーラに生ま

れた。

生年月日については諸説があり、1810年3月1日が一般に支持されているが、1809年説も有力である。

両親をはじめ家族そろって音楽を愛好したが、4、5歳から姉のルドウィカにピアノの手ほどきを受け、

16年からはウォイチェフ・アダルベルト・ジブヌイに師事した。

7、8歳ごろから作曲に興味を示し、民族舞曲やロンドなどいくつかピアノ曲をつくったが、

17年作のポロネーズは作曲後すぐに出版され、最初期の作品として今日に伝えられている。

当時から作曲や即興演奏に秀で、ワルシャワの音楽愛好家たちの間では「モーツァルトの後継者」など

と噂(うわさ)されていた。

1818年2月24日、最初の公開演奏会を開き大成功を収めて、貴族社会の寵児(ちょうじ)となった。

そしてほどなく師のジブヌイをしのぐほどの上達をみせ、ワルシャワ随一の音楽家と世評の高かった

ユセフ・エルスネルの指導を受けて、26年にはエルスネルが院長を務めるワルシャワ音楽院に入学した。

エルスネルの教育法は独創性を自由に伸ばすことを主眼とし、型にはめることを極力避けるものであった。

それはショパンの個性的な作曲語法の形成にきわめて有益であったし、同時にまた、生涯にわたる

対位法などの技術修得への渇望や、規模の大きな作品での構成的な苦心の原因ともなった。

2年生のときに協奏的作品を課題として与えられ、モーツァルトの主題による

『ラ・チ・ダレム・ラ・マーノ(お手をどうぞ)の変奏曲』を作曲したが、

この作品はのちにシューマンの「諸君、帽子をとりたまえ、天才ですぞ」の評言によって

ショパンの名をヨーロッパ中に広めることになった。

この時期、ヨーロッパ楽壇への進出や自作自演による音楽活動への布石としてオーケストラを伴う

ピアノ作品を集中的に作曲したが、『ロンド・ア・ラ・クラコビアク』(1828)、

ピアノ協奏曲第2番ヘ短調、同第1番ホ短調(ともに1830)など、当時ウィーンで人気の高かった

ベートーベン門下の巨匠チェルニーらの名技主義やフンメルなどに代表される叙情美を多分に意識した

技巧的で華やかな作風が特徴的である。

音楽院を卒業すると、より広い活動の場を求めてワルシャワを離れることを決意、

1830年10月に告別演奏会を開き、11月ウィーンに旅立ったが、故国での反ロシア暴動、独立革命失敗の

報を聞き悲憤と絶望に憔悴(しょうすい)した。

彼自身は故国の危機に際して同志たちと行動をともにすることを選ばなかったが、

この事件は若い魂に決定的な影を落とし、彼の創作の根底に流れる悲劇性やニヒリズムの源となった。

ショパンは芸術家として生きるべきことをはっきりと自覚して帰国を断念、以後二度と故国の土を踏む

ことはなかった。

1831年9月中旬、自由の都としてさまざまな文化人や芸術家たちの集まるパリに落ち着き、

不遇のうちに研鑽(けんさん)を積むかたわら、連日オペラに通いベッリーニなどから旋律のもつ

意味について深い啓示を受け、ピアノという楽器に人間の声のようなしなやかなメロディを歌わせる

表現方法を研究、アクセントの移動とリズムのくふう、和声上の革新や音色変化、三部形式を発展させ

て独自の音楽的発想を盛り込むなど、個性的な音楽語法を確立した。

パリではピアニストのカルクブレンナーや、リスト、ロッシーニ、ケルビーニ、ベルリオーズらの

作曲家、ユゴー、ミュッセ、ハイネ、バルザック、シャトーブリアン、ラマルティーヌらの

文人、画家のドラクロワ、アングルなどが妍(けん)を競っていたが、

ショパンもまた32年のパリ・デビューの成功によって夜会に招かれ、淑女たちにピアノのレッスンをし、

トレードマークになった白い手袋をはめてサロンに出入りし、請われて演奏したり貴族や芸術家たちと交友を結んだ。

36年リストの紹介で女流作家ジョルジュ・サンドを知ったが、2年後にはいっしょに暮らし始め、

2人の共同生活は9年間続いた。

この間、肺結核を病んでいたショパンの療養のために転地したマヨルカ(マジョルカ)島では

『24のプレリュード』(1839)を完成している。

その後も悪化する健康状態のなかで、リズムの洗練、複雑化、形式の拡大、幻想性の重視など創作力は

豊かさを増し、ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調「葬送」(1839)、同第3番ロ短調(1844)、幻想曲(1841)、

『幻想ポロネーズ』(1846)、バラード第2番(1839)、同第3番(1841)、同第4番(1842)などの傑作

を次々に発表、名声を博した。

48年、二月革命の喧噪(けんそう)を避けて多年の宿望だったロンドンに渡り、スコットランドにも旅したが、

濃霧や寒さに病状は悪化する一方で、ふたたびパリに帰るが経済的にも逼迫(ひっぱく)し、

孤独と焦燥のうちに49年10月17日その生涯を閉じた。

ショパンはピアノの性能が急速に改良・発達しつつある時代に創作期の頂点を迎え、作品は演奏法や

ペダル技法の拡充と密接に結び付いている。

ことにエチュード(練習曲)集には高度な音楽的着想やその成果がちりばめられ、演奏技術を磨くための

エクササイズであると同時に、彼が発見したピアノ表現の奏法上の秘訣(ひけつ)にさまざまな形を与えた

記念碑的な名曲となった。

先輩作曲家のなかではバッハ、モーツァルト、フィールドのノクターン様式などを愛し、研究の成果を

作曲にも取り入れた。

ポーランドの民族舞曲であるマズルカやポロネーズのリズムと精神は彼の大きな支えとなり、

それらを芸術的に昇華した名曲を数々生み出している。

演奏の容易なワルツやノクチュルヌ(夜想曲)から演奏至難なエチュードまで広く親しまれているが、

ピアノ作品以外ではチェロ・ソナタ(1846)と歌曲が比較的よく知られている。


[執筆者:青澤唯夫]参考より





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