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リヒャルト・ゾルゲ 今日は、『ゾルゲ事件』が世界に知れわたった日(64年前)。 この「ゾルゲ事件」は映画になったりして結構有名? 中心人物である【リヒャルト・ゾルゲ】について・・・ リヒャルト・ゾルゲ(Richard Sorge 1895〜1944)は、ドイツ人を父とし、ロシア人を母として、現アゼルバイジャン共和国バクーに生まれた。3才のとき家族とともにドイツに転居、少青年期をベルリンで過ごした。ハンブルク大を卒業したのち社会学博士となる。ゾルゲは第一次大戦のとき志願兵となり前線へ送られ負傷。片脚が2センチほど短くなったという。 除隊後、社会民主党さらに共産党へ入党、党の情宣活動に従事した。1924年、ゾルゲはドイツ共産党の指令でモスクワに向かう。 「全人類が待ち望んでいた社会悪の浄化と、貧困・不正・不平等に侵された世界の根本治療とはこのことではないのか」 ゾルゲはマルクスレーニン研究所に所属、コミンテルン(国際共産党)の仕事につく。1930年〜33年”社会学雑誌”特派員として上海で諜報活動を行い、そのとき尾崎秀實(ほつみ)を知る。1933(昭8年)一旦モスクワに帰り、日本派遣を命ぜられる。ナチス党員に化け「フランクフルターツアイトゥング」紙の特派員として来日。ゾルゲは日本での諜報活動網を確立すべく、慎重にメンバーを選定した。メンバーの一人である尾崎秀實(1941年、逮捕。1944年処刑。最後の言葉は「し残した事はない。」)は後に近衛内閣のブレーンになる。 ゾルゲは日本文化の研究に精力を注ぎ、やがて、日本通としてドイツ大使の私設情報担当となり、大使館内に一室を与えられ日本の情報分析の相談役になった。その間、尾崎とも緊密な連携をとって、日本の政治、外交、軍事に関する情報の入手とソ連への通報に努めた。 世界一有名なスパイ事件と言われる「ゾルゲ事件」。 『後味が悪いスパイ事件』とか言われたりしていますが、 こんな映画みたいな事が現実にあるんですねぇ。 っていうか映画の元ダネになったんですが・・・。 ↓そんな【リヒャルト・ゾルゲ】の最期・・・。
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