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★新シリーズ★ 日刊スポーツ新聞社販売局流通開発部・赤坂厚主事の世界遺産旅行記です。 画像は『ラパヌイバイフ』 【〈チリ・ラパ・ヌイ(イースター島)上〉】 「モアイ像をみたい」。一番近い陸地(チリ本土)からでも3000キロ、 タヒチから4000キロ離れている。 現地の言葉で「ラパ・ヌイ」。大きな陸地を意味する。 タヒチから約10時間。空港滑走路は、NASAがスペースシャトルの緊急着陸用に 使用できるようになっている。 何かあったときに「このあたりには着陸できるところがない」からだ。 NASA公認の「絶海の孤島」。 日本からは、タヒチ経由の方が時間の節約になる。 タヒチからは、航空便の関係もあって3泊4日のツアーが一般的。 もちろん、もっといられる人はどうぞ。 モアイというと、うつろな目で中空を見つめて立っている…。 そんな印象が強いが、現物は違う。 「アフ・ビナプ」で初めてお目にかかったモアイは、うつぶせに倒れていた。 意外な光景は、フリ・モアイ(モアイ倒し戦争)の結果だとガイドは言った。 16〜17世紀に起こった支配階級耳長族と被支配階級耳短族の戦いで、 耳長族の象徴ともいえるモアイをすべて倒したという。 ちなみに「アフ」はモアイを立てる石組みの土台で祭壇の役目をしている。 周囲も小さな石で境界線が引かれ、立ち入り禁止。 入ると、ガイドはじめ近くにいる島民から一斉にブーイングが起こる。 恥ずかしいので、ご注意を。 フリ・モアイの激戦地「アフ・バイフ」でもモアイはうつぶせに総倒れ状態。 うつぶせに倒したのは、目の魔力を恐れてのことだという。 本来は白い目がはめ込まれていたが、これも壊された。 うつろな目と思っていたのは、実は目をくりぬかれた後のくぼみ、ということになる。 「アフ・アカハンガ」では、総倒れではあるが、仰向けや横倒しのものもある。 「最後は面倒になって、倒しやすい方向に倒したのではないか」という。 かつて立っていたモアイは、いまは倒れているのが普通だ。 ただ、アフを整備して再び立たせたモアイも現在50体ほどあるという。 島の北東海岸にある「アフ・トンガリキ」。 まず入り口の左手に1体立っている。 「ひとりぼっちのモアイ」と呼ばれているが、島一番の人気者。 大阪万博で展示され、モアイ運搬の実験にも使われたという。 ここのアフは全長200メートルほどで島一番の規模。 7、8メートルの15体のモアイは当然全部倒れていたが、 日本の建設会社が経済協力の一環としてクレーン車を提供して立て直された。 背が高いの、低いの、やせているの、太っているの、丸顔、面長などなど、1体1体、全然違う。 亡くなった人に似せてつくったというのは本当らしい。 立ち姿の基本は、海を背にし、顔はちょっと上に向けて、 それでいて「伏し目がち」で、両手は下腹につけている。 これがこちらの「気をつけ」なのか。 でも、やっと「イースター島に来た」という気分になる。 島の西側にある「アフ・アキビ」。 ここにある7体のモアイだけは、海に向かって立てられている。 ちょうどタヒチなどの方角だ。 ラパ・ヌイ初代ホツマツア王の命令でこの島を探し当て、初めて上陸した7人の息子が、 遥か西の故郷に思いをはせていることを現しているという。 けっして幸福だったとはいえない島の歴史を重ねると、モアイ越しにみえる海に心なしか寂寥感が漂う。 |
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最近の更新といったらコレばっかりですが・・・(^^ゞ 【雄々しく生きよ】 高校生の3月上旬は、期末試験のシーズンらしい。 17歳になる我が家の娘も、普段はアルバイトに忙しいが、 この時ばかりは部屋にこもって悪戦苦闘の体である。 昨年末、2学期の成績表をみたら、生物の成績欄が「2」だった。 10段階評価で「2」かと思い、「ウチの家系は理工系向きじゃないからな。しょうがない」 と慰めたら家人に怒られた。「2」は「2」でも100点満点中の2点である。 「どうやったらこんな点数が取れるんだ」とあきれかえった。 「とんでもない高度な授業で、零点もたくさんいるから」と娘はどこ吹く風。 机の上にダーウィンの「進化論」まであったが「これを読んでもだめか」 と思わず吹き出した。 さて、どんな先生なのだろう。 3月7日付の新聞を読んでいたら、こんな記事にぶつかった。 期末試験前夜、自分の高校に忍び込み、試験問題を盗もうとした高校生3人が建造物侵入と 窃盗未遂で現行犯逮捕された、という。 6日の試験で赤点をとると留年の可能性があったとか。 「英語が苦手で単位が危なかった。自信がないので盗もうと思った」とコメントが載っていた。 「ところで赤点なんて言葉、まだ生きているのだろうか」と同僚に聞いてみたが 「うーん、どうかねぇ。最近は聞かないねぇ」という返事。 記事には赤点という表現はあるが、高校生が自らの言葉で「赤点」とは言っていないようだ。 落第点というのが今風のような気がするが。 古い記憶では、赤点という制度は確か高校から適用されたような気がする。 「30点以下(25点説もあった)が赤点だった」と同僚は言うが、 私の高校は平均点の半分以下が赤点だった。 学校によって仕組みが違うのだろうか。 「アヒルになっちまうぜ」という表現もあった。 「2」という数字がアヒルの形に似ているから、10段階評価で「2」という意味である。 成績不振で「アヒルの行進」とよく笑われたっけ。 高校時代、確か英語のテストだった。 「風と共に去りぬ」(Gone With The Wind)の原文が試験問題でどうにも解けない。 赤点を覚悟して答案用紙の余白に「Gone With The Failure in an Examination」 (落第と共に去りぬ=この英作文、正しいだろうか。また赤っ恥かな)と書いたら、 採点してくれた先生の書き込みが素晴らしかった。 「スカーレット・オハラのように雄々しく生きなさい。失ったものを取り返せ」 こんな先生もいたのである。 (日刊スポーツ新聞社編集局・石井秀一編集局次長) |
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