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新聞に載らない内緒話

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少女の背中

≪日刊スポーツ新聞社編集局・石井秀一編集委員のコラムです≫


 不景気ということもあって、比較的近場の出張は、新幹線など特急料金のかかる列車に

乗らなくなった。


先日、高崎から信越線に乗り換え、取材に出かけてきた。


高崎まで新幹線なら1時間程度だが、在来線の旅は2時間、乗り継ぎもあって思いの外、

時間がかかる。



 もともと電車が好きだし、景色を眺めながらの旅は悪くない。車窓から学ぶことは多い。

ただ、長い時間座り続けるのはさすがに歳のせいか、辛くなっている。


それでも時折立ち上がって腰を回せば何とかしのげるものである。



 取材を終え、高崎まで着いて普通電車に乗り換えた。出発時間まではまだ少々ある。

朝が早かったから、最終車両の座席でうつらうつらしていたら車内アナウンスが聞こえてきた。

女性の声である。


今時、女性車掌など珍しくも無くなったが、妙にすがすがしい声で目が覚めた。



 グレーの帽子にベスト、スラックス。シャツは薄墨のそれで「なかなかJRもセンスがいいわい」

と感心した。


見ていると、まだ車掌になり立てなのだろうか、動きがきびきびして好感が持てた。



 定刻で電車は出発、順調に上野へ向かって走る。



 鴻巣駅に着いたときだった。

発車ベルが鳴り響く中、最終車両の最終ドアに、大人に手を引かれた少女が乗り込んできた。


白い杖を持っている。傍らの大人は制服、制帽。腕章に「警察」という文字と、「JR」の

グリーンが見えたから鉄道公安員だろうか。



 「…駅まで御願いね」。



 よく聞き取れなかったが、公安員から女性車掌へ伝言があったようだ。

少女を座席に座らせると、公安員は電車を降りた。

がっちりした体格の、日焼けした顔はいかにも善人風で、見ていてこころが和む。


 「いい男だなぁ」。


 電車が走り始めると、車掌がガラス越しに少女を観察している風だった。

少女は背筋をピンと伸ばして座っており、杖を垂直に立てる。

列車が左右に揺れるたびに、コトコトと床に杖のあたる音が響いた。


 電車が北上尾駅に着くと、やはりドアの前にワイシャツ姿の駅員が待っていた。

少女はドア付近で手を取ってもらい、降りていった。

通学鞄を肩にかけていたから、授業のある日は毎日、こんな風景が繰り返されているのだろう。


 発車のベルが鳴り、電車が動き出す。少女と駅員の背中を追うように速度を上げてゆく。





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時の流れ

≪日刊スポーツ新聞社編集局・石井秀一編集委員のコラムです≫


 夕方、仕事を終えて飲みに出る。

さすがに寄る年波で、馬鹿な飲み方はしなくなったが、それでも毎日、どこかの町で一杯、やる。


 5月は神田祭、三社祭と大きな祭りが続く。縁あって今年も神輿を担ぎにいってきた。

昔は担いでいるのか、飲んでいるのかわからなくなるほど、神輿と酒は付き物だった。

長い道中、休憩を挟めば、その場が酒盛り会場で、飲み過ぎて神輿が上がらなくなる失態も

ずいぶん経験した。


 もっとも、この手の馬鹿騒ぎは近年、御法度で、路上での煙草、酒はすっかり見られなくなった。

まぁ、これも時代の流れで致し方ないが、かつてを知る者としては少々、寂しい。

それでも、神輿を収めれば天下御免で、居酒屋へ繰り込み酒を飲む。


 その昔、「あの札付き」と形容された連中も還暦を迎えて、「孫が可愛くてね」と相好を崩す。

それでもひとたび神輿の担ぎ棒を見ると、年甲斐もなく突撃し、7歳ほど年下の私はハラハラしなが

ら眺めている。

がっしりした体格は往年を想像させるし、荒っぽい人生を送ってきたのであろうが、そんな風雲の

時期を経たからか、みんないい「おやじ」になっている。


 先日、山谷へ久しぶりに出かけ、地元の飲み屋で一杯、やってきた。

山谷という地名はすでになく、台東区と荒川区にまたがるこの辺りは「山谷地区」と呼ばれる。

泪橋(なみだばし)という、日比谷線・南千住駅から近いここが、山谷地区の中心で、60年代に

マンモス交番を中心に荒れた場所である。


 懐かしくて、お目当ての店の暖簾をくぐると、意外や閑散としている。

がらんとした店内に数人、労働者たちが酒をあおっていたが、大声を上げることもなく

(もっともこの店は昔から大声は禁止だったような気がする)、なんだか別の世界へやってきた

ような風情である。



 「まぁ、今時こんなものでしょう。景気もよくないしね」。


 連れが、この男もかつてのお祭り男だが、「ここも三社祭に神輿が出ているんだよな」とぽつり。

なるほど一部は台東区に引っかかっているから、さぞ立派な神輿があることだろう。

それにしても、夜更けの町並みに往年の輝き(というべきか)はない。


 道沿いに、コインロッカー屋があり、以前取材をしたものの、事情があって原稿化出来なかった。

兄弟で店を経営しているのだが、「最近は荷物を取りに来ない人も多くなりました。

木賃宿に泊まっても周囲が信用できないから、仕事の道具だけ預けて、消えてしまう人もいます」

とのことだった。


 酔っぱらって、三ノ輪まで夜の町をあるいた。15分ほどの距離だが、道中、誰とも会わなかった。






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≪日刊スポーツ新聞社編集局・石井秀一編集委員のコラムです≫




 4月27日、故植木等さんの「植木等さん、夢をありがとう。さよならの会」へ行ってきた。

3月27日に亡くなって1ヶ月、テレビの画面を介してだが、

子供のころから親しんだコメディアンの死。

個人的な感傷だけでなく、大げさに言えば日本人にある種、大きな影響を与えた人だけに、

どんな「お別れ会」になるか、興味があった。


 とりわけ期待したのは「弔辞」である。

さぞ、感動的なそれを聞くことができるだろう、と期待した。


 徳光和夫が司会というので、まずゲンナリ。誰にもこびを売りそうな、あの風情が嫌いである。

弔辞のトップバッターが元首相、森喜朗と知らされ「何でまた?」と首をかしげる。

案の定、「私以外に植木さんとは親しい人はたくさんいるはずですが」と断った上で、

「公務があり」時間がないから最初、だという。

弔辞の内容も、ゴルフ場での話題に触れただけで、何の感動もない。


 「どうも来る場所を間違えたな」と思ったが、それでも9人の弔辞が予定

(そのうちなぜか沢田研二は、リストにありながら弔辞はなかった)しているのだから、

と気を取り直して、なおも報道控え室で、録音機のテープを回した。


 すぎやまこういちは、「あぁ、歳をとっちゃったね」という感じ。


 中山秀征は、やはり荷が重かった。


 内田裕也は植木等の持ち歌を披露したが、歌詞を憶えておらず、それはそれで受けていたが、

いわゆる弔辞とはほど遠い。「まぁ、芸能界ってこんな会でもおちゃらけるんだ」という印象。


 松任谷由実は、弔辞の棒読み。

聞いていて、植木等とはさほど近しくはなかったのが、よくわかった。


 加藤茶も「こんなものかな」。


 渡辺貞夫のアルトサックスは、タダで聞けてラッキー、って感じ。


 トリの小松政夫が一縷の望みだったが、ありきたりだった。


 まぁ、弔辞というのは難しい、ということなのだろう。


 会が始まる前、植木等のヒット曲が次々と流された。



 「ごまをすりましょ、陽気にごまをネ」、

 「こつこつやるヤツぁ、ごくろうさん」、

 「おれはこの世で一番、無責任と言われた男」、

 「ひとこと文句を言う前に、ホレ言う前に、あなたの息子を信じなさい」、

 「アンタの知らないあすがある」、

 「しびれちゃった、しびれちゃった、しびれちゃったよ」。



 往年のヒット曲のフレーズのほうが、よっぽど感動的で、教訓になった。



 「はい、それまーでぇよ。泣けてくる」。





地域格差

≪日刊スポーツ新聞社編集局・石井秀一編集委員のコラムです≫




 東京はすっかり葉桜になってしまったが、やはり日本は広い。山形へ4月7日、取材を兼ねて行ってきた。
天童近くの町だったが、桜はまだ、つぼみの状態で、地元気象台の開花予想は13日ということだった。

 取材を終え、そのまま帰京という手もあったが、せっかくここまで来たのだから、と新庄、酒田へ足を伸ばした。作家・藤沢周平さんが亡くなってもう10年が経とうとしている。その故郷・鶴岡へ、そして出羽三山の月山、羽黒山、湯殿山も眺めてみたい、と欲張ってみたが、一泊二日でが叶わない。とりあえず酒田で宿を取った。

 予約を入れたホテルは予想外というか、市街地から遠く離れ、タクシーで、そこそこの料金を取られる。夕刻、チェックインし、町までのバスの時間を調べてもらったら、最終便が午後5時半すぎである。「こりゃ、不便な。町からの帰りは、またタクシーか」と少々不機嫌になった。まぁ、東京並みのサービスを要求するのが間違いで、しぶしぶ最終バスへ乗り込んだ。

 繁華街は「中町」である。初めての土地で、しかも港町なら、うまい魚も食べられるだろうと胸をふくらませたが、停車場を降りて驚いた。町は暗く、シャッター通りとはこのことかと目を丸くした。人通りも少なく、ネオンサインも見えるが、明かりだけで、営業しているのかも判然としない。

 とりあえず、1軒の赤提灯に入ったが、引き戸を開けると、店の主人と思われる男性が煙草をふかしており、突然の客に慌てて灰皿を隠した。「毎日、こんなものなの?」と尋ねてみたら「(統一地方選の)投票日前日でしょ。昔なら饗応が当たり前だったから、飲み屋も忙しかったんだけど、今頃そんなことをやったら、警察のお世話になっちまうからね。それにしても、中町も寂れたものですよ」。

 「魚のうまいヤツ」と頼んだら、烏賊の刺身を作ってくれた。おいしかったが、亭主と2人だけのカウンターでは気勢が上がらない。

 「地方都市はみんなこんなものですよ。なんとか打開策を見いださないと、と我々もキャンペーンを張っているのですが、なかなか活性化への決め手も無くってね」と地元記者が後日、話してくれた。

 格差、格差と言われるご時世。給料ばかりではない。東京に居てはわからない、地域格差を思うと、飲んでいる酒も、味が今ひとつだった。 


甲子園の土

≪日刊スポーツ新聞社編集局・石井秀一編集局次長のコラムです。≫

 


 高校野球が終わった。例年になく盛り上がった大会だった。


 敗者は「甲子園の土」を持ち帰る。試合後恒例のシーンだが、さてこの行為は一体、

誰が始めたものなのだろう。

いくつか資料に当たってみると概ね2つの説に収斂(しゅうれん)されるようである。


 ひとつは1937年(昭12)、第23回大会。

中京商に敗れた熊本工・川上哲治投手(ご存じ巨人のV9監督)とある。

例えば95年8月16日付の朝日新聞にその記述があり、「(土を)小さな袋に入れ、

ズボンのポケットにそっと入れた」とある。


 もうひとつは戦後の話になる。いくつかの新聞に同様の記事がみとめられ、

産経新聞(94年8月13日付)は「昭和22年の29回大会で優勝した小倉中学のエース、

福島一雄投手とされている。

小倉は決勝戦で岐阜商に6−3で勝ち、5試合をひとりで投げ抜いた福島は『記念に…』

と土をユニホームの後ろポケットに入れ、持ち帰った」と記述した。


 実は同じ福島投手ではあるが朝日新聞98年8月4日付によると、土を持ち帰ったのは

「1949年(昭24、第31回大会)、3連覇を目指す小倉北の福島一雄投手が

準々決勝で敗れ」た時、とある。

おやおや、である。ただし年度の違いは、何しろ古い話だけに、例えば取材を受けた側の記憶違い

などが考えられる。

いずれにしても、伝説? の「甲子園の土」は川上氏か福島氏によって持ち帰られたようである。


 さて、その川上氏はこの夏、別荘で静養中だった。

直接お会いして事実確認をしようと思ったが、せっかくの休暇中だし、

私の単なる思いつきで手を煩わすのも失礼かと、川上氏のご長男、貴光さんに問い合わせることにした。

貴光さんは「私の知るかぎり、土を持ち帰ったのは父が最初ではないようです。

何度か同じ質問を受け、父がそうこたえているのをきいたことがあります。

そういう習慣に従っただけ、のようです。いつしか、父が最初、

ということになってしまったらしいのです」。

つまり、「甲子園の土」は川上氏が高校球児だった37年より以前から行われていたようで、

最初に持ち帰った選手も、どうやら前述のご両人ではなさそうなのである。


 では一体だれが? 詮索はもうやめよう。実はこんな原稿を読んだからだ。

だれが先駆者であったかなど、どうでも良くなった。

03年6月21日付、朝日新聞地方版に掲載された記事を抜粋する。福島氏についての後日談である。


 「連覇した翌1949年夏、小倉は準々決勝で敗退。帰郷した福島さんの元に一通の手紙が届く。

<学校で教わらないことを君は学んだ。しりのポケットにある記念の品、後生大事にしたまえ>

 差出人は甲子園の審判員。ポケットをまさぐると、ひと握りの砂が出てきた。

あるいは無意識のうちに…。見逃さなかった審判員は、そこに一遍の詩をみたのであろう」


 延長再試合の末に行われた駒大苫小牧−早稲田実決勝戦。

勝者も敗者も「甲子園の土」を持ち帰ったことだろう。

学校では教わらない「何か」を掴んで。

それはこの大会に臨んだ、無心に白球を追いかけたすべての球児にも与えられるべき「土」

であるかも知れない。

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