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三月二六日
お天気の具合が不思議ですね。これについて、最初阿部さんから、お祭りを一週間やると言うんです。二一日から一週間だそうです。それで私が、どうも一週間は長すぎるから五日間にしなさいと言った。で、初日を二三日にして二日遅らせ。て二三日から五日間になった。それで、ちょうどお天気がうまくいった。二二日は降りましたね。
 春の話をすると、今年からだんだん表面的に活動することになるんです。で、いま……現在やろうとし、行ないつつあるのは、農業の自然栽培ですね。「農業特集号」はだいぶ効果が見えつつあるようです。で、それについて、広川農林大臣の話に良くそれが現われているんです。大臣いわく、これから硫安をなるたけ使わないようにしろ。どうも硫安はいけないというんで、これから自給肥料を使うようにしなけれぱいけない。と言っているんです。自給肥料はいわゆる堆肥ですからね。堆肥とは言えないんです。はっきりはしないながらも、どうもこっちの宜伝みたいになっている。それから虫害なんかも、薬剤が適当でないと、かえって増える。だからその点も大いに考慮して適切にしなければいかんと、はなはだ曖昧ですが、よほどあれに刺激されたと思える節があるんです。広川という人は、去年も「特集号」を出しましたが、あのときも大臣だったんです。あの後にやはり、あまり化学肥料に頼ってはいけないということを、なにかしゃべったことがあるんですがね。ははあ、おかしいなと思ったことがありました。
 
今年は少し強めた…・・よほど進んだ言い方だったので、おもしろいと思った。よほどあの人の心は動いてますね。それからだいぶほうぽうから問い合わせもあるようですが、あの新聞を見た限りの人は、じゃ一つやってみよう。というような農民はずいぶんできただろうと思いますね。で、結局ちょとでもやれば、だんだん解ってくるんですからね。そこにもっていっていままで信者さんがやったのを、村などの、隣近所の人が非難したり、嘲笑したということが大いにあって、ずいぷん苦しんだ。それがお蔭話なんかにたくさんありますが、そういうこともずいぶん軽減されるだろうと思います。ものというのは少しずつチピチビやっていると、先方でなんだかんだ言うんです。思いきって大胆に高飛車にやるんです。そうするとかえって沈黙するんです。やっぱり逆効果の一種ですがね。「特集号」は農業団体とか、公の団体に配りましたから、いずれ話題に上りますから……「ああ村長さんはこういうことを言っていた」と。してみるとそんな生じっかなものではない。あんまり馬鹿にもできないというような観念が起りますから、いろんな
悪ロを言うのも滅りますよ。やり良くなるんですね。そうこうするうちに、こっちの信者さんのほうでやっている人でも・・・…去年あたりのお蔭話でも……今年は少しやっているが、来年から全部の田畑を自然農法にしようというのが。
                            
ずいぶんありますから、今年なんかは、その点も……肥毒がまた、一年分よけい抜けますから、成績も去年よりまた良いです。これから、年一年飛躍的に広がるということはたしかですね。
 それから後は結核問題ですがね。結核が、この間も話した通り、アメリカじゃ一番困っているんですね。アメリカでは最近非常な勢いをもって蔓延しているんです。蔓延というか……患者が増えているんですね。いまアメリカは結核が一番多くなっているんですね。そこで、今度新薬で、リミフォン(ヒドラジド)と言うので……あれを服むと結核菌が全滅する……これは人間で試験してないんです。二十日鼠で全滅すると言うんです。もっとも、いまの人間は二十日鼠と同じかもしれませんがね。しかし、本当からいうと違うんです。大きさから言っても違いますからね。たとえ、人間で全部の結核菌が死んでも、一時的なものです。いまの医学は、肺に巣食ってだんだん繁殖して行くということになっている。そうじ。ないんです。それについて、今度出しますがね。つまり霊の曇りですね。曇りがだんだん濃くなって、局部的に集溜すると、無機質の植物性のようなバクテリヤが発生して、それがだんだん育つと、有機質になる。有機化するんですね。それがまただんだん育っていくと徽菌になるんです。だから結核菌というのは、湧くんです。霊の曇りからね。それを取ってしまえば良いんだが……曇りから湧くんですからね。だから、あといくらでも湧くんで、なんにもならないです。
 
ちょうど、犯罪者が多い。犯罪者を取り締まらなければならないというのと同じですよ。犯罪を犯すのはなにが原因かと言うと、魂が曇っているんです。、魂を良くしなければ駄目なんです。それに気がついても気がつかなくても、どうすることもできないから、現われた犯罪の……結果を取り締まるという……いまの理屈と同じです。ですから外殻文化で中身がない。中心がない。からっぽの文化ですね。これ(点)なんです……それでメシヤ教はチョンを入れるんです。それが魂です。これ(点)を良くすれば、これ(丸)は自然に良くなる。ですから、浄霊で霊の曇りを取るから……つまり徽菌の生産地をなくするから、根本的に良くなるんですね。そういうことも『結核信仰療法』にも書いて……世界的に、外国にもたくさん出しますからね。まあ、読まざるを得ないと思う。  
   
 それから地上天国ですけれども、箱根のほうはこの夏までにだいたい完成するつもりです。それで、神仙郷の完成と美術館の開館式と、日光殿が拡がりましたからね。日光殿はいままでの倍以上収容できるんですからね。‘二〇〇〇人以上はゆうに収容できますからね。それも一時的で、また狭くなるに決まってますから、これからお話しますけれども、だいたい六月一五日に、そういったような式だとか、お祝いだとか、そんなようなことをやる予定ですがね。で、美術館のほうも、それまでにちゃんとできるようにいまやってます。で、つい数日前に美術館に行ってみましたが、実に思ったよりも。具合が良くできました。で、いろいろ種類がありますからね。他の美術館と違って、あらゆる方面にわたってますから、そうして多く飾る物と少なくて良い物とありますからね。多く飾る物は拡い所でね。それからまた、光線の具合とか陳列の具合なんていうのは、できるだけ理想的にしようと思う。どっちかと言うと、美術館の飾り方の見本として見せようと思ってます。なかなかふつう、人間的には苦心したと言いたいんですが、別にな
んにも苦心はしゃしない。私には、行けばすぐ解るんですがね。それでやり方なんかも、よほどいままでのやり方と違って……譬えて言えば、掛物なんかにしても、床の間と同じように砂壁にして、天井まで砂壁にして、鴨居を檜の
 
御講和編第7巻(P190-193
 
 
 

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四月二七日
御教え 今度佐渡から来た座談会の報告ですが、自然農法について、私の言う通りにやってたいへん成績が良いんです。それで、特に私の言うことを良く聞いた理由は……これは他の人も、言うことは良く聞いてますが、やはりいままでの観念が残っていて、ちょっと予期にはずれる嫌いがあったんです。というのは、私の本に書いてあるのには、浄霊しなくても増産になる、としてあるんですが、信者の人はやたらに浄霊しなくてはいけないと思っているんですね。あの点がちょっと食い違っている。だから、それをあまりやると、未信者である農民が、やっぱり自然農法は信仰に入らなければ増産ができないと、こういうふうに思っちゃうんですよ。そうするとつい億劫になって、無肥料栽培をやらないということになるので、そうすると普及率が非常に遅くなる。なかなか普及しなくなる。また信者さん
のほうは、浄霊をしなくちゃ増産しないと、一つの宣伝の具にするという嫌いがあるんです。これはおもしろくない。つまり病気のほうは信仰に入らなければ、治って健康にならない。しかし自然農法のほうは、いま言った通り信仰と結びつけるということがおもしろくないんですよ。
 
そこでだれがやっても、いままでの肥料さえなければ、つまり土自体の力を発揮させれば、いくらでも増産になるということを知らせるのが本当です。ですから、これから浄霊なんかに、人に見えないように:…目立たないようにしたほうが良いんです。浄霊しなくても立派に増産になるということを、どこまでも見せるという考えでね。
 
 それからもう一つは、堆肥によってできると……堆肥尊重に偏る……そういう点が大いにあったですね。ところが佐渡のほうは堆肥をやらなくて…中には、今年から堆肥をやらないで、土ぱかりにするという人もありますがね。堆肥をやったほと、できが悪いんです。もっとも、先にお蔭話の中に堆肥をやりすぎて悪かった。前の年は堆肥をやらなくて成績が良かった。ところが、次年に堆肥をやりすぎて悪かったというのがありますが、それを見ても堆肥をやりすぎるといけない。堆肥をやりすぎると、やはり土を殺すんです。私のに書いてある通り、堆肥というのは土を固めないことと、稲なんかは根を温めるためと、野葉物は乾くから水分をなるべく保存しておくために行なう……そういう意味で書いてありますからね。だからたとえてみれば、稲なんか暖かい土地……緩かい所は藁を切ってやらなくても良いんですよ。あれは根を温めるためだ。土を温めるためだと、私は書いてありますがね。寒い所はや。たほうが良いが、暖かい所はやらなくても良いんですよ。それからあまり乾かない所はやらなくて良いんですね。それから、土が固まらない所ですね。固まらない所はやらなくても良い。ですから……土が古くなると、あまり固まらなくなります。
 
それから、浄霊もそうですね。あれは書いてある通り、肥料を減らす方法ですからね。だから五、六年経てば肥料がなくなりますから、肥料がなくなれば浄霊の必要もないんですね。私のに良く書いてありますから、そのままに解釈し、そのまま実行すればうまく行くんです。ところが、そういうところがいままでの観念が残っているので、私の考えと食い違いが起る。そのことをいま読ませます。
(御論文「自然農法の勝利)およびお蔭話朗読)〔「著述篇」補巻二、四五五〜四六一頁〕
 
 それからいろんな……品種なんて言いますね。農林第何号とかね。ああいうものはなにも必要ないんですよ。良い品種が穫れた所というのは、肥料の少ない所なんです。だから肥料なしでやれば、一番良い品種ができるわけですね。おもしろいのは、ジャガイモなんかは北海道が良いと言って、北海道から取り寄せますが、北海道は土地が広いので、肥料が行き渡らないんですよ。そういうわけでジャガイモなんかも無肥料でやれば、とても良いものができますよ。それから連作が良いというのもそうなんです。よく、昔から連作がいけないというのは滑稽ですよ。一番連作をするのは水田ですよ。毎年稲を作っている。ところが畑のほうは、茄子はいけないとか、なにがいけないとか言って、品種を変えていきますがね。ところが、稲や……米は昔から連作してます。いけないものなら変えていかなければなら
ない。そういうところに気がつかないんですね。そういうわけで、稲の品種を心配する必要はないということだけ知っていれば良いですね。
 
それから、自然栽培のほうはおいしいですからね。いま読んだ通り、搗き減りがなかったり、炊き増しするというような点の利益もありますしね。うまいということがたいへんな意味があるんです。というのは、うまいとどうしても野菜を多く食べますからね。野菜を食べると健康にも良いし、第一性質が変わる。人間の性質がね。いまの人間は気が荒くて、じきに喧嘩したり殺したりしますが、あれは食物が非常に関係がある。ところがいまのものは、肥料が多いので不味いですから肉とか魚を多く食べる。それでなければ食物とは思わないですからね。私なんかも、動物性のものがうまいでずからね。野菜は不味いですね。ところが無肥料になると、野菜がうまいからね。白人種が闘争を好むのは、食物の関係が非常にある。だから白人文明と言っていばってますが、一番争いが多いですね。争いは東洋人のほうが少ない。だから世界を始終騒がしているのは白人ですよ。これは、白人はよく考えてもらいたいですね。
 
アジアの人間は。実に柔順で善人が多いですね。そんなわけで白人種も、ミロクの世になるについては、野菜を多く食べさせる必要がある。それには野菜がおいしくならなければならないので、無肥料になれば野菜がおいしくなるから、人類に益するところが甚大です。これはちょっと気がつかないですが、そういう点も大いに知らせなけれぱならないですね。 
御講和編第7巻(P259-261

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四月二六日
御教え 自然栽培について、今度佐渡のほうから報告が来たんです。座談会です。これは、私の言った通りにやって、また、その通りの結果を得られているんですから、これを大いに参考にしたほうが良いと思うんです。その中で一番肝腎なことはぐ私の説には浄霊しなくても増収する。増産になるということを書いてある。あれを忘れている……というよりか、あまり軽く見ている人が多いんですよ。そのためになんでもかんでも、浄霊しなくてはいけないように思ってやっているんですが、そうではないんですよ。それは私の考えといくらか食い違っているんですね。浄霊しなくても増産になる。浄霊をしなくては増産にならないとじたら、それを見た隣の百姓やなんかは、信仰に入らなければ増産にならないということになって、自然栽培やなんかを実行しないようになるんですよ。やっぱり、一つの宗教宣伝だ。巧妙な宗教宣伝だと解釈されるんですね。それではおもしろくない。そうすると、食糧増産するのが遅れるわけですね。信仰に入らなくても、肥料さえなくすれば良いというのだと、ドンドン実行しますから、普及するのが早いわけですね。私は信仰を宣伝するために利用する意志はないんですからね。日本が早く食糧増産になるようにという点を祈念としているんですから、その点を考え違いしないようにしてもらわなければならたい。
 
病気を治すほうは、信仰によって大いに効果がある。健康になる。’これは結構ですが、自然栽培のほうは、ぜんぜんそういうことを一緒にしないで、信仰でなく栽培法だけの改良で充分増産になるんですから、それで良いわけなので、早く日本中……そういう自然栽培の人を多くして、増産になるようにするということが肝腎なんです。
 それから、先にこういう人があった。これは新聞にも出てますが、堆肥が良いと思って水田にまで堆肥をうんと入れて、失敗ではないけれども、前年より減った……減収したという例がありましたがね。ああいう具合にどうも堆肥に囚われすぎるんですね。囚われるということは、土の威力を無視することになるのです。ですから今度はなにも……堆肥もいらないんです。それから浄霊の必要もないんですよ。ただ、浄霊するというわけは、肥毒を減らす効果があるんです。それですから、肥料のある間は浄霊は結構ですが、五、六年も経てば肥毒はなくなりますから、そうすれば浄霊しなくても良いんです。そういうふうに考えていれば間違いないです。いま読ませます。
 
(御論文「自然農法の勝利」およびお蔭話朗読)〔「著述篇」補巻二、四五五−四六一頁〕
 この中で、ちょっとおかしな所がある。畑ですね。畑作のぼうはまだそうしないという意味のことがありましたが、これはなにか間違っているんじゃないかと思うんですよ。畑のほうが、自然栽培は水田よりもよけい効果があるんですよ。というのは、水田のほうは大雨が降ったりすると、荒れますから肥毒が流れるんです。ところが畑のほうは肥毒が流れないから害をするんです。そこで畑のほうが水田よりもいっそう効果がある。これはやった人は知っているでしょうが、イモとか豆とかは一、二年で倍になるんですね。もう一つは、米の本質……種類ですね。これは、まだ。知らないだろうが、神様は最初米を作られたのは一つなんですよ。それがだんだん年代が経つに従って、いろいろ分かれてきた。それはどういうわけかというと、土地の……土がみな違うんです。それと気候ですね。それから水の多い少ないとかですね。土の変化ということも、精しく言うといろいろあるんですが、一番気のつかないことは地霊ですね。地球の中心の火ですね。火から始終霊気が立っているので、それが地層を通って地殻を通して発散している。
 
 そのときに地殻の変化がいろいろある。厚い所と薄い所がある。それからまた亀裂がある。そのために亀裂の所からは地霊が強く発散するわけですね。そうすると、土に変化を起す。鉱物というのは亀裂の所から霊気が強く発散しますから、硬化作用が強いので、鉱物が発生する。これはぜんぜん学問にもないので、思いもつかないんですが、本当はそうです。そこで地層の厚い薄いが非常に関係がある。地球上でも、日本は地層が割合薄い。というのは、日本は新しくできたですからね。これは『信仰雑話』にも書いてあります。地層が薄いから地霊が強く出るので、日本の土というのは非常に肥えている。世界中で一番肥えている。そこで、日本で自然栽培をやれば良く穫れる。それを知らないために、いろんなことで地力を殺しちゃうから、収穫がなくなる。それで今日のように輸入しなければならない。
 一ヵ年に1000万石も……人間の食うだけ足りないというのは、そういうわけです。
 
 それからもう一つは、その土地に生える木の多い少ないはたいへん関係がある。日本は木が多いですからね。雨が降って、木の汁が流れていって土に変化を起させる。それから山がたくさんある。山の蔭になったり、いろいろして土に変化を及ぼす。そんなようないろんな関係があって、そこで稲の品種が違ってくるんです。品種が違ってきて、それで良いんですがね。それを、北海道にできたものを本土に持って行って植えるとか、九州にできたものを関東に持って行って植えるというのが間違っている。種というのは、その土地に適当したようにできている。北海道のジャガイモなんかが良いといって、こっちに持ってきて植えるのは間違っている。あっちは広いので肥料が行き渡らないから良いので、こっちでも肥料をやらなければ成績は良くなる。そんなことを知らないから、かわいそうなものです。
品種なんてどっちでも良い、一年でも無肥料で育った種なら良いんです。そのくらいにしておきましょう。
 
 私が今度……明後日奈良、京都方面に行くんですが、それはなんの目的かというと、私が去年あたりから、日本の仏教芸術を研究してみると、日本の彫刻、特に木彫ですね。これが非常に優秀なものなんです。私は驚いたですね。しかも奈良朝時代にすでに立派なものができている。ごこの間の三越であった興福寺の展覧会に出ている阿修羅なんかは、たいていの人は見たでしょうから知っているでしょうが、実に良い作ですね。他にもいろいろありましたが、あれが千二、三百年前にできたんですから、たいしたものですね。ですから、あの時分にできた彫刻でも、力士なんていう力を入れたものとか、帝釈天、多聞天という力を入れたものはすばらしいものです。それが空想的にできたものですがね。とごろがロダンなんていうのは、だいたい写生ですね。ロダンは力の彫刻としては有名になってますが、日本の力の彫刻なんかと較べるとロダンのほうは足下にもおっつかないくらいです。そういう、日本にすぱらしいものがありながら、それを無視してロダンなんかを崇拝しているのは、実際おかしくなるんですね。ですから日本はすばらしい美術品があると思う。日本人の美術的感覚というものは世界一です。ですからこれを大いに外国に知らせるその下に私の色紙があった。それでその色紙を取って、私の色紙だけを掛けた。それからなんともなかった。そんなことがあったんです。
(御論文「医学迷信」朗読)〔「著述篇」第一〇巻七四九―七五二頁〕
(御論文「唯物主義が悪人を作る」朗読)〔「著述篇」第一〇巻四八四―四八五頁〕
御講和編第7巻(P253-258)
 
 
 
 

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四月二五日
御教え 自然農法について、今度佐渡のほうから座談会の記事が来たのです。これは、いままでのこういったお蔭話中でも一番良いんですよ。それは、私の言う通りにやっているんです。だから成績がなかなか良いんです。で、今度新聞に出しますが、非常に参考になると思うので、いま読ませます。
 
(御論文「自然農法の勝利」およびお蔭話朗読)〔「著述篇」補巻二、四五五―四六一頁〕
 
で、いまある通り切り藁ですが、これはやっぱり一一月にやったほうが良いと言いますが、これはそういうわけなんです。ちょうど一一月ごろやると、植え付けの時分には腐って柔らかくなるのです。それで、藁は暖かい所は必要ないんですよ。ごく寒い所ですね……東北のような所ですね、以前書いてある通り、土を温めるだけの効能ですから、暖かい所はいらないわけですね。これにもある通り、なにもやらないで土だけが良いとありますが、これはちょうど私の説に合っているんですよ。浄霊も肥毒を取るんですから、だから四、五年以上先になると、浄霊の必要がなくなるんですよ。肥毒がなくなるからね。そういうわけだから、その気持ちでやれば良いんですね。これにもある通り、浄霊しなくても:…信者でなくても、米をたくさん穫ることはできるということですね。これを一般に知らせると非常に良いんですよ。ぞれでないと信者にならないと、どうも穫れないということになると、普及するのに非常に暇がかかりますからね。信者になる、ならないは二の次にして、日本の国の食糧問題を一刻も早く解決しなければならない。
 
それには信者にならなくても、浄霊しなくても増収するということを、未信者にもよく言って呑み込ませるんです。それで良いんですからね。だから浄霊しなくては穫れない。と言って、信者を作るような意志がちょっとでもあってはいけないです。’病気のほうは信者になったほうが良いですが、自然農法のほうは、肥毒さえなくなれば豊作になる。その点をよく心得てやってもらわなければならない。
 この間の日比谷のときも言いましたが、こういう点が自然農法の効能ですね。で、それは非常においしいんですよ。野菜でもね。これは、米に限らない。いっさいの作物ですね。ところがいままで肥料を使っているだめに不味いんですね。不味いからして、どうしても肉や魚を食いたがるんです。私でもそうですからね。やはり、近ごろ自然農法で穫れたものをだいぶ食べるようになりましたがね。だいぶおいしいから肉より野菜を食べたいんですが、以前と。きたら、野菜は不味いんです。だから、ついごちそうといったら、動物性のものを食べるようになるんです。だからして西洋は昔からそうですが、日本でも近ごろ非常に肉食が多くなってきた。
 
動物性が多くなってきた。そうすると、精神的にどうしても気が荒っぽくなる。怒りたくなる。そこで白人くらい戦争好きなものはない。野蛮人が戦争好きと言うが、野蛮人より白人のほうが戦争好きです。野蛮人は部落と部落の戦争はやります。ところが白人は、戦争によって自分の野心を遂げようとするのが、歴史にたくさんありますよ。それから社会的の争いですね。裁判とかあるいは警察の取り締まりとか、そういうことが非常に必要になるのは、肉食の原因が非常にあるんです。私は七、八年前に……私の本にも書いてありますが、川治温泉というのがありますが、川治温泉と日光の間くらいの所に、湯西川という温泉がありますが、そこに行ったときに、戸数が九〇戸で、人間の数が……六○○人という村人がおりますが、そこでは絶対菜食です。川に鮎があっても食べないんです。先祖から食べたことがないから食べたくないと言うんです。鶏もないんですからね。鶏を食べようと思ってもないんです。とうとう隣村まで行って買ってきましたがね。鶏がいないから、無論卵もないんです。そこでは問題が起ると、宿屋の親父が一人で裁いている。それですんでいるんですからね。病人なんかないんです。肺病なんか無論ない。というのは、そこの村は絶対に東京なんかの都会人とは結婚しない。
 
絶対に村中の人間と結婚しているんですね。たまに……日光が一番近いから、日光の人とはたまには結
婚するらしいですがね。あとは絶対に村中でやる。なぜかというと、東京なんかとすると肺病になりやすいので、そんな危険なことはやらないほうが良いというので、村中ですんでいるんですね。そういうわけですから実際理想的ですね。天国みたいな村です。私はそのときに……だからみんな心が穏やかで、そこのいろんなことを宿屋の娘に聞きましたが、娘も二〇くら?で女学校ですがね。女学校は日光の女学校に行くが、非常に頭が良くて、話し方もめったにないくらいにはっきりして気持ちが良いんですね。そういう点を聞いてみると、菜食というものの影響……これが非常にある。だから、つまり自然農法も、そういった米にしろ野菜にしろ非常においしくなりますから、どうしても多く食べるようになる。そうすると、そのために人間に、精神的効果が非常にあると思う。だから、自然農法の効果は、いままでそれを言わなかったが、近ごろそういう点に非常に影響があると思ってお話するんですがね。だからそういうふうになると、西洋で古野菜をもっと多く食べるようになりますね。外人ですね。もっとも外人でも菜食家というのはありますがね。死んだバーナードーショウなんかは有名な菜食家ですね。ですから、やっぱりミロクの世の、
 
 
 
御講和編第7巻(P247-249)

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昭和四月一七日
御教え ちょっとおもしろいのでいま読ませます。
(御論文「神人合一」朗読)〔「著述篇」第一〇巻四七九―四八〇頁〕
ちょうど、いまのと繋がっているようなお蔭話ですから。
(お蔭話朗読)〔「著述篇」補巻三、三七三―三七八頁〕
 それから原子爆弾はこの御守りを懐に入れていると、まず大丈夫ですね。そのお蔭話を出せということを言ったと
ころが七つ来たんですよ。そのうちの一つだけをいま読ませます。それと、論文をちょっと添えてあります。
 
 
(御論文「原爆恐るるに足らず」およびお蔭話朗読)〔「著述篇」第一〇巻四六七―四六九頁および「著述篇」補巻三、
四七九―四八二頁〕                       .ヽ
 
 まがお蔭話が六つあるんでずが、これが一番良くできてますから、これ一つだけ読ませたんです。
 それから話は違うけれども、今度ですね……新潟県の佐渡で自然農法の座談会があって、その記事を昨夜読んだのですが、佐渡で三〇人くらいで座談会をやったんですが、一人も減収しないで、最初から少しずつ増収になってますね。一番良いのは八俵一斗とかです。たいてい一、二年。三年くらいが多かったですね。それで、勿論品質も非常に良くってだいぶ評判になったそうですがね。ただおもしろいことは、私の言う通りにやったんです。よくほうぼうで自然農法をやっても、いままでの習慣や、いろんな事情によって、私の言う通りにやる人は少ないですよね。どうも……あまり違うので、信じられないんですね。ところが佐渡だけは、私の言う通りやった。というのはなにかと言うと、堆肥に重きをおかなかった。ですから、水田に藁を細かく切ってそれを混ぜただけなんですね。で、中にはいく
らか堆肥を水田にやった人もあるけれども、成績が悪いんです。で、水田に堆肥をやらないほど成績が良いんです。
堆肥を水田にやれと、私は書いてありませんよ。堆肥は畑に、藁は水田にと書いてありますからね。佐渡は今年から、無論堆肥もやらなければ、藁もやらない。土だけでやることが、二番成績が良いように思われる。ということがありましたが、これが本当なんです。本当はなにもいらないんです。もう一つは、浄霊をしなくても増収になる。これも私の言う通りです。で、私は……土そのものがたいへんな肥料なんだから、瞥えてみれば、藁をやると、藁が肥料になるんでなくて、ただ根を温めるだけだ、ということが書いてありますね。だから、ごく寒い所ですね……東北地方のね……そういう所は、温めるのに藁をやる必要がありますがね。
 
その他の所はやる必要はないです。それから、浄霊は肥毒を消す方法ですから、やれば良いんですが、浄霊しなくても、肥料さえなくなれば良いんです。いままで浄霊をあまりしなくても、増収になった。今年からは、浄霊すれば、なお一層増収になるだろうから、今年からは浄霊するということがありましたがね。そんなわけで、浄霊も肥毒がまったくなくなれば、する必要はないんです。薬毒と同じですからね。薬の気がまったくなくなれば、浄霊の必要もなしというわけですから、その根本をよく腹の中に
入れておくんですね。それから畑に堆肥をやるにも、土を固めないとか、あるいは乾かないためにやる。肥料じゃないというのですから、これも適宜そういったような意味でやれば良いんです。私はひところ注意したんですが、このごろはそうでもないですが、堆肥に肥料があると思って、むやみに堆肥を使ったですね。
 
 自然農法は、どこまでも土ですね。土そのものを生かすんですからね。で、だいぶ各地で解りかけてきたようで、未信者の方でも関心を持って、中には試作を始めた人もあるようですがね。まあ、農林大臣の広川さんですね。あの人なんか、非常に堆肥をやれというようなことを言ってますがね。化学肥料はあまりやらないほうが良いということを・・だいぶ自然農法の信者になりかかってます。今年などはだいぶ信者のほうでも解ってきた人が多くなってきたので、非常な成績だろうと思います。
 
  それから、メシヤ会館ですね。これは昨日できたんですが、柱は人造石でやります。で、その間を真っ白に塗るんですね。それは、できあがったち天然色写真を撮って、世界中に配るわけです。、建築家も驚きますよ。世界にないんだからね。ビルディング型とか、劇場的とか、そういう建築はありますがね。宗教的なのはないです。やっぱりコルピュジエ建築ですがね。コルビュジエ建築で宗教的な建築は世界中にないんですからね。メシヤ会館がもっとも新しいです。それから、建てるとしても、こういうような着想は外人にはないですね。それはなぜかと言うと、専門家の画いてきたのがある。同じようなものゼすがね?宗教建築というのは三角の屋根になって、柱が何本もある。世界的の宗教建築では、有名なパルテノンにあるんですね。いま、古くなって半分壊れてますがね。それから西洋の建築の写真に出てますが、てんで問題にならないですね。
 
御講和編第7巻(P242-245)
 
 
 
 

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