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ヨゼフィーネさんが彼女のブログで、「ロザリオの喜びの玄義」の彼女なりの黙想を記事にしていますが、私はそれをコピーしたものを用意して教会の中で祈りました。私の息子と私自身のためにです。
すると、あるイメージがありました。 それは、中世の時代のような聖母が二人の赤ちゃんを神さまに捧げてくださっているイメージでした。そして聖母はおなかにイエズスさまがいらっしゃるようでした。
ヨゼフィーネさんの祈りが書いてあるページ。
その聖母は、あとで気がついたのですが、ノートルダム・ド・パリの聖母像を思い出すものでした。実際のノートルダムの聖母像は幼子のイエズスさまを抱かれています。
そういえば、私が最初のに出会った聖母像は、ノートルダム・ド・パリの
聖母像で、何度訪問してもここは私にとっても特別な場所でした。
そんな話を聞いて下さる友人のリクエストで自分とかみさまとのことの
一部を書かせていただくことにしました。
実は、このブログの題名を決める時、この場所をまず思い出しました。
↑30年前のサンルイ島です。
仕事で一人でパリに行った時。(おそらく、11月末)
↑数年前の、サンルイ島、同じ所。
友人と二人でルルドに行った時にパリに寄った。(8月)
(30年ぶりに、ポーンとじゃないんです。
最初の写真の前に、仕事で団体で何度か出掛けているし
次の写真の間にも、新婚旅行とかメジュゴリエ巡礼で
寄っていますけど。)
30年まえの写真の時の私は、まだカトリックの洗礼を受けていませんでした。ちょうど女子パウロ会(乃木坂)で勉強させていただいていたころです。
仕事は、順調ですし、家族の愛に見守られているし(離れて住んでいますが)友人や同僚にも恵まれていました。身体は弱かったけれど仕事をするには問題がありませんでした。
そんな環境でありながら、子供のころから「存在のさみしさ」があり
20歳になるころには「内面のみにくさに苦しみ」
心は、さみしく 霊魂は干からびていました。
そのうち、生きて行くのが辛くなりました。
そんなある日、
みことばでイエズスさまに出会いました。
(長血をわずらう女のところ・・・その女が自分。
そのときに、イエズスさまが 今も 生きておられるという確信をいただきました。)
「谷川の流れをしたう鹿のように 主よわがたましい あなたをしたう
あなたこそ我が盾 あなたこそ我が力 あなたこそ我が望み
我は 主をあおぐ」(鹿のように:Matin Nystron)
↑のような心境。
そんな中での、3カ月間一人のヨーロッパ行きが決まりました。
↑
30年前のノートルダム・ド・パリ(11月末ころ)
もう、霧もではじめてました。
高村光太郎の詩
「おお ノートルダムよ 私はここにいます・・・」って心境。
最初の宿が、サンルイ島の小さなホテルです。毎日
橋を渡り、シテ島のノートルダムに通うことができました。
初日、夕方のノートルダムには、人がほとんどいなくて
ご聖櫃がどこにあるかもわからず、ひろーくて薄暗い聖堂の中の真ん中辺のイスに座りました。
そのころは、シスターから、聖書と入門の本しか学んでいなくて
実は、祈りを教えられていませんでしたので、心でイエズスさまに
話しかけているだけでした。
その日は、ぼーっと椅子にすわっていただけですけれど
涙が悲しくもないのに、流れて流れて止まらないのです。
しばらく、幸せに(?)ただ泣いていたのですが
ふと、後ろを振り返ると若い外国の青年も、すごく泣いていました。
そして、自分に何が起きたのかもわからないまま暗くなったので
ホテルに帰ることにしました。
橋をわたっている時に、突然まわりの風景が変わりました。
同じ場所なのに違うんです。ものすごくきれいなパリ、
昔のパリの絵葉書の中にいるような感じなのです。「なにがおきたのか」と
思っているうち、といっても一瞬ではなく長い時間でしたから
驚きました。また、現実の風景にもどりました。
ホテルでは、ろくにフランス語も話せないわたしに、とっても
意地悪な同じ年代の女の子がむかえてくれましたけれど、
わたしの最初の一言で目を見張って驚きました。そしていじわるも
なくなりました。
このように、そこに座れば、滝のように涙が出て癒されていくのが
3日間続きました。
わたしは癒されて、 毎日さみしくもなく、恐れることもなく
長い旅を続けることが出来ました。
あとで、私が座った場所は聖堂の真ん中で、聖母子のご像が隣にあったということがわかりました。ご存知かも知れませんが聖母子像の足台は
私たちの頭の位置よりも上にあり見上げなくてはなりません。
(なぜ、分かったのかというと、次の日かなあ、目の前にうつくしい光景を見たからです。 やせて貧しい身なりの老人がひざまずいて
みあげて祈っていました。彼は 脱魂状態でした。絵のように
美しかったのです。彼は、聖母子像を見上げていましたが、本当は
御像を見ていたわけではないでしょう。
私は、色もついていない古い聖母像のことを何も知らず、なにか
古い木のようなものがあるなあ・・(汗)という認識だったのです。
ばかですねぇ〜)
最近わかったのですが、
ご聖櫃は、聖堂の突き当たりでずっと先の方です。
どういうわけか、数年前友人と寄った時は、映画のせいでしょうか
大変混んでいて、記帳ノートまであり大人気のノートルダム内でしたが
聖母に跪いたとたん、時をなくしたかのように祈って(すみません、なにをいのったのやらわからないし、いつもは 全然祈りできてないのに)
涙の恵みもいただきました。
これから、神様と共に神様に助けられつづけの旅が始まるのでした。
聖母のことは、誰かに聞いたことでもなく本を読んだでもなく
洗礼前ですが、聖母のほうからきてくださったように思うのです。
以上でっす、フラワーローズさん!
ガビィ
✡ み旨のままに、イエズス・キリストによって私たちをご自分の養子にしようと予定された。
それは、愛する子によって私たちに無償で授けられた恩寵の光栄の誉のためであった。
(エフェソ人への手紙 1;5〜6)
↑
いつものように、みことばくじでひいたものですが、読んで涙が出ました。
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