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いつか来た
どこに住んでも旅人

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突然ですが、母が9日に亡くなりました。
 
8日に洗礼をさずけることができました、祈りの友人の方々
お祈りをありがとうございます。
 
(臨終の場合、信徒の授けた洗礼でも有効なのです)
 
 
洗礼名は、マリア ラファエラです。
 
肺の持病を持っていた母が急に肺炎になったといわれ
抗生剤がきかないまま急に弱っていったようです
 
兄から連絡を受けて8日に新幹線にのりました
6日の日曜日には、洗礼だけさずけて帰るつもりでしたので
友人たちに洗礼ができるようにお祈りをお願いしました。
きっと持ち直してくれると思っていたから
 
8日に駅に着いたとき兄が車で迎えに来ていて、10分後に
北海道からの弟も着きました。
 
3人で車で病院に向かったのです
さて、母には以前から「臨終洗礼をするね」と伝えてあったのですが
兄弟はカトリック信徒ではありません。
(このままいくと、母と二人の時間はむり!)
 
(いうしかない!)
 
ガビィ「・・・・以前から母の承諾を得ていたので洗礼の祈りをするから」
 
兄「えっ!?キリスト教の儀式?」
 
ガビィ「そう、臨終洗礼は信徒でも有効なんだよ」
 
兄「臨終とは、嫌な感じ。・・・悪魔祓いでもなんでもやってください」
 
(なんというこというの・・・まあ賛成だからよかった)
 
弟も反対していない様子。
 
部屋に入ると3人の医者がいて長い説明がありやっと出て行ってくれた。
 
ガビィ「さあ!このチャンスに洗礼をしなくちゃ!」
 
弟「どんな儀式をするのか・・・扉を閉めたほうがいいね」
 
母は酸素マスクをして苦しそうでしたが、私と弟を
 
「まあ、遠くから来てくれて・・」と認識してくれました。
 
ガビィ「洗礼の祈りをするね」
 
母、うなずく その前に体を起こしてもらいたがる
 
洗礼を授けてから洗礼名を伝えたら兄に手帳に書くように指示して
兄が書いて、私の洗礼名も書いて母に見せていました。
 
お水を弟に飲ませるように言ったり、私と弟の手を長い間にぎりしめていたりしたので今から考えると最後を知ったのかとおもいます。
 
次の日のお昼に亡くなりました。
 
眠っているような穏やかな顔でした。
 
父の時は、臨終洗礼ができず私はずっとひきずってきたので
今回、母の洗礼ができて心から感謝しています。
 
お祈りをしてくださった友人たちにありがとうを言います。
 
もう私の事を命かけてかばってくれる人はいなくなったなとさみしく思いました。
すばらしい母だと心から思っています。
 
母にありがとう、まりあさまにありがとうと言います。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
私が小学生のころの母 (父の撮影)
 
 
 
 
 
 
*「ガリラヤ人よ、なぜ天をみつめて立っているのか。今、あなたたちを離れて天に昇られたあのイエズスは、天に行かれるのをあなたたちが見たように、またそのようにして来られるであろう」
 
     (使徒行禄1:11    バルバロ訳)
 
 
 
*「ガリラヤの人たちよ、なぜ、天を仰いで立っているのか。あなた方を離れて天に上げられたあのイエスは、天に昇るのをあなたがたが見たと同じ有様で、またおいでになるであろう」
 
                  (フランシスコ会訳)
 
 
 
 
 

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