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私どもの教会では、信仰年ということで3度目の日帰りバス巡礼が企画されました。 またまた、ヴェロニカさんとエリザベットさんは働いています、企画にのせていただいて連れていってくだされ!
 
お昼も付いて2500円とはうれしいです。
 
 
 
どのような巡礼の一日だったのでしょう(9月14日)
 
1、カトリック本所教会(日本26聖人殉教者)
 
 
14歳のトマス小崎のご像を見たいと思っていました、思ったより大きい。
意外な場所にトマス小崎のご像はおりました!
 
 
 
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スカイタワーがとても近いのです。
教会の方からスカイタワーのビスケットのおみやげをいただきました!
 
 
 
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聖堂内はこのような感じです。マリア様が素敵です。
 
 
 
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トマス小崎のご像です。
 
 
1597年1月に豊臣秀吉の命令で京都や大阪にいた信者たちが捕えられて、京都から長崎まで900キロも歩かされ26名が長崎ではりつけにされて殉教しました。
そのうちの14歳のトマス小崎の母への励ましの手紙を書き写します。
 
 
 
トマス小崎の母への手紙
 
 神の御助けにより、この手紙をしたためます。
パードレ以下われわれ二十四名は、列の先頭を行く制札に書かれた判決文のように、長崎で磔刑を受けるため、ここまでまいりました。私のこと、またミゲル父上のこと、ご心配くださいませんように。パライソ(天国)ですぐお会いしましょう。お待ちしております。たとえパードレがいなくても、臨終には熱心に罪を痛悔し、イエズス・キリストの幾多の御恵みを感謝なされば、救われます。この世ははかないものですから、パライソの全き幸福を失わぬよう、努力なさいますように。人からどんなに迷惑をかけられても耐え忍び、すべての人に大いなる愛徳を施されますように。私の弟マンシオとフェリペを、どうか異教徒の手に渡さぬよう、ご尽力ください。私は母上のことをわれわれの主にお願いいたしましょう。母上から私の知っている人々によろしく申し上げてください。罪を痛悔するのを忘れぬよう、再び重ねて申し上げます。なぜなら唯一の重大なことなのですから。アダムは神にそむき、罪を犯しましたが、痛悔とあがないによって救われました。
 十二の月二日  安芸の国 三原城にて
 
 
 
 
この手紙は母親のもとに届くことなく、処刑された父ミカエル小崎の着物の襟から発見された。
 
 
 
 
 
 
2、元和キリシタン遺跡 「札の辻」
 
江戸キリシタン大殉教地
 
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神父様と教会の皆さんとお祈りをしてきました。
 
 
 
 
 
 
 
3、カトリック高輪教会(殉教者の元后)
 
 
江戸キリシタン大殉教地に近いため 殉教者の元后 と教会堂名がつけられました。
 
 
 
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カトリック高輪教会聖堂内
 
 
 
 
 
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江戸大殉教図  画:江副 隆愛
 
 
徳川3代将軍家光によるキリシタン迫害政策、1623年12月 50名の火刑。
 
その後、数年にわたりこの地では100名の処刑があり江戸全体では2000名近くの人の殉教がありました。
 
しかし、国はすべての資料を処分して痕跡を残さないようにしたのですが イエズス会士がローマのイエズス会総会長に手紙を送っていたことから巡礼地などが見つけられたのです。
 
 
 
 
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踏絵:良く見えませんがピエタのレリーフのようです。
 
 
 
 
 
 
4、カトリック築地教会(聖ヨゼフ)
 
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東京で最古の教会。
 
明治11年にゴシック様式の聖堂が献堂されますが、関東大震災で焼失し、現在の聖堂が昭和2年に再建されました。
 
 
 
 
5、カトリック浅草教会(聖パウロ)
 
 
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カトリック浅草教会も関東大震災前の聖堂はゴシック様式でした。
 
 
 
 
 
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最後の教会は、十字架賞賛の祝日のごミサでした。
 
 
 
 
 
 
 
東京の殉教地に一度行ってみたいと思っていましたのでこの企画に参加できたことを感謝いたします。
 
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 
 
 
 
* イタイは王に答えて言った、「生ける主と、生けるわが主君、王に誓って申します。わが主君、王がどこにおられても、あなたの僕は、生死にかかわらず、必ずそこにおります」
 
   (サムエル記下 15:21)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おげんきですか 梅雨ですね。
 
昨日は、梅雨の合間の雨のない中をわたくしどもの教会では
大型バスで横浜巡礼にでかけてきました。
 
そう、教会でバス代を出してくださるのでお昼付きで2500円でした。
 
比較的安く巡礼に行くことができるのですよ。
 
またまた、ヴェロニカさんエリザベットさんたちが働いてくださいます、
 
祈りの仲間たちが一緒なので楽しい巡礼の日となりました。
 
 
 
 
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  カトリック山手教会につきました。
 
 
 
 
  
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ごミサがはじまります、山手教会の奉仕の方々に案内されました。
 
ありがとうございます、巡礼者の多い教会は奉仕の方もお忙しいですね。
 
 
 
 
 
      
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1862年 横浜天主堂献堂(横浜居留地)
 
1865年 長崎 大浦天主堂献堂
 
 
 
こちらの聖母像は、1868年にフランスから贈られたものだそうです。
 
美しいです。
 
 
キリシタン禁令の高札撤去が1873年です。
 
 
 
 
 
 
 
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山手教会祭壇の左手にあります、『ご聖体の宣教クララ会』の創始者の
 
御聖体の聖マリア・イネス・テレサシスターの聖遺物が安置されています。
(2012年に列福される)
 
横浜教区が最初の宣教地となりました。
 
いつも、ミオの黙想会でおせわになっている修道院なので
私たちはうれしかったです。
 
 
中央:ルルドの聖母像
 
左:ロザリオをもつベルナデッタ
 
右:日本人イザベラと4歳の息子イグナシオです、
 
長崎で宣教師をかくまったので殉教しました。
 
 
 
 
 
 
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横浜:港の見える丘公園でお昼をいただきました。
 
私はあの橋ができて実物をみたのははじめてです。
 
 
 
 
 
 
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こちらは、横浜のふたばという学校の門のそばの聖母子像です。
 
写真を写していると後ろから
 
Aさん「エリザベットさ〜〜ん!ここねぇ 私が小、中学校と通ったところなの!」
 
(まあ!それは懐かしいでしょうねぇ)
 
 
ガビィ「あら!関係者以外は立ち入り禁止と書いてある!
 
大変!」
 
エリザベットさん「大丈夫よぉ!卒業生が一緒だもの」
 
ガビィ(そうか!よかった よかった)
 
 
 
 
 
 
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外国人墓地なんですけれど
 
墓地ができたのは、アメリカ使節ペリーが来た時に亡くなられた海兵隊員がいたということが最初だそうです。
 
 
 
何分の一かは、カトリックの方のお墓がありました。
神父様をはじめ全員でおいのりすることができてうれしかったです。
 
上のお墓は
 
日本に最初に宣教に来られた『幼きイエス会』のシスター マリア マチルダです。
 
 
 
イメージ 7
 
 
こちらの聖母像は、『マリア会』のシスターたちのお墓をちょうど見守られるように建てられています。
 
 
 
 
 
 
 
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こちらが、横浜天主堂の跡の碑(再宣教後日本初の教会堂)
 
みこころのイエズスさまのご像ですね。
 
もう、すぐそばが横浜中華街の有名な入口があり
観光客もたくさんです。
 
私たちが一生懸命撮影しているので観光客の人たちも
 
「なにか有名なもの?」という風に寄って来られて
撮影していかれました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
* 神よ、わたしにはあなたへの誓いがあります。
 
あなたに感謝の捧げ物をささげましょう。
 
あなたはわたしの魂を死から救い、
 
わたしの足をつまずきから救われたではありませんか、
 
わたしが命の光のうちに、
 
神の前を歩むために。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
わたしどもの教会から、大型バス2台の大人数で
 
日本カトリック神学院とカトリック関町教会(保護の聖人:聖テレジア)に巡礼に行ってきました。
 
5月、さわやかな日でした。
 
 
 
イメージ 1
 
 
(神学院をご案内をしてくださった末吉神父さま:後ろの建物が聖堂です)
 
 
 
 
 
イメージ 2
 
(ルルドに行きますよ、足元にきおつけて:皆でロザリオを1連祈りましょうと神父様)
 
 
 
 
 
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古い建物しか知りませんでした。
新しくて立派ですね。
 
 
 
 
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皆様、存じ上げている神父様のカードをみつけて喜ばれています。
 
パネルはたくさんありましたが、私は特に古い年代のカードに関心が高く好きなのです。
 
 
 
 
(右下クリックで大きく見ることができます。)
1951年は、たくさんの司祭様が叙階されたのですね。
 
 
 
 
イメージ 8
 
 
(カトリック関町教会:1957年にドイツのケルンの教会の信徒達からの
援助で戦後の何もない中に最初に建てられた教会だそうです。
 
神学校と関係が深い教会だそうです。)
 
 
 
幼きイエスの聖テレジアと聖フランシスコ・ザビエルの
 
聖遺骨と聖遺物をたずねてたくさんの巡礼者が来られるそうです。
 
(聖遺骨は、1960年に「聖テレジア聖遺骨安置ミサ」ということが
おこなわれた記録があるそうで、その後2010年に香部屋の天井近くの戸棚に古い聖具と共に収納されていたのを発見しました)
 
 
 
外に出て待っていてくださっている神父様。
 
 
 
イメージ 9
 
 
(稲川神父さま)
 
幼きイエスの聖テレジアの生涯のお話をしてくださいました。
 
 
ごミサの最後に サンタ・テレジアの歌を歌いました。
12番まであるのですよ、歌ったのは3番までです。
 
 
関町教会は、2010年に聖フランシスコ・ザビエルと幼きイエスの聖テレジアの聖遺骨が顕示されて以来
 
「テレジアのように祈り、ザビエルのようにつたえよう」
 
がモットーなのだそうです。
 
 
イメージ 3
 
 
こちらは
おみやげにいただいたファイルです。
 
どちか一つが袋に入っています。
 
右は、聖テレジアの約束の薔薇の雨
 
左は、関町教会のお宝の数々だそうです。
 
 
帰りのバスの中では、主任神父様が サルヴェ・レジナを
 
歌ってくださいました。
 
とても、たのしくてすてきな巡礼でした。
 
中心になって奉仕してくださった、ヴェロニカさん、エリザベットさん
 
テレジアさん ありがとうございます!
 
いつも彼らは、働いていますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
*神がわたしたちに味方してくださるなら、誰がわたしたちに
 
逆らうことができますか。わたしたちすべてのために、
 
ご自分の子をさえ惜しまずに死に渡された神が、どうして
 
御子に添えてすべてのものをわたしにくださらないことが
 
ありましょうか。
 
  (ローマの人々への手紙 8:31−32)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヨゼフィーネさんの日本語の祈り↑
 

 

  
  (焦点が合わなくてすみません)
 
                             祈りと祈りの間の歌です
   
                            各国の言葉で歌われるのですが
 
                            部分だけアップしました
 
                            

 

                
                            日本語の祈りがすごくうれしいです。↑
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの
 
神である主を愛せよ。
 
第二の掟はこれである。「隣人をあなた自身のように愛せよ」。
 
この二つの掟よりも大事な掟はない。
 
その律法学者は言った、「先生、確かにそうです。主は唯一であり、
 
主のほかに神はないとは、実に立派なお答えです。
 
    (マルコによる福音書 12:30−32)
 
 
 
 
 

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