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2008巡礼ー17

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(ボスニア:ヘルツェゴビナ)


一緒に巡礼に行った方から写真が送られてきました、同じ時 同じ場所なのに違う空間を切り取っている、写真って面白いです。

写真1: 11月2日のミリアナさんへの聖母のご出現です、これはご出現の建物の外に液晶モニターがあり、内部から撮影しているものを外の人に見えるようにされています。撮影者、Fuさんは、外にいたのですね。

    ミリアナさんの聖母と話されている表情がとても生き生きしていて私にインパクトがありました、ミカエラさんたちにみせたくて載せます。


同じ日

http://blogs.yahoo.co.jp/myyurieru/3239052.html











✡ ところがイッタイは答えた、「あるじなる王様、主とあなたの命に誓って申します。あなたのおいでになるところには、私もお供をして生死をともにするつもりです。」

             (サムエルの書下:15−21)




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カード1: クロアチアのドブログニクのポストカード。早朝の出発だったので、バスの中からこの風景の朝の姿をみることができました。


カード2: ドブログニクの守護の聖人聖ブラホーさま、M氏は聖ブラホーが司教様だったのでこのカードを日本の司教様に差し上げる予定だとか、のどを癒される聖人ということで、M氏がカードを貸してくださいました、送り返しますね。ありがとうございます。


写真1: クロアチアのヒコーキの雑誌、記念に聖人のおみやげご像を買いました(自分用に)。



写真2: これは、ドブログニクに入る休憩所のスーパーで購入した、中身の分からない缶詰です。

     Hosoiさんがブログで紹介したらといってくださったので紹介しますね。

     中身は、野菜をトマトソースで煮込んだイタリアでいうところの「カポターナ」のようなものに「魚のフレーク」が入っていました、缶詰ですがおいしくいただいました。

わけのわからない食べ物をいただくのは、どきどきですが私は好きです。

ドブログニクの海「アドリア海」の対岸は、イタリアですものね〜と思ってしまいました.

Hosoiさん こんなところでいかがですか。


写真3: 私のだいすきな、アントンさん(パドヴァの聖アントニオさま)の御像です、これは木製でサイズは10センチです。

聖アントニオさまについて書かれた、日本語の本がありましたら教えてください。
 
古い本でも、譲っていただけるものがありましたら連絡してください、よろしくお願いします。










✡ あなたたちの中で、望ませ、行わせみ旨のままになさるのは神である。

       (フィリッピ人への手紙: 2−13)


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(ボスニア・ヘルツェゴビナ:メジュゴリエ)



カード1: スラフコ神父さまのつくられた、戦争の犠牲になった子供やお年寄りのための施設です。

      全体像が写せなかったので、ポストカード+ロザリオセットの物を購入してみました。

      メジュゴリエのプラスチックのロザリオいいんですよ、軽いから山登りのときに首にかけら
れます。



カード2: メジュゴリエ内にあるチュナコロという施設内の聖堂に描かれたイコンです。

      チュナコロは、薬物中毒で苦しんでいるたくさんの若者を助けるための施設です、全世界にたくさん建てられています、日本にはまだありません。

      この絵は、チュナコロの若者たちによって描かれました。

      聖堂内は、いつも祈っている若者がいて巡礼者の意向のためにお祈りしてくださいます、意向を紙に書いて入れる箱がありました。もちろん、わたしもお願いしてきました。










✡ あなたたちがもし善に熱心なら、だれがあなたたちに悪を行えよう。

            (ペトロ第一の手紙:3−13)




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(フランス:パリ)



カードをスキャナにかけました。

不思議のメダイ教会です(Chpelle Notre Dame de la Medaille)


カード1: 地球儀をもつ聖母(足もとも地球ですよね)、


カード2:  ナンバーが付いていて、裏に日本語の説明があるカードを選んできました。

      1−1830年7月18〜19日の最初のご出現の場所、聖母が座られた椅子はここに置かれていた。

      2−金の地球をもつ聖母像。1830年11月27日夕の5時30分、聖カタリナにメダイが示された場所に置かれた。


      3−聖ルイズ・ド・マリアックの聖遺物箱
        聖ヴィンセンシオと協働の愛徳姉妹会創立者

      4−聖カタリナは1830年12月、ここで聖母のご出現を見る(正確な日付は言われていない)
  
      5−1830年7月18日の最初のご出現を表す壁画


      6−聖カタリナ・ラブレの遺体 
                 1830年この聖堂で聖母をみた


      7−聖遺物箱
           聖ヴィンセンシオ・ア・パウロの心臓



カード3: 4番アップ


カード4: 外の門の「上にある、ご出現の時の様子のご像。



カード5: 4番アップ、別の写真。









✡ 自ら耐え忍ぶことによって、自分の霊魂を救わねばならぬ。

          (ルカによる福音書: 21−19)



2008巡礼ー16

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(フランス:パリ)


写真1: 11月4日(火)30分ほど滞在の、不思議のメダイ教会をあとにして、ノートルダム・ド・パリへ向かいます。


写真2: バス中からの撮影。


写真3: なんと、これがノートルダム・ド・パリです。

     夜のノートルダム・ド・パリの全貌を撮影したかったのですが、横に移動したため願かなわず。パリの法律が変わり、大型バスが近くに止められなくなったので30分歩くと言われていましたが、
若くて笑顔の素敵な運転手が罰金をかくごで近くにとめてくださいました、時間がなかったからです。

そのうえ、道の感が良くて素晴らしい運転術で、パリのなかでこのような運転手は2人しか知らないとガイドさんが言われていました。

     


写真4: ごミサでした、最後に聖母像にむかって歌われた「Salve,Regina」で、滝のように泣きました。


写真5: 30分ほどの滞在で、サクルクール寺院の撮影だけということで移動。


写真6: 移動中のパリの街。


写真7: サクレクール寺院、山の上ですし時間がなくて撮影だけ。

これらの、観光は初め予定になくて便の変更に伴いロスの時間が大幅に出てしまい、旅行会社の好意で
無料オプションでした。

はじめは、凱旋門と美術館と言われていたのですがこちらで希望を出して当日決まりました。



写真8: 飛行場へ向かう途中、お菓子やはみのがさない。

     ガイドさんが、パリの道は、車を少なくするために道路を狭めたのですごい混雑になっているけれど、今夜は「なにかあったの?」と気味悪がるくらい混雑がなくてスムーズに飛行場に着きました!


写真9: ベロニカさん、お気に入りのツリーを撮影、写す角度がベストじゃないようですが、がまんしてね。


写真10: ついでに、おそろいのエスカレーターも。     さようなら。









<B>
✡ 私は主であり、すべての生きものの神である。私にできないことがあろうか。

           (エレミヤの書:32−27)









 

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