柏秦透心ぃズの屋根裏部屋

オリジナルノベルを中心とした、柏秦透心の趣味の夢工場♪

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 闇に蠢く、それが「影」────陽の下を蠢く闇もまた、「影」であった。
 影は己が漆黒の色と同じくする人の心の闇に入り込み、人世を負へと導こうとする。


 道方の邸で玄鳥法師は一人休んでいた。
 邸内は外界とは別世のように、己が吐息を出さぬ限りは頑に静寂だった。
 ふと様子見に顔を上げるがごとく、玄法は庭に目に向けて呟くように言う。
 たゆたう黒煙が庭の土より沸き立ち、獣の形をつくった。
「影の首領か──」
 形を崩した黒煙が玄法に向かう。
「あいにくだが紫鬼の玉は渡せぬな」
 脇に置いておいた錫杖に手を掛け、そのまま庭に向けて突き出した。
──シャン。
 黒煙は風に吹き去られるように消えた。
「玄法様」
 草陰から、申が顔を出した。その後ろにはもう一人の青年の顔もあった。
「気付いたか。大事はない」
「……火の匂いがする」
「申……あれは」
 北側の空に、あちらこちらと煙が上っていた。


 真紅に漆黒が襲ねられ、その裾や袖に金色の花舞う文様を落とされている。
 その髪はなんの結いもなく垂らされ、この都にあっても麗しいだろう面を、その間よりうかがわせていた。
「そなたたちか。我らが同胞どもを亡き者にしている人間とやらは」
 声は、静かでありながら確かであった。
 桂らの目を引き驚かせたのは、くくっと笑うその人間が纏うものだった。
「なんだ、この禍々しい。気配なのかあるいは臭気か」
「これか」
 挙げられていくとともに、その腕には黒い影が炎のように巻き上がる。
 感じ取ったことのないはっきりした負の気配が、辺りを満たした。
 間違いなくそれは影そのものだった。いや、それに勝る以上のものを内に秘めていると桂は確信した。
「お前か……元凶は!」
「愚かしい」
 構える桂に向けくつと声を漏らすが、それはすぐに消え失せあらぬ方を見やる。
「……持っておらぬ、か。岐摩《きま》、蛔柳《かいりゅう》」
「ここに──」
 男のはるか足下の地面、気づけばそこには邪気を撒きながらぽかりと黒い穴が開いている。
 伸び上がる人影のように、黒煙で形をとったかのようなさきほどより一回り大きい獣の姿をしたものと、黒い薄絹のように黒い気配を纏った、人と見えるものが現れる。
「相手をしてやれ」
「御意」
「妖しめが。何者であれ災厄となるものは斬り捨てる!」
 いきり立ちだした幡治が柄に手を掛ける。
 その視界の端にもう一つのきらめきが鳴った。
「たまには私にも回してもらいたいものだな、幡治」
「汐畝──どちらが仕留めても文句はなしだ」
「当然」
「さっきのと違って逃げるんじゃねえぞ」
「来いっ!」
 だが男はくくと嗤うのみだった。
「どうやらそなたらが持っているらしいが、あいにくと相手をしてやる暇がのうてな」
「なんだと!?」
 反応が面白いのか、くくと零す。
「大火として焼尽くすのも悪くはないと思うたが」
 地から底響きする嗤い。男の足が地面より離れた。
 男の体はその衣をわずかに翻らせ、その輪郭を薄れさせつつ上を向くほどまでに浮かび上る。
 影が介入してならば分かろうが、人がその場で種もなく浮くという光景は、常人には奇妙で理解し難いものであった。
 四人は構えをみせたまま唖然と顔を上げていた。
 その時ただ一つの視線が、一直線に男を追う。
 影も含め地に足を着いていた者は、その時すぐ間近で大きく鳥が羽ばたいたのだと思った。
 塀を使い足を掛け、桂が宙を舞う。
 だが慣れないことに体勢は崩れ、男に届くどころではない。それでも男を狙う手と眼は離さなかった。
 渾身の一撃を、一矢なりと食らわせようと放ったが、男はすいとさらに空に溶け込む。
 どうにか着地した桂は体を立て直すより先に吠えた。
「貴様も降りて来い!」
「桂!」
「紫鬼の娘よ。影の生まれる処を知っているか」
「影の生まれる処?」
「そしてゆき着く先を……」
「待てっ」
「言ったはずだ。相手をしてやる暇がないと。せいぜいこの焼き損ないの都で、我らが同胞と存分に遊ぶがよい」
 言い終えた時にはすでに空は、日常のそれと戻っていた。
「くっ」
「桂……」
 声を掛けられても空を睨み据えたままだった眼は、次には地上の影へと向けられる。
 周りを忘れたかのように桂は足を踏み出した。
「待て、桂」
「何をする!」
 手首を掴んだ汐畝に桂は怒鳴った。
「自分だけとはぬけがけが過ぎるぞ」
「幡治。だが──」
「みくびってもらっちゃ困るな」
「そんなつもりではないが……」
「やれやれ、今回は私があぶれクジか。桂、ここは三人に任せよう」
 勒宵に桂は納得し難い表情を示したが、その背後の一角でまたおまけとばかりに火の手が上がる。
「……分かった」
「玄法様も心配だ」
「桧樋」
 桂は己の半身と呼ぶ小さき者を呼び出した。
「父上の所まで飛べるか?」
 桧樋は頭を一振りする。
「お願いだ」
 一陣に飛んで行く桧樋を見送り、踏み出した。
「頼んだ」
「ああ」
 勒宵もそして桂の後を追う。
 初めて対峙した実体らしき影の者を前に、ゆるり二つの白金が互い競って弓なりに反る。
 先行したのは幡冶の刀だった。
 翻り刃を避けた身は月輪に如く中を飛び、間合いを広げる。
 しかし男はいま一人を視界より取り逃がした。
「こっちさ」
 地に足が着いた直後、背後から声がしたのだ。
 振り向くとほぼ同時に細身の刀身が突上げるように顕れた。
「その身のこなし。女ではないようだが、舞踊の心得有りとみた」
「いかにも」
 不適に笑む汐畝は華やかな白拍子を思わせる。
 男の手にも腰にも、背にすら得物はない。
「愚かな人の子よ。図に乗るな……我が主よ! 私に剣をお与え下され!」
 手が一筋稲光にうたれたかと思うと、黒煙が沙のように纏わり黒光りする太刀が握られていた。
「その愚かしい身、貫いてやろう」
「蛔柳」
 黒い獣のその籠る声が同胞を叱る。
「オ館サマカラノオ達シダ。遊ビニシテオケ」
「遊びですむと思うのかよ」
「ヒトの小僧よ。オトナシク闇の祝福をウケルガイイ」
 自らの眼を底光らせ喉を鳴らしたが、又兵にとっては意に介すようなほどのものではなかった。
 そのかわりに先程からヒタヒタいう音が耳についた。
 音はその影と又兵本人の足を繋ぐ地面から出ていた。黒く染まり地より染み出したそれが、今か今かと解放の時を待っていた。
「又!」
 圧力が放出され、黒いドロドロとしたものが宙に飛散する。
 瞬く間にそれらは又兵の身体にへばりつき、その動きを封じてしまった。
「同胞共ヨ。骨ノ髄マデ食ライ尽クシテヤレ」
「……」
 又兵が声を出さないことに、獣の姿をした影は観念したのだと口角をにたりと上げた。
「ふふふ。音も上げられぬか」
 幡治や汐畝を牽制したまま、蛔柳と名乗る者はその幼さの残る少年のような顔で笑っていた。
 だが幡治や汐畝は絶望などしていなかった。むしろ目の前の敵に精神をいまだ集中していた。
「貴様の相手はこちらだ」
「心配ではないのか? 汚らわしき人の子よ」
「心配ならば貴様自身にするのだな」
「ナニ!?」
 つるりとした黒い塊の一部がみしりと鳴る。
「炎刃、散砂《さんざ》!!」
 走った割れ目より刃が突き出し、塊であったものはちりぢりに散る。
「遊びですむと本気で思ったのかよ」
 又兵は煤けたような出で立ちになってはいたが、口の減らないところは大事のない証しである。
 しかし影の者共はなおも声を上げて嗤う。
「フン。マダマダ遊ビニモナラヌワ」
「岐摩、私がやる。京に巣くう我らが同胞よ──」
 張り上げられた声とともに地へと突き立てられた刃に呼応するがごとく、辺りの気配がざわめく。
 一瞬にして辺り一面が闇に没した。
 土砂降りの雨に打たれるような感覚、それでいて深く鋭く幾筋と切り込まれるように痛覚が悲鳴を上げる。
 あまりの圧力に顔も手も、足も上げられない。声すらも。
「アマリヤルト死ヌゾ」
「そうか、遊びだったな」
 楽しむ口調で蛔硫はそれを緩めようとした。
 この苦行の中三人は、その隙を感じ取っていた。
「「滅・砕!!」」
 言葉に鳴動して覆う影が次々に剥ぎ飛ばされる。
「くっ、この──」
「待テ。言ワレタハズダ、遊ビダト。コノ辺ニシテオイテヤロウ」
 獣は肩越しに眼を据えてきた。
「勘違イをスルデハナイゾ、人ノ小僧ヨ。楽シミは後ニトッテオクノガ定石トイウモノダカラナ」
 都の辻は、今の今までの喧騒がなかったかのように時を戻した。


「今日は衛士が多いか」
 時は少し戻り、桂が辻を曲がると、呟きの当人である一人の青年が角に佇んでいた。
 桂は目にも止めなかったが、後から追って来た勒宵はその顔を見知っていた。
「鵡浪《むなみ》!」
「このあたりを封鎖した。衛士には見つかりたくはあるまい」
「頼む!」
 勒宵はいっそう足を速め、桂に並んだ。
「足は大丈夫だったのか」
「勒宵はいつも私の心配をしているな」
 並び走る横顔が笑う。
「有り難う」
 そう、いつも心配をしてくれた。その嬉しさにまた今日のような時、桂は救われる。
 火の手の上がっていた邸に入ろうとした矢先、二人はなぜかもうそこに行く目的はないような感覚を覚えた。
 門を潜り、火の元までたどり着くとまだ火は消えず、家人が大わらわでかけずり回っていた。
 ただ桂や勒宵には、その数刻前に目の当たりにした光景と同じものとは言えない違和感があった。
 それは持っている“力”がもたらす感覚だった。
 ここにはもうアレはいない。
 もしやとは思ったが、二人はこの場に踏み止どまった。
 任せたなら、いま目の前のことがやるべき事だった。
 慌てふためき、また怒鳴り合う人を掻き分け混じり、手近な水源から桶や盥を手に取った。


 遥か山並みに消えんとする幾条かの煙。それを見つめていた双眸の主は、ヒラリとその躯を宙に舞わせていた。
「都は美しい……だがそれは都だけのことだ」


   ……続く

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