夢の風ノート

夢とポエムと防災・危機管理のブログです!
 2019(令和元)年5月28日、7時45分頃、神奈川県川崎市の登戸駅(のぼりとえき)付近の
路上で、スクールバスを待っていた私立カリタス学園の児童18人と保護者2人が、両手に刺身包丁を持った犯人に刺されました。

 犯人は、近くに住む無職の岩崎隆一容疑者(51歳)で、刺された20人のうち、外務省職員で子供を見送りにきていた小山智史さん(39歳)と、カリタス学園の小学校6年生栗林華子さん(11歳)が死亡しました。
 また、犯行後、岩崎隆一容疑者も自分で首を切って、死亡しました。

 ここまで、なんと20秒たらずだったと言われています。

 しかし、この事件は多くの問題を提起しました。


 まずは、加害者が「ひきこもりがち」であったことから、「ひきこもりは犯罪予備軍」であるかのような間違った風評が広がったことです。

 しかし、これは間違いです。
 むしろ、「ひきこもりの犯罪率は低い」という調査結果があるように、ひきこもりは対人や社会への適用が苦手な人たちが多く、外出すら少ない人たちです。

 しかし、「学校も仕事も行かない」「高齢の親のすねかじり」などの、悪いイメージがもともと多かったひきこもりの人たちが、川崎殺傷事件の発生で「犯罪予備軍」のように、言われてしまいました。


 また、川崎殺傷事件の犯人が51歳であったことから、高齢のひきこもりの問題も大きな話題となりました。

 ちなみに、2018年12月、内閣府は初めて高齢の「ひきこもり」の調査を行いました。
 それによると、40歳〜64歳までのひきこもりは61万3000人で、15歳〜39歳の若年層のひきこもり54万1000人より多くなっています。
 さらに、ひきこもり全体では115万人以上にのぼっています。


 ひきこもりの定義は、「仕事や学校に行けず、家族以外とほとんど交流のない人」です。そのきっかけは、「不登校」と「退職」が多いと言われています。

 私や家族のことも含めて、他人事とは思えずに、いろいろ考えさせられますね。

 

<たくさんの花が供えられた事件現場付近(神奈川県川崎市)>

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 川崎殺傷事件が提起した2つ目の問題は、「拡大自殺」の問題です。

 加害者の岩崎隆一が、20人を殺傷した直後に、自殺したことに対して、「死ぬなら一人で死ね」というコメントがテレビやツイッターなどで、有名人から出されました。
 
 これに対して、社会的に孤立している人たちを追い詰めると、かえって犯罪を誘発するという意見も出ています。

 また、岩崎容疑者が実の両親ではなく、高齢の叔父夫婦と長年暮らしており、叔父夫婦の子供たちが、今回の被害者の子供たちと同じ、私立の名門で女優の紺野美沙子さんや乃木坂46のキャプテン・桜井玲香さんなどが卒業生にいる「カリタス学園」の出身でした。

 その従妹に対する岩崎容疑者の「格差コンプレックス」が、この学校を狙った原因ではないかという指摘もあります。

 岩崎容疑者の家族が、叔父夫婦が80代、容疑者が50代であったことから、親子ともに高齢化して孤立する「8050(ハチまる・ゴウまる)」問題でもあると言われています。


 さらに、川崎殺傷事件の3日後の6月1日には、この事件が引き金になったと思われる「親の子殺し」が発生しています、
 東京都練馬区で、元農林水産省の次官で高齢の男性が、「近くの小学校の運動会がうるさい。川崎の事件みたいに殺してやる。」という実の息子の言葉に、ひきこもり気味の息子の将来を危ぶんで、自ら子供を殺傷しました。


 乃木坂46のキャプテンで、カリタス学園卒業生の桜井玲香さんのブログを紹介します。

「幼稚園の頃から、ずっとお世話になってきた私の母校。あんな悲しい事件が起こったのは、あまりに突然過ぎました。
 毎日、笑顔が溢れ、計り知れない愛で私たち生徒を包んでくれる学園が、今もなお悲しみ、苦しんでいる姿を見ると、やりきれない思いで一杯です。

 恩師である先生方、そして同じ学者で育った生徒のみなさん、保護者の皆様が、1日でも早く心やすらかな日々を過ごせることを、お祈り申し上げます。
 そして、謹んで哀悼の意を表します。
 
 桜井玲香  2019年5月31日」


 高齢化、家族の崩壊、格差社会、無差別殺人など、川崎殺傷事件は、多くの問題を提起しています。

 他人事とは、言えません。
 でもね、
 「ひきこもりは犯罪ではない。」ことはわかってください。

 今回問題になった「ひきこもり」や「家族崩壊」「高齢化」などの問題を、真剣に考えてみる必要がありますね。



<写真 ひきこもりネコ?>

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 最後に、一つ詩を紹介します。




詩「ひきこもりは悪じゃない」


ひきこもりは悪じゃない
ひきこもりは 心がデリケートで
人づきあいが苦手な
やさしい人たち


だけど
ひきこもりは 落ちこぼれ
ひきこもりは 犯罪者の卵


世間は言う 
ネットは言う
マスコミは言う

でも
ひきこもりは 「心やさしき人たち」
ひきこもりは 「うわべのひとづきあい」が苦手な
やさしい人たち 


2019年5月 川崎市で
バス停に並んでいた小学生など
20人が殺傷された

犯人は「ひきこもり」がちだった
と報道された

「ひきこもり」の人たちが
まるで
犯罪予備軍のように
言われた


この事件を知った
元農林水産省次官が、

ひきこもり気味の中年息子が
「近隣の運動会の子供がやかましい 殺してやる」
と言った息子を

「川崎の事件」のようになることを心配して
殺害した

とても とても
悲しい事件だ

でも

ひきこもりは 犯罪者じゃない
ひいこもりは 心やさしき人たち


ひきこもりの大きな原因は
「不登校」と
「退職」だという

私も
本当は
ひきこもり予備軍

学生時代のいじめ
毎日 朝が来るのが怖かった

小さな希望は
憧れ

社会人、サラリーマンになっても
いじめ

栄転
左遷
心療内科
「それでも、隅でも生きるやつ」
として
がんばってきた
 
でも
もう つくづく人づきあいが嫌になった

それでも 生きる

がんばれ ひきこもり

君たちには夢がある
君たちには
人をおもいやる優しい心がある

そして 君にも 私たちにも 未来がある


(じゅんくう詩集  2019年6月29日より)




 2019(令和元)年5月18日に、NGT48の山口真帆(やまぐち・まほ)さんが、新潟のNGT劇場で卒業公演「太陽は何度でも」に出演し、菅原りこさん、長谷川玲奈さんとともに、NGT48を卒業しました。


 山口真帆さんは、2018(平成30)年12月8日に、新潟市内の自宅マンション前で2人の男(アイドルハンターとの説が有力)に押さえつけられるなどの暴行を受けましたが、駆け付けたNGT48のメンバーの村雲颯香さんらの助けで大事には至りませんでした。

 暴行した二人は新潟県警に逮捕されましたが、不起訴になっています。


 山口真帆さんは、この事件を受けて、動画配信サービス「SHOWROOM(ショールーム)」やツイッターなどで、事件の概要と、アイドルハンターたちと個人的につながっているNGT48のメンバーが複数いることを暴露しました。

 山口さんは、運営側に早急な調査・対策を求めましたが、「不起訴になったことで事件じゃなくなった」「疑いのあるメンバーは不問」などと相手にされませんでした。


 さらに、山口さんのツイッターなどでは、「個人的につながっているメンバーは解雇すると約束したのに、NGT48の運営は嘘ばかりで悲しい」と発信しました。

 そればかりか、「(山口さんは)今は会社を攻撃する加害者だ」とまで言われ、「(目をそらしてはいけない他のメンバーの疑念に)目をそらせないならやめろ。」と言われてました。
 山口さんは、「まじめにやっているのがいけないのなら辞めるしかありません」と、仲間の菅原りこさん、長谷川玲奈さんとともに、NGT48からの卒業を決意しました。 


 山口真帆さんの問題に、適切に対応できなかったNGT48の今村悦郎前支配人は、世論の批判を受け解任され、マスコミやファンからは、NGT48の対応はもちろん、本体のAKB48の松村匠取締役らのぐだぐだ記者会見などから、AKB48本体の運営にも大きな疑問がもたれ、ファンも離れつつあります。

 
 山口真帆(やまぐち・まほ)さんは、1995(平成7)年9月17日青森県生まれの23歳で、2015年7月にNGT(新潟)48の1期生オーデションに合格しました。
 2017年4月に「青春時計」でメジャーデビューした、NGT48の選抜メンバーの1人でした。

 2017年6月の「AKB48の選抜総選挙」で53位に初めてランクインし、翌2018年6月の選抜総選挙でも70位にランクインしました。

 同年7月には、NGT48内で、チームGⅢから、チームGに移籍し、同グループの副キャプテンに就任しました。

 キャッチグレーズは、「まほほほ・まほろん、まほほほ・まほろん 真帆の魔法にかけちゅうぞ 青森県出身、山口真帆です。」
 ちなみに、『まほほん』は、不思議少女・魔法少女と呼ばれた山口真帆さんの愛称です。

 
 ここで、2019(令和元)年5月8日の、最後の握手会を終えた山口真帆さんのツイッターの挨拶を紹介します。

「握手会、ありがとうございました。
 全国握手会に参加するにあたって、最初は不安もありましたが、
 久しぶりに、ファンの皆さんと直接お話できることが、嬉しくて楽しくて、
 自然に笑顔が溢れていました。

 ファンの方、一人一人との思い出があって、
 この時間がもう終わりだと思うと、
 お顔を見るだけで、
 今までの思い出が走馬燈のように駆け巡り、
 涙が溢れることもありました。

 すごく苦しい5か月間でしたが、
「この日の為に、私は生きてきたんだ。」と
 思いました。
 それぐらいみなさんと会ってお話できたことが、
 しあわせでした。

(中略)

 会えた時間は一瞬でも、
 会えた思い出は一生です。

 最後に皆さんとお会いして、
『ファンの皆さんと出会うために、私はアイドルになったんだ』と思いました。

 私のことを見つけて、会いに来てくれてありがとう。
 皆さんに出会えて、応援してもらえて幸せです。

 またお会いできるように、夢に向かって頑張ります。
 またね。」


<最後の握手会での山口真帆さん 2019年5月>


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 後半は、2019年5月18日に、新潟のNGT48劇場で行われた山口真帆さんら3人の卒業公演「太陽は何度でも」で歌われた曲のセットリストから、3人のデビューから卒業までの思いが込められていると思われる曲の歌詞をいくつか紹介します。


 まず、1曲目に歌われたのは、この日歌われた唯一のNGT48の曲「MAXとき 315号」(2016年3月、AKB48「君はメロディ」のカップリング曲として発売)でした。


♪「MAXとき 315号」(作詞:秋元康、作曲:松本一也、歌:NGT48)♪


最後のトンネルを抜けると 近づく美しいあの街
希望が住むと信じてきた
私が生まれ育った すべてを知って欲しい

(中略)

未来はいつも 思ったよりもやさしくて
風景がふと 滲んでくる
夢が叶うと その想いが溢れだして
瞳から 伝えたくなる♪


 3人にとって、初めての曲で、「希望が住む」と信じてやってきた新潟での、希望にあふれたデビュー時のことを歌ったのだと思います。

 この曲は、2017年1月の「AKB48グループセットリスト」で、数々の名曲を抑えて1位になりました。


 続いて、2曲目から、アンコール前の12番目までのセットリストを紹介します。


2 ファースト・ラビット
3 完璧ぐ〜のね
4 おしべとめしべと夜の蝶々(菅原、山口)
5 希望について(長谷川)

6 虫のバラード(菅原)
7 ウィンブルドンに連れて行って
8 残念少女
9 ハート型ウイルス
10 キャンディー
11 Only today
12 黒い羊


 これらの曲の大半はAKB48グループの曲です。

 特に、山口真帆さんらの気持ちが込められていると思われるのが、2曲目の「ファーストラビット」です。


♪「ファーストラビット」(作詞:秋元 康、作曲:楊慶豪 歌:AKB48 2012年) 


ある日森の中で見つけた
どこかへ続く洞穴を
周りの友はその暗闇を
ただ覗くだけで動かない

何故だかドキドキしてきて
僕は一番目に走る

傷付くことを恐れはしない
何があっても怯まずに
自分の夢を探しに行く
最初のうさぎになろう

まだ見てない世界を偉そうに
語ってるより泥を跳ねろ
孤独な夜も星を味方に
自分の足跡残すんだ

どんなに不安になっても
僕は誰よりも走る

傷つくたび大人になるよ
涙流して胸痛めて
それでも夢をあきらめない
最初のうさぎになろう



 AKB48の2枚目アルバム「1830m」に収められているこの曲は、真っ暗な穴に、誰よりも最初に勇気をもって入っていく、最初のウサギになろう。
 という、アイドルの挑戦を歌った、AKB48本体の名曲です。


 支配人や社長を相手に、傷つきながらも、まっすぐに真実を語った3人の「ファーストラビット」の決意が見える歌だと思います。

 この曲は、AKB48の映画「ドキュメンタリー オブ AKB48」や、NHK教育テレビの「いじめをノックアウト」のテーマソングにもなっています。


 ここで、山口真帆さんとともに、NGT48を卒業した2人を紹介します。

 菅原(すがわら)りこさんは、2000年11月23日・新潟県聖龍町生まれの18歳で1期生のメンバーです。

 長谷川玲奈(はせがわ・れな)さんは、2001年3月15日・新潟県胎内市生まれの18歳で、1期生です。
 
 この二人は、四面楚歌の中でも、山口真帆さんに寄り添った本当の親友ということですね。

  
 コンサートのアンコール前の最後の曲は、マスコミでも報道されたように欅坂46の「黒い羊」でした。
 

♪「黒い羊」(作詞:秋元康 作曲:ナスカ 歌:欅坂46)♪


黒い羊 そうだ 僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば 止まっていた時計は
また動き出すんだろう?
全員が納得する答えなんか あるものか

反対が僕だけなら いっそ無視すればいいんだ
みんなから説得されるほうが 居心地悪くなる
目配せしている仲間には 僕は厄介者でしかない

真っ白な群れに 悪目立ちしてる
自分だけが 真っ黒な羊
と言ったって
同じ色に染まりたくないんだ♪



 実は、山口真帆さんは、NGT48のオーデションを受けていた同じ時期(2015年夏)に、「欅坂46」のオーデションも受けていて、そちらも最終オーデションに残っていました。

 NGT48の合格発表が2015年7月で、欅坂46の合格発表が2015年8月でした。
 1カ月発表が早かったNGT48に山口さんは入りましたが、もし時期が逆だったら、山口真帆さんは欅坂46の人気メンバーになっていたかも知れません。
 運命は皮肉ですね。


 ここまで、山口真帆さんら3人だけのコンサートの話をしてきましたが、実はこの日、彼女たちのコンサートには、ゲストとして5人+2人の仲間も参加しました。


「山口真帆さん、菅原りこさん、長谷川玲奈さんの卒業公演の写真(前列)」
 (駆け付けたメンバーも後列に)

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 この写真は「卒業公演」の記念写真ですが、3人の後列には、7人の仲間がいます。

日下部愛菜(くさかべあいな・2002年神奈川県生まれ17歳)さん、
小熊倫実(こぐまつぐみ・2002年新潟市生まれ、16歳)さん、
角ゆりあ(かどゆりあ・石川県出身、18歳)さん、
高沢朋花(たかざわともか・2003年新潟県新潟市出身 15歳)さん、
高橋七美(たかはしななみ・宮城県出身、17歳)さんの5人です。

 この5人も、3人とともに「黒い羊」を歌いました。
  
 ほかにも、山口真帆さんらの応援はいました。
 ケガでパフォーマンスには参加できなかった渡邊歩咲(わたなべほさき、山形県出身18歳)さん、
 山口さんが襲われた時に助けに来た村雲颯香(むらくもふうか、秋田県出身21歳)さんは手紙を読むため登場しました。

 山口真帆さんの仲間は、少なくても7人がNGT48に残っているということになります。


 また、この卒業公演には、AKB48総選挙で4回の1位をとった指原莉乃さんが、お忍びで見に来ていたそうです。

 さらに、アンコールでは、AKB48の総合プロデューサーの秋元康さんが、山口真帆さんら3人のために書き下ろした新曲「太陽は何度でも」が披露されました。

 AKB48本体で、1度も選抜入りしていないメンバーの楽曲を、秋元康さんが書くのは、異例だそうです。


 コンサートのアンコールの「セットリスト」です。

13 この涙を君に捧ぐ
14 太陽は何度でも
15 桜の花びらたち


 最後に、この書き下ろし曲「太陽は何度でも」の歌詞を紹介します。



♪『太陽は何度でも』(作詞:秋元康)♪

風がざわざわと木々の葉を揺らしては
通り過ぎる
そっと目を閉じて
木漏れ日が降り注ぐ音を聴いた
今も大好きなこの街を
今夜出ようと決心した
 
それは悲しいサヨナラではなくて
新しい自分が求めた未来へ
いつかみんなと思い出せる日が来るわ
太陽は何度でも昇ってくれるはず

 
夢は自分から伸ばした手
下ろさなきゃ消えないんだ
だから違う空で輝いている
あの星を諦めない
ずっとそばにいて欲しいけど
一人を選び強くなりたい
 
少しでも涙が溢れてしまったら
最後だけ甘えてるってわかってね
いつか私を思い出してくれるなら
星空に頑張れと声掛けてほしい
 
歩いたこの足跡  消え去っても
私たちこの場所にいたことは
そうここにいる誰もが覚えている
 

それは悲しいサヨナラではなくて
新しい自分が求めた未来へ
いつかみんなと思い出せる日が来るわ
太陽は何度でも昇ってくれるはず
希望とは明日のこと
 
星が消える頃 もう誰も周りからいなくなった
やがて東から白むでしょう 太陽はどんな時も
みんなの味方だから





 今回のNGT事件は、「アイドルとは何か。運営とは何か。」を改めて考えさせられました。
 

 2018年の選抜総選挙で2位になった、SKE48の須田亜香里さんは、テレビでこう言いました。

 「(暴行に協力するような)そんなメンバーがいると信じたくないけど、万が一本当だったら、そのメンバーを許したくない。
 もしファンと交際したいという感情が湧いた時点で、アイドルじゃなくていいし、やめるべき。
 全てのファンを平等に愛せないアイドルは、アイドル失格。みんなを特別に愛するのが私のモットーです。」                                   


 すごい名言だと思いました。
 普通の女子は自由に恋愛できるけど、アイドルはすべてのファンを平等に愛すべきだと言うことですね。


 ファンは、「真っ白でまっすぐな心をもったアイドル」(という幻想?)を求めているのだと思います。

 それからすると、山口真帆さんたちを卒業させ、「灰色」や「真っ黒(元支配人談)」なメンバーを守ったNGT48に対しては、ファンやマスコミは厳しいと思います。

 NGT48に未来があるとすれば、山口真帆さんらの卒業コンサートに友情出演した7人をはじめ、個人的にアイドルハンターとつながりのない「真っ白な」メンバーだけを残し、加えて新たなメンバーを募集する方法しかないような気がします。


 一方のまほほんこと、山口真帆さんは2019年5月25日に、速水もこみちさんや竹野内豊さん、川口春奈さんや榮倉奈々さんら、多くの俳優・女優が所属する大手芸能事務所「研音」に移籍しました。


 大きなトラブルや圧力を乗り越えて、山口真帆さんたちが「新しい夢」に挑戦していってほしいと心から思います。
 がんばれ「まほほん」。






 令和にキュンする大阪女子の2人目は、乃木坂46、欅坂46、吉本坂46に続く、4つ目の坂道グループとして2019年3月にデビュー曲「キュン」を出した日向坂(ひなたざか)46のセンター、小坂菜緒(こさか・なお)さんです。

 坂道シリーズは、「清楚」な乃木坂46、「クール」な欅坂(けやきざか)46、「お笑い」吉本坂46と言われていますが、日向坂46は「ハッピー・オーラ」を売りにしています。


 「日向坂46」の前身、「ひらがな・けやき」は、2015年11月30日に「欅坂46(漢字けやき)」のアンダーグループとして長濱ねるさん一人で結成されました。

 2016(平成28)年5月8日に、オーデションで選ばれた11人と長濱ねるさんの12人で活動を開始しました。

 2017年8月には2期生9人が入りましたが、翌9月に長濱ねるさんが欅坂46専任になり、「けやき坂46」を離れ、「ひらがな・けやき」は20人となりました。
 この2期生の中に、小坂菜緒さんがいました。

 2019(平成31)年2月に「けやき坂46(ひらがなけやき)」は「日向坂(ひなたざか)46」と改名し、3期生1人を加えて、同年3月に「キュン」♪でメジャーデビューしました。


 因(ちな)みに、「日向坂46」は、「乃木坂」や「けやき坂」と同じく、東京都港区三田に実在する坂道の名前「日向坂(ひゆうがざか)」からとられていて、読みやすい「日向坂(ひなたざか)」に読み方を変えたものです。
 もともとの由来は、江戸時代前半に、坂の南側にあった「徳山藩毛利日向守(もうり・ひゅうがのかみ)」の屋敷に由来するものです。



<写真 実在する坂道・日向坂(東京都港区1丁目と2丁目の間)>

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 小坂菜緒さんがセンターの日向坂46のデビュー曲「キュン」♪は、初日で36万枚を売り上げ、お姉さんグループの欅坂46の「サイレントマジョリティー」がもっていた歴代女性アーティストのデビュー曲の初週売り上げの記録を塗り替えました。

 「キュン」は、平成31(2019)年3月末から4月初めと、令和元(2019)年5月の令和最初のチャートで、それぞれ週間1位となり、「平成」「令和」の2つの時代で1位になりました。
  
 2019年5月上旬までの売り上げは、57万枚を突破しています。

 センターの小坂菜緒さんは、2002(平成14)年9月7日、大阪府生まれの16歳です。

 透明感のある外見から、「白人とのハーフではないか」という噂もありますが、本人が「日本人以外の血は入っていません」と断言しています。

 また「Seventeen」の専属モデルとしても活躍しており、ニックネームは「こさかな」「なお」などです。
 キャッチフレーズは、お兄さんが作った「大阪、小坂、日向坂(けやき坂)、3本坂を全力で駆け上がります!」です。

 
 大阪出身の坂道グループのセンターと言えば、昨年12月に卒業を発表した「平成の女性アイドルで最も成功した1人」と言われている「乃木坂46の西野七瀬さん」がいます。

 西野七瀬さんは、4年連続でNHK紅白歌合戦に出場し、レコード大賞を2年連続受賞したトップアイドルグループ「乃木坂46」の中でも最も多くセンターをはり、2019年2月の大阪・京セラドームでの卒業コンサート(定員5万人)には、50万人の応募がありました。


 小坂菜緒さんと西野七瀬さんは、どちらも大阪府出身で、「守ってあげたいようなはかなさ」をもち、「おとなしい」「爬虫類好き(ヘビを首に巻き付けても平気)」などの共通点も多く、小坂菜緒さんが第2の西野七瀬さんになる可能性も十分あるのではないかと思います。


 また、尊敬するけやき坂の先輩・長濱ねるさんとも、「本屋に二人で行って『この空間が好き』と言っている動画」が上がっているなど読書好きの共通点があり、小坂菜緒さんに「キュン」となるファンが続出しています。


 それでは、日向坂46のデビューシングル「キュン」♪の歌詞を紹介します。



♪「キュン」 (歌:日向坂46、作詞・秋元康、作曲・野村楊一郎)♪


♪1
キュンキュンキュン キュンどうして
キュンキュンキュン キュンどうして
I just fall in love with you

キュンキュンキュン 切ない
キュンキュンキュン 切ない
You know , I can't stop loving you

Sunday   なぜなんて
Monday   聞かないで
Tuesday  きっと 理解できないだろう
Wednesday   毎日
Thursday   見かけて
Friday  思い続けてきた
Saturday   

もっと会いたい なんて不思議な
きっと僕は 声を掛けられない
目と目が合うと 胸が締め付けられる

電車の窓 手鏡代わりに
春の制服 そっとチェックして
腕に巻いてた 真っ黒なヘアゴムで
ポニーテールに髪を束ねた

「かわいい」(小坂菜緒のささやき)

君のその仕草に 萌えちゃって
あっという間に 虜になった
静電気みたいに ほんの一瞬で
ビリビリしたよ

何も無かったように さりげなく
遠い場所から 見守っていよう
そんな思いさえ 気づいていない
余計に君を 抱きしめたくなった




<日向坂48のデビュー曲「キュン」のセンター 小坂菜緒さんのクリアファイル
  (LAWSON×日向坂46)>

イメージ 2



♪2(「キュン」の続き)


キュンキュンキュン キュンしちゃた
キュンキュンキュン キュンしちゃた
I just fall in love with you

キュンキュンキュン 愛(いと)しい
キュンキュンキュン 愛しい
You know , I can't stop loving you

そうさ あの日から ずっと 気になって
君のことで 頭がいっぱいだ
夜が来ても なかなか眠れないんだよ

電車の中に 紛れ込んできた
モンシロチョウが 肩に留まった時
君は両手で そっとつかまえて
開けた窓から 逃がしてあげた

「好きだよ」

僕にできることは 何でもしよう
君のためなら 何でもできる
真っ白な心 汚れないように
守ってあげたい

僕にできないことも 何とかしよう
言ってくれたら 力になるのに
叶わぬ願いの 独り言さ
好きというのは 反射神経

そんなことで キュンとするの?
君に笑われちゃうね
思いがけないタイミングで
そう ときめいた

この感情 息が止まる
きっと言ってみたって
ピンと来ないさ
僕が勝手に キュンとしただけ
こうやって人は恋に落ちるのか
始まる瞬間

君の仕種に 萌えちゃって
あっという間に 虜になった
静電気みたいに ほんの一瞬で
ビリビリしたよ

何もなかったように さりげなく
遠い場所から 見守っていよう
そんな思いさえ 気づいていない
余計に君を 抱きしめたくなった
 
キュンキュンキュン キュンどうして
キュンキュンキュン キュンどうして
I just fall in love with you

キュンキュンキュン 切ない
キュンキュンキュン 切ない
You know , I can't stop loving you




 「きゅんとする」は俗語で、「感情が高まって胸が苦しいようになるさま。激しいときめきやせつなさを覚えるさま」を言うそうです。


 一方、「萌(も)える」は、もともとは「草花の芽が出る」という意味でしたが、現在の若者言葉やサブカルチャーの世界では、アイドルやアニメの登場人物などへの好意・恋慕・傾倒などを言い、いわゆる「片想い」の感情に近いものです。

 ただ、「萌える」の歴史は古く「万葉集」や、平安前期に紀貫之が選者となって成立した「新撰和歌集」(930年〜934年)などでも使われています。


 私が好きな「萌え」の歌は、「新撰和歌集」に大江匡房(おおえの・まさふさ)の歌として収められている次の歌です。


「春くれば 雪の下草 下にのみ 萌えいづる恋を 知る人ぞなき」

 雪に埋もれた下草のように、萌える私の恋を、知る人はいない。
というような意味で、まさに「キュン」の主人公の気持ちにピッタリだと思います。


 
 アイドルとは、「キュン」や「萌え」の気持ち、いわゆる「ハッピーオーラー」を多くのファンに、もたせる人のことかも知れませんね。


 今の「日向坂46」にはキュンがあり、「NGT48」のデビュー曲「青春時計♪」にはあったキュンが、今のNGT48にはなくなってしまったのは、なぜでしょうね。 


 私は、「キュン」の歌詞にあった、
 
「僕にできることは 何でもしよう
 君のためなら 何でもできる
 真っ白な心 汚れないように
 守ってあげたい」​


 こんな気持ちを多くのファンに抱かせる魅力が、欅坂46(漢字けやき)のアンダーとして長い間苦労した日向坂46(旧ひらがなけやき)の笑顔の影にあるのに対し、NGT48はアイドル・ハンターとの事件をきっかけに、NGT48メンバーの「真っ白な心 汚れといない清純さ」がファンには見えなくなってしまったからだと思います。
 もちろん、山口真帆さんのように、真っ白な心をもった子もいたのですが、NGT48は、その子たちに寄り添わなかったのが、とても残念ですね。 


 日向坂46は、ファンを「キュンとさせるオーラ」を持ち続けてほしいものですね。





 山口真帆(やまぐち・まほ)さん暴行事件によるNGT(新潟)48の人気凋落や、AKB48の指原莉乃さんや乃木坂46の西野七瀬さんの両エースの卒業などで、平成から令和に変わる2019年は、アイドル界も大きく変化しつつあります。

 特にNGT48のまほほん(山口真帆さん)の問題は、アイドルと運営のあり方の問題に大きな一石を投じたのではないかと思います。

 運営の対処のまずさで、NGT48だけでなく、AKB48本体まで、大きな傷を負ってしまったような気がします。
   NHKBSプレミアムで5年半放送されていた「AKB48SHOW]が、2019年3月で打ち切られたのも、NGT48と山口真帆さんの事件が影響しているのではないでしょうか。

 ファンがアイドルに求めているニーズ「まっすぐで真っ白な心」を、NGT48の運営は見誤ったようですね。
 (この話は別に機会を設けたいと思います。)


 そんな時代の変わり目のアイドル界で、「大阪出身女子たち」の活躍・話題が目立つので、「アイドルの坂道」でも、「令和にキュンする大阪女子」を何人か紹介してみたいと思います。

 まず1回目は、口腔癌や食道がんなど「ガンと戦う1980年代アイドル」の堀ちえみさんです。

 堀ちえみさんは、本名・尼子智栄美(旧姓・堀智栄美)さんで、1967(昭和42)年2月15日に大阪府堺市で生まれた52歳です。

 1981年に第6回ホリプロスカウトキャラバンで優勝し、1982年に「潮風の少女」で歌手デビューして芸能界に入りました。
 
 この年は、同期に小泉今日子さん、中森明菜さん、シブがき隊、松本伊代さん、石川秀美さんらがいて、「花の82年組」と言われました。

 堀ちえみさんは、1982年に「日本レコード大賞新人賞」を受賞しましたが、彼女の名前を一躍、有名にしたのは、1983(昭和58)年にTBS系列で放送された「スチューワーデス物語」での演技でした。
 ドラマの中での「教官!」「私はドジでまぬけな亀です。」は、1984年の新語・流行語大賞の大衆賞に選ばれ、その年のNHK紅白歌合戦にも出場しました。

 しかし、1987(昭和62)年、二十歳で突然、芸能界を引退しホリプロを辞めました。


 2年後、大阪の松竹芸能に所属して芸能活動を再開しました。
 その年のうちに、外科医と結婚し、1990(平成2)年に長男の昂平(こうへい)さん、1992年に次男の健太(けんた)さん、1993年に叡弘(あきひろ)さんを生みました。
 しかし、1999年に最初の御主人と離婚しました。

 2000年5月に、雑誌社に勤める男性と二度目の結婚をし、2000年に楓季さん、2002年に彩月(さつき)さんという一男一女をもうけました。

 2010年に2度目の離婚をし、2011年に一般男性の尼子勝紀さんと3度目の結婚をします。
 尼子さんには、真由(まゆ)さんと尋紀(ひろき)さんという2人の連れ子がいたため、堀ちえみさんは、3回の結婚で5人の実子と2人の連れ子の、計7人の母となりました。
 すごい大家族ですね。


<写真 堀ちえみさんの著書「堀ちえみをつくるもの」(講談社)>


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 2019年2月19日、堀ちえみさんは、自身のブログでステージ4の口腔癌であることを公開しました。
 そして、2019年2月22日には、舌の6割を切除し、太ももの組織を移植する大手術を受けました。


<以下2019年2月19日の堀ちえみさんのブログ「hori-day」より(抜粋)>

「私、堀ちえみは口腔癌と診断されました。
ステージは4です。
かなり厳しい状況です。

『自分の人生、悔いなし。
このまま治療せずに、自分の人生を閉じてもいいのかな。』
と、正直、そういうことも考えました。

闘いもせずに、諦めて良いのだろうか。

主人と子供たち
家族の為に
私はまだ生きなければならない。

そう気持ちを切り替えて
長く辛い闘病に
チャレンジする事を決意しました。

ただ前だけを向いて、
ポジティブに生きていこうと。

私は負けません。
力いっぱい闘って、
必ず戻って来ます。

そして再びファンの皆様の前で、
歌が歌えるようになりたい。」


 こうして、堀ちえみさんの闘病生活が始まり、2019(令和元)年5月3日現在、堀ちえみさんは家族とともに、元気(?)に病気と戦っています。

 「どじでまぬけな亀」のように、時間をかけてもいいから病気に勝って、全快されることを願っています!



 「令和(れいわ)」が始まりましたね。

 令和元(2019)年5月1日、新天皇として徳仁(なるひと)親王さま、称号浩宮(ひろのみや)さまが、第126代天皇に即位されました。
 1960年2月23日生まれの59歳で、「徳仁親王」「浩宮」は、いずれも昭和天皇が名付けられました。
 御即位、おめでとうございます。


 今回は、テレビで中継された新天皇の「剣璽等承継の儀」(けんじとう・しょうけいのぎ)を見ていて、多くの皆様が疑問に思われた「三種の神器って何?」「三種なのに、なぜ2つなの?」という疑問について、答えていきたいと思います。

 なるべくわかりやすく紹介しますが、神話や伝説の話なので、難しい言葉や名前が出ることは、ご了承ください。


  三種の神器(さんしゅのじんぎ)は、神様の子孫が地上に降りた「天孫降臨」(てんそんこうりん)の際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)が子孫に渡された3つの宝物のことで、これを持つことが天皇即位の証拠であるともいわれています。
(実際には、後鳥羽天皇が1184(元暦元)年に、壇之浦の戦いで平氏が三種の神器を持ち出したままの状態で即位したように、例外もあります。)


 三種の神器を順に紹介すると、一つ目は、「八咫鏡(やたのかがみ)」で、天照大神が「天岩戸(あまのいわと)」に隠れた際に作られ、鏡に映る自分の姿に興味をもって、天照大神が出て来られたと言われています。

 現在、実物は三重県伊勢市の「伊勢神宮」にあると言われていて、「剣璽等承継の儀」では承継されず、「鏡の形代(本物の形に作られたものに魂を込めたもの、レプリカではありません)」は、皇居宮中の賢所にあると言われています。
 この鏡が伊勢神宮にあるので、「剣璽等承継の儀」で皇居で新旧天皇の間で承継されるのは三種ではなく、二種の神器ということになっています。 


<三種の神器の想像模型>


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 三種の神器の2つめは、「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」で、古事記・日本書紀の時代、出雲の国(今の島根県)で暴れていた8つの頭をもつ大蛇「ヤマタノオロチ」を、須佐之男命(すさのおのみこと)が退治した時に、大蛇の尾の部分からでてきた剣であると伝えられています。

 この剣は、源平合戦の時に、壇之浦に沈んだという説もありますが、本物は愛知県名古屋市の熱田神宮にあり、皇居の剣璽の間には、形代があるとも言われています。

 しかし、他の神器と同じで、実物は箱の中にあって、天皇陛下でさえご覧になれないということなので、すべては謎と伝説に包まれています。


 最後の3つめが、「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」で、天照大神が岩戸にお隠れになった際に作られたとの伝承があります。
 この勾玉だけは、オリジナルが皇居にあると言われています。


 「剣璽等承継の儀」の「剣」は「つるぎ」、「璽(じ)」は勾玉をさすので、この儀式には「鏡」は用いられていません。(おそらく伊勢神宮にあるのだと思います。)

 ほかに「国璽(こくじ=国の印)」と「御璽(ぎょじ=天皇の印)」が、引き継がれました。


<「即位後朝見の儀」の令和の徳仁天皇と、皇后・雅子様(2019年5月1日 皇居)>

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 後半は、令和の皇后、雅子妃殿下の経歴と、天皇・徳仁さまの名言です。

 まず、雅子皇后の経歴です。

 皇后雅子さまは、旧名・小和田雅子(おわだ・まさこ)さんで、1963(昭和38)年12月9日、東京生まれです。
 
 父の小和田 恆さんは、外交官でのちに外務事務次官になりました。

 小和田雅子さんは、東京生まれですが、ソ連(当時)のモスクワ、アメリカのニューヨーク、ボストン、イギリス・オックスフォードなど海外経験が豊富で、日本語のほか英語・フランス語・ドイツ語・ロシア語などが話せます。

 1981年(昭和56年)に、アメリカ・ハーバード大学経済学部に入学し、1985年に卒業しました。
 その後、東京大学法学部に編入し、1987年に外交官試験に合格し中退します。

 以後、外務省に入省しますが、1993年6月に徳仁親王と結婚し、2019年5月に皇后となられました。
 まさに絵に描いたような才色兼備の女性ですね。ぜひ外交官のキャリアも活かしていただきたいですね。


 さて、徳仁天皇の2019年5月1日の「即位後朝見の儀」のお言葉です。

「日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。
この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われいかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い 御() 心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。

 上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研 鑽(さん) に励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。」(徳仁天皇 宮内庁ホームページより)


 平成に在位された明仁上皇が、在位の30年以上の間、被災地を訪問され、太平洋戦争の激戦地を慰霊されたことに、敬意と感謝を表明されました。
 ぜひ、令和の徳仁天皇も「国民に寄り添って」いただきたいものです。


 最後は、徳仁天皇が皇太子時代の平成17(2005)年の2月21日に、記者会見で「愛子様の教育方針」について質問された時に、引用された言葉です。

アメリカの家庭教育者のドロシー・ロー・ノルト(1924年〜2005年)が作った「子ども」という詩です。 


批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる

しかし,激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる

賞賛をうけた 子どもは
評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる

可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる』


イメージ 3




この詩を紹介されたあとの皇太子さまの言葉です。

「子どもを持ってつくづく感じますが,この詩は,人と人の結び付きの大切さ,人を愛することの大切さ,人への思いやりなど今の社会でともすれば忘れられがちな,しかし,子どもの成長過程でとても大切な要素を見事に表現していると思います。
 非常にこの詩には,私は感銘を受けました。家族というコミュニティーの最小の単位の中にあって,このようなことを自然に学んでいけると良いと思っております。

 私自身,幼少のころから両陛下の下で百人一首に親しんでいましたし,雅子も外国生活が長い中で,両親が日本文化を忘れないようにと正月にはよく百人一首をしたといいます。
 愛子には七五調の使われている童謡などを通して自然にこのリズムが身に付き,簡単な七五調の言葉遊びが楽しめるようにと思っています。あわせて,このような日本の良い習慣が現在少しずつ失われつつあることを残念に思い,是非,今後も永く子どもたちの間で親しまれることを心から願っております。」


「私は,皇室としての伝統を大切にしながら,天皇陛下をお助けしつつ,国民の幸せを願い,困難な状況にある人々に心を寄せて,国民と苦楽を共にしていきたい。」


 冷泉が、いい時代になることを祈りたいですね。



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