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金沢散策
しいのき迎賓館 四高 香林坊
(13.10.29)
広坂交差点から金沢城の石垣を。
その高さがわかる所
〜〜〜〜〜 しいのき迎賓館 〜〜〜〜〜
金沢城と隣接しています。
石垣が続く続く、、、
このあたりは、金沢城が築造された頃に、京都の三十三間堂を
摸した堂形の的場があったことから堂形と呼ばれたと。 国指定天然記念物
堂形(ドウガタ)のシイノキ 迎賓館の由来か? 大〜きな椎の木が2本。
この時期たくさんの椎の実が落ちていますので拾っていますと
通りを歩いていたご婦人も「なつかしいわ〜」と拾い始められました。
ほんと! よく茂っているでしょう! 説明板によりますと、
この一対のシイノキは、なだらかな傾斜の築山状の土地に生育していることから、
根が築山を抱えるように地中に伸長し、独特の美しい樹形と樹勢を保ってきています。
樹木の生育に長けた人によって大切に育成されてきたものと考えられており、明治
時代に石川県庁が置かれた頃の絵や写真にも見られ、樹齢約300年とも言われています。
幾度かに渡り樹木治療が施されて現在に至り、旺盛な樹勢を保っています。
庁舎は大正時代に建て替えられましたが、この堂形のシイノキと建物正面が一体となった
景観は、長く県民に親しまれ、この地のシンボルとして存在しています。
トチの木の街路樹もきれいです。 〜〜〜〜〜 石川四高記念館・石川近代文学館 〜〜〜〜〜
煉瓦作りのきれいな建物
いいですね〜 守衛室も保存されています。
ケヤキ並木も色づきかけ
〜〜〜〜〜 香林坊交差点 〜〜〜〜〜
「ありゃ〜!?!」
香林坊橋の親柱? 文中にある尾張町の枯木橋は翌30日に見学。
どちらも重要な役割があったようです。
⁂
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石川県 (能登路 金沢
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金沢散策 兼六園
('13.10.29)
桂坂より入園
江戸町通り(茶店通り)
桂坂のいわれはあの桂の木に
こちらでも新郎新婦の散策シーンが 皆さんお疲れ様です 兼六園のシンボル的存在
二本脚の徽軫灯籠(コトジトウロウ)と霞ヶ池に架かる虹橋(琴橋)
中央は、不老不死の仙人が住むといわれる蓬莱(ホウライ)に見立てた蓬莱島
この燈籠は琴の糸を支える琴柱の形をしていることから
徽軫灯籠(コトジトウロウ)と言われるそうです。
雪つりの姿でよく紹介される唐崎松
琵琶湖畔から種子を取り寄せて育てたとか‼
見る方向によって
いろんな姿を見せてくれます。
この日 雪つりの作業が行われていました。
小学生たちと一緒に観光客も大勢見学
取材の方も梯子に登って なかなかの力仕事のようです。
雁行橋(ガンコウバシ)
雁が列をなして飛ぶ姿のようだと
七福神山 木の半分は無くなっています。
それでも葉を茂らせて…
その昔、芭蕉さんも旅の途中に立ち寄らはって足跡を、
あかあかと 日は難面なくも 秋の風
今ごろだったのでしょうか 大きな木
「その手前に氷室があった」と夫の記憶は確かでした
↑の画像の右手前にありました。↓
山崎山
小高い山に登れます。
竜石
竜に見える!?!
鶺鴒島(セキレイジマ) 夫婦島とも。
イザナミノミコトとイザナギノミコトが男女和合の方法を鶺鴒から
教わったという故事になぞえらた島名がつけられたそうです。
人生の三儀式を陰陽石、相生の松、五重の石塔で表しているのだと。
この近くに根上がりの松がありますが
tonはこの木が気になって
重要文化財 成巽閣(セイソンカク)
花見橋
この一帯にカキツバタが
鮮やかな緑のコケ
ヤマトフデゴケ
休憩場所みっけ
舟之御亭
トンボもそばで休憩中
このあたり梅林なんです。
松脂(マツヤニ)が航空機の燃料に!?!?!
資源不足でご苦労されてたんですね。
歴史ありげな木
兼六園の由来
文政5年(1822)奥州白河藩主・松平定信は、加賀12代藩主前田斉広(ナリナガ)の依頼に応じ、
宋の詩人・李格非(リカクヒ)の書いた「洛陽名園記」の文中から採って
宏大 幽邃 人力 蒼古 水泉 眺望の六勝を兼備しているという意味で兼六園と名命したと。
洛陽名園記の文
「宏大を務るは幽邃少なし
人力勝るは蒼古少なし
水泉多きは眺望難し 此の六を兼ねるは惟湖園のみ」
意味は、
「広々としていれば(宏大)静かな奥深さはなく(幽邃)
人工的であれば(人力)古びた趣は少なくなる(蒼古)
また池や曲水や滝が多ければ(水泉)、遠くは眺められない(眺望)
つまりそれぞれ相反する六つの景観(六勝)を兼ね備えているのは『湖園』だけである」と。
真弓坂よりお暇
たくさんの灯篭や大木が気にかかります。
また会えますように
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次は しいのき迎賓館方面へ
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金沢散策 金沢城公園
('13.10.29)
〜〜〜〜〜 金沢城公園 〜〜〜〜〜
周辺もよく整備されています。
樹齢どれくらいか?
お濠に倒れ込むような格好の大きなタブノキ。
タブノキは水が好きなんですね。
丁度 手入れをなさっていた方が
「幹が途中でくっついているんですよ」 以前 椿の木の連理を見ましたがタブノキもなるのですね
↓ 見難いですが判りますか?
金沢城は大坂城同様の平山城 大手門より入城^^
大きな石が組み込まれています。
tonは大坂城のたこ石の大きさを知っていますので驚きませんでした こちらも両方によく手入れされた芝生広場が広がっています。
正門から入らせていただきます 一の門の右脇に設置された二重櫓が「ニラミ櫓」
大手筋に「睨みを利かせる櫓」かと。
向こうに見える二の丸の菱櫓(三重層) 二の門
見ていてうっとりする造りなのです。
大き過ぎて全体が撮れませんので、
通り抜けてから振り返り
二の門
内部は
二の門の脇から二階へ スロープや階段が取りつけられ内部見学や
先ほどの川北門 ニラミ櫓 その向こうに菱櫓が一望できるようになっていました。
この方たちのおかげできれいに保たれているのだと…
五十間長屋
右側に菱櫓と続きますが入りきれませんm(..)m
左側は橋爪門続櫓、只今修復工事中のでトンカチの音が響いていました。 ニラミ櫓の内側
菱櫓
きれいな姿です。 この右手には四十間長屋があったそうな。
右の石垣は二ノ丸北面石垣 二ノ丸北面石垣
形や大きさをそろえた割り石が積まれています。城内でも指折りの石垣だと。
この石垣の上に二ノ丸表能舞台の楽屋に使われた長屋が建っていたそうです。 創建 寛永8年頃 1631年頃
改修 寛文8年 1668年
今も改修時のままの姿だとか。
あちらは三十間長屋が
菱櫓 五十間長屋入口 本丸への道
ですが石川門へと 橋爪門の復元工事現場
当時はこちらが御殿の正門だったとあります。
本当にきれいなお城だったと思います。 ニラミ櫓と二ノ門(内側)を振り返り 石川門を入ったところのの石垣 左 打ち込みハギ * 右 切り込みハギ
これだけ違えば tonでも全く積み方が違うとわかります
改修 明和2年頃(1765年頃) 石垣の積み方もいろいろ出興味が湧いてきました。
石川門 外側
こちらにも、右に二層の櫓 左に三層の櫓が。
石川門
次は 兼六園へ
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金沢散策 尾崎神社・黒門前緑地
('13.10.29)
〜〜〜〜〜 尾崎神社 〜〜〜〜〜
本堂
由緒書 なるほどね。
葵の紋が見えます。
〜〜〜〜〜 黒門前緑地 〜〜〜〜〜
※画像クリックで拡大できます。
tonも知っているタカジアスターゼ
その研究で有名な高峰博士ゆかりの建物の一部を移築したのだとか。
逆光でm(..)m
ちょっとのぞかせていただきました。
立派な塀が巡らせてあります。
次は 金沢城公園へ
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金沢駅〜武蔵〜近江町市場
('13.10.28)
駅からお宿へ歩いていますとコース上に
いろんなものが見えてきます。
アーケード沿いに〝ン?〟
ナンジャ コレ
ボンネットバスも
これは徳田秋声にちなんだ秋声号
いろんなコースをループバスが巡っているようです。
こちらは室生犀星にちなんだ犀星号
ほかにも有ります。後日 紹介いたしますね。
武蔵交差点
近江町市場むさし(武蔵)口より
市場の中に
10日ほど前はお祭りで大きな絵馬が掲げられていたそうですが、、
まったけ〜!
市場はとてつもなく広〜いンです。この市場を歩くのは初めてではないのですが
特にtonは、あっちこっち寄ってると出口がわからなくなります。
辻辻に このようにありがた〜い
今回は むさし口とエムザ口を目印に歩きました
牡蠣や生うに 生ホタテがこの場でいただけます!
無造作に店頭に置かれています
翌日は2ツ、その翌日は3ツありました。
ホテルにチェックイン後
再び 近江町市場へ
やはりこちらに来れば鮮魚食べなきゃと
夕食調達担当は お寿司屋さんへ
夫の分はこれを注文し
持ち帰りにしてもらいました。
↓
器も違いますのでメニューの写真のようにうまくいきませんね
夫の胃袋からして量に不足はありませんが
カニ爪の
「カニさん カニさ〜ん」
とうとう見つけられませんでした
ウニいくら丼
こじんまりと… 金粉入り???茶
なにかにつけ
やっぱりお店で食べるのが いいですね。
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