ton流 素のまま日記

長い間お付き合い頂きありがとうございました。 '19.8.吉日

西国33ヵ所めぐり

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西国観音霊場第5番札所紫雲山葛井寺

第4番札所の続きでお参りした葛井寺。施福寺参りの疲れかバスで移動中眠っていました。
ここは近鉄電車の藤井寺駅近く、tonが大阪に来た当初数年住んでいたこともあり懐かしく
お参りしました。

葛井寺(藤井寺)境内
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出世地蔵
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槙尾山 施福寺

 
 西国33ケ寺中 いちばんの難所だと添乗員におどかされました。もっと大変な状態を想像して
 いたからか!?! 難なく登ることができました…笑

  ここ施福寺は、欽明天皇の時代(550年頃)に、天皇の病気治癒の勅願で行満上人により開かれ、
 弥勒菩薩を安置したのが始めとされています。
 行基もここで修行したと伝えられ、弘法大師はここで剃髪したそうです。

 御詠歌
 深山路(みやまじ)や檜原(ひばら)松原わけゆけば槇尾寺(まきのおでら)に駒ぞいさめる

 境内に馬の銅像がありました。その由縁ですね。 


参道は緩やかな勾配が長〜い、、、汗、、
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息が切れた所にありがたい水場
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楼門前 
六丁石お地蔵さま
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楼門前 青空に鮮やかなシャクナゲ 
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楼門と由来書
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人形をした小さい木柱に「開運招福/手づくりお願いわらじ守」
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門をくぐると休憩所。少々オツカレ気味の夫はここで休憩。
「30分後に戻ってくるね」と約束してtonは山頂を目指します!
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五丁石お地蔵さま
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三丁石お地蔵さま
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シャガを撮りながら息整えて
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まだまだ上り
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一丁石お地蔵さま もうじき山頂のハズ!
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急な階段の上に本堂が見えた!
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急階段は148段だと。
このあと行く5番札所の葛井(フジイ)寺まで7里とあります。
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青空を背に馬の銅像
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槙尾山施福寺マキオサンセフクジ 本堂
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眺望は素晴らしい。 山並みが見渡せます。
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山上には茶店があり、その前に矢印があっち『金剛山』こっち『岩湧山』
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お参りもそこそこに夫が待っている休憩所へ戻ります。
約束の30分よりすこし早く戻れました。「走れ メロスの気分やわ〜」
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いい音色が山内に響いていました。その主は!?!
休憩所から楼門を見下ろすと そのそばでお二方が笛の練習をされていました。

つぎは 5番札所の葛井寺(フジイデラ)へ移動します!

西国観音霊場第参番札所粉河観音宗総本山 風猛山粉河(コカワ)寺

大門
規模としては和歌山で三番目に大きい三間の楼門です。ちなみに一番大きいのは高野山、つぎは根来寺です。
1706年建立(宝永四年) 総ヒノキ造り。金剛力士像は春日の作。
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参道
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観音出現池
千手観音様の化身童男大士がヤナギの枝を持ち池の中から白馬に乗って表れたという
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中門
三間一戸の楼門
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楼門にかかる山号『風猛山』は、紀州徳川藩十代藩主 徳川治宝(ハルトミ)侯の直筆 
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粉河寺本堂 
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桃山時代に作られた石庭
近江八景をあらわしているそうです。いつの日か、つつじのころに訪れたいと、
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  ここ粉河寺には左甚五郎作のトラがあります。

  門前のトラといわれていたそうですが、夜な夜な寺から抜け出しては野を荒らしたので
  『野荒らしのトラ』といわれ生みの親の甚五郎はトラの目に釘を打ち動かぬようにした
    そうです。本堂に置かれています。

  つぎは、四番札所槙尾山施福寺へ。先達さんにかなりの難所と聞かされました(汗、、)



西国観音霊場第弐番札所救世観世音宗総本山 紀三井寺

  紀三井寺は金剛宝寺護国院(コンゴウホウジゴコクイン)というそうです。
      初めて参加したこの手のツアー

   夫に誘われるまま ごく軽〜い気持ちで参加しましたが、
   同行のみなさんの信仰の深さに胸を打たれることたびたび

   私もいっしょに声をあげてお勤めをしてきました。

 
紀ノ川SA
今日はツアーで来ているのでいつものようにゆっくりはできません。
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西国観音霊場第弐番札所救世観世音宗総本山 紀三井寺楼門
屋根が幾重にも重なっています。あの上まで急階段を上ります。
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結縁(キチエン)坂と言われる由縁
『その昔 紀伊国屋文左衛門は若きころから孝心篤く母を背負いてこの坂を登り
 観音様へお参りしました。途中草履の鼻緒が切れ困っているところに玉津島神社の宮司の娘かよが通りかかり鼻緒をすげ替えてやったのが縁となって二人は結ばれ… 
その他 何ごとも先ずは信心からと申せましょう。観音さまに心から願をかけましょう。』と。
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男厄除坂 42段あります。
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女厄除坂 33段あります。
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坂の途中にある身代わり大師堂
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沿道に咲くアジサイ 弾む息もいやされます。
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還暦坂 60段あります。
急階段で下りは特に油断出来ません!
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振り向けば あらっ!先ほどの方 階段に座っていらっしゃいました。
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上り詰めると幸福観音さまが
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本堂 その前には和歌山地方気象台のソメイヨシノの標本木があります。
この様に副え木がされて痛々しい姿でした。
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ずいぶん階段を上りました。展望が開け山々の間に淡路島も見えます。
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新仏殿
日本最大の 大千手十一面観世音菩薩立像が安置されています。
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下りの途中には竜宮城からのおみやげのひとつだという応同樹(オウドウジュ)
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無事急坂を下り 紀三井寺を後に次の札所『粉河寺(コカワデラ)』へ。
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