名前のない馬鹿 -A Fool With No Name-

5月3日〜5日の日中、ほぼ外にいた結果、顔にすごい日焼けをしてしまいました。

いい湯なのだ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

心からくつろげる温泉。
例えばそれは、会社帰りにふらりと、何の気負いもなく暖簾をくぐれる温泉。
例えばそれは、忌憚のない国なまりで、遠慮もなしに笑いあえる温泉。
 
そんな場所が、福島市・飯坂温泉にはある。
飯坂温泉駅を出て目の前の橋を渡ったらそのまま見上げるような勾配の坂を登り、100メートルほど歩いた突き当たりにある、飯坂温泉に数ある外湯のひとつ、導専の湯(どうせんのゆ)がそれだ。
 
イメージ 1
 
夕刻をとうに過ぎ、吐く息が白く立ち昇るなか、蔵造りの外観に設えられた薄青色に色あせた暖簾をくぐると、そこはすぐに脱衣所になっている。
備え付けの自販機に200円を入れて入浴券を買い、服を脱ぎ、扉の下半分だけが擦りガラスになった浴室への引き戸を開けると、もうもうと立ち込める湯気が脱衣所へ流れこむのと同時に、先客から誰ともなしに声がかかる。
 
「おばんすー。」
 
当たり前のように私も同じ言葉を返す。
その声は先客から発せられた言葉と交じり合い、石造りの室内に乱反射し、くぐもったような音をまといながら短い残響とともに消える。
早春とはいえ、まだまだ寒さの残る外気と室内の気温差で浴槽から沸き立つ湯気はあたり一面を乳白色のビロードのように覆っている。
それを透かしてうすぼんやりと見える室内には、驚くほど何も無い。
熱い湯・ぬるい湯のふたつに分けられた浴槽、温泉の出る蛇口と水の出る蛇口がそれぞれ3つずつ、洗面器、それだけである。
本来浴室には必ずあるであろう風呂イスや石鹸すら無い、簡素という言葉を通り越して閑散という表現すら似合いそうなこの光景こそが、外湯の醍醐味であると私は思う。
その中で人びとは自らが持ち寄った風呂道具を用いて床にあぐらをかいたまま身体を洗い、別の人は源泉かけ流しで47度を超える熱い浴槽に知り合いと話しながら肩まで浸かり、またある人は風呂道具を小脇に抱えて私が今しがた入ってきた扉を「おさきにー。」と言いながら潜り抜けていく。
そこでは、それぞれが思い思いの時間を、湯を介して繋がったコミュニティーの中で過ごしている。
 
私もそのコミュニティーに身を投じ、浴槽から直接湯を汲み、ざばりと身体にかける。
折からの冷たい外気に晒されて冷え切っていた私の身体には、この44度ほどのぬるい方の湯ですら肌をぴりりと刺すような痛みを感じ、思わず小さな声を上げてしまう。
と、熱い方の浴槽に浸かっていた、坊主頭に白髪の多く混じった目じりにしわの目立つ初老の男性が、そのしわを更にくしゃりとさせ、白い歯をに、と見せて私に言う。
 
「飯坂の湯はぁ、あっついがんなぃ。 んでも、そっちは大分ぬるいんだげんと、あんだぁ、そんなに熱いがい?」
 
笑顔を湛えた顔で驚いたように聞いてくるのだが、私にしてみれば、そっちの浴槽で笑っていられる事のほうがよほど驚きである。
私は、福島に越してきてまだ3年であることと、飯坂温泉に通い始めてまだ日が浅いことを、最近すっかりと板についてしまった福島のイントネーションで男性に伝える。
男性は、笑顔を崩さぬまま最初は脚から湯をかけて慣らしていくのがいいと私に教え、また隣の知人との会話に戻っていった。
私は5回ほどかけ湯をして湯の熱さに身体を慣らし、浴槽に身体を肩まで沈める。
先ほど熱さのせいであげた声とはまた別の、あぁ、という低いトーンの声が嘆息のように漏れるのが分かるのと同時に、まるで今日一日の疲れが首の後ろあたりからじんわりと湯の中に溶け出していくような錯覚に囚われる。
目の前では福島市のキャラクター、うさぎの『ももりん』を模した愛らしい石造の脇から、とうとうと浴槽へ湯が落ち下っている。
 
イメージ 2
 
この時がまさに私にとっての至極の瞬間と言っても過言ではない。
目を閉じれば湯の中にお湯との境界が曖昧になった自分の身体がゆらりとたゆたい、耳にはももりんから間断なく流れ落ちる湯の音と、皆の語る国なまりが壁に幾重にも反響して心地よく響く。
これほどにも何も考えずに身体の力を抜ける時間・空間が、今の私の生活の中に他にあるだろうか、などと考えるのも下衆なことに思えるほどに、その時間は濃密なリラクゼーション効果を私にもたらす。
日々の嫌なこと、人、物、全てが曖昧模糊とした意識の奥底に沈殿し、普段はあんなに意識する周りの目すらも意味の無い事象のように思えてしまう。
しかしきっと湯の上に突き出た私の顔は、本人も気づかぬうちに薄く笑顔になっているのだろうとはたと考えてしまうと、気にしていないはずの周りの目が少しだけ気になったりもしてしまうのはご愛嬌ということで…。
そしてのぼせてしまうほどに充分に身体が温まったら、周りに倣って地べたに座り身体を洗い、最後にもういちどゆっくり浴槽に浸かるのである。
200円という金額で、これほどの満足感を得られる場所を私は他に知らない。
 
この繰り返しが日々、この小さなコミュニティーの中で何年にもわたり延々と行われていることに一抹の畏怖を感じながらも、「おさきにー。」と浴室を出て身体を拭きながらもう、次は何曜日に来れるかと考えている自分がいる。
 
そんな飯坂温泉・導専の湯、福島に来る機会があったら、ぜひお立ち寄り下さい。
きっと、身体も心も一緒にほっこり、できますよ。

全1ページ

[1]


.
ウォッチタワー
ウォッチタワー
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事