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だいぶ前になりますが、去年12月末に、中国語の授業が、教科書上下巻をすべて終え、終了しました!
そして、去年の年末に、4年間お疲れさま会と忘年会を兼ねて、東野さんがご飯会を開いてくれました。
中国語の生徒達と先生です。
東野さん、華丸さん、ダイノジ大地さん、Mr.都市伝説の関暁夫。
思い返せば、あっという間の4年間。
中国語の先生は、始まった当初は、まだ浪人生・・・・
メガネをかけ、髪の毛を無造作に束ねた日本に来たばかりの留学生という感じでした。
しかし、大学生になると・・・・
どこで覚えたのか「ジーマで、バイヤーーー!」と、マジでヤバい!という意味の聞いた事もない日本語を使いだし・・・・
最初の頃の上品な敬語もすっかりなくなり「前にもやったじゃねーーかよ!ブシー!」と汚い言葉で授業をするようになり・・・・
ある時、東野さんのテレビの関係で、行列の取材が入った時は・・・
なぜか先生は、メガネから、コントクトレンズにかえ、今まで見た事もない短いスカートで授業に来たり・・・・
夏休みには、故郷の中国に帰る事など考えもせずに・・・・
夏の観光スポットの雑誌を見て、「やべ〜!行きたい所いっぱいあるよ〜!ううううう〜〜〜!」と体を震わせ・・・・
しまいには、「ガングロになりて〜〜〜!」と叫んでました。
あの時、先生のテンションに、みんなガングロが、日本でもう流行ってないなんて、言えなかったのを覚えてます。
その後も先生は、九州旅行をしたり、東北を一人旅したり、フランスにも旅行してました。
大学生活も充実してるみたいで、毎年学園祭の時期になると、授業そっちのけで、「みんな遊びにきてよ〜〜〜〜!」と無邪気に誘ってきました。
もちろん、東野さん、華丸さんは仕事で来れるはずもなく、もし仕事がなかったとしても行く訳がなく、毎回僕が行くことに・・・・
最後の学園祭では、先生はアナと雪の女王のお芝居で、エルサを演じ、後輩達をバックダンサーに、レットイットゴーを中国語で見事歌いきり、500人近いお客さんから、拍手をもらってました。
なぜかその先生を見た時、先生良かったね。日本に来て、こんなに拍手もらえるようになるなんて・・・・。と、親心というか何なのかわかりませんが、感動して、涙が出そうになりました。
でも、涙が出そうになった瞬間、涙が出そうになってる自分に冷めてしまい、ピタッと涙が止まりました・・・・ごめんなさい!
そして、学園祭だけでなく、カラオケやディズニーランドの誘いも全部、先生が何か誘うたびに、東野さんはニヤニヤしながら、先生の誘いを全部、僕に押し付けてきました。
時には、僕にお金を握らせ、「カネやるから、これで文句ないだろ!」と言わんばかりに「ナベくん、先生、お願いね・・・」とニヤニヤしながら言ってきました。
ご飯をおごることや、お金を渡す事で、人は言いなりになると思ってる、お金持ちのイヤな部分を見た気がします・・・・・
結局、先生は、渋谷109で「ここの社長さんと結婚したいよ〜!」とか、ディズニーでは「ここに一生、住みたいよ〜!」と叫んでました。
とにかく、そんな先生と、4年間のお疲れさま会と忘年会をかねたお食事会。
会の終わり、先生に、生徒のみんなの写真を張った色紙と、先生への感謝の手紙を書いて、読み上げました。
すると、先生は・・・・・・
ううううううう・・・・・・
先生どうしたの?と聞くと・・・・
ううううううう・・・・・・
先生泣いてるの?
ううううううう・・・・よくわからないよぉ〜
まるで感動という感情をプログラミングされてないロボットが、この感情をどう処理していいか戸惑ってるみたい・・・・・
ずっと「ううううう・・・・・」と唸ってる。
するとロボットはこんな事を・・・あっ、先生は言い出した。
文化祭のお芝居が終わったとき、私は終わったぁ〜!イエ〜イ!とテンション上がって騒いでるのに、周りの日本の学生は、みんなは泣いてるの。
なんで泣いてるんだよ!全然意味がわかんねーよ!と、私は騒いでたけど・・・・・
今、なんかわかるような気がする・・・・
そういうと、先生は涙を流した。
なんかよかったな〜と先生の涙を見て、みんな笑らった。
そして、お店を後にしようよした時、先生が叫んだ。
「うううううう〜!心まで、ニッポン人になっちゃったよ〜〜〜〜!」
その一言を聞いて、みんな笑って、中国語の会は、終了しました。
そういえば、・・・HSK中国語検定試験4級の結果。
不合格でした。あと12点。
ギリギリでもいいから、合格して終わりたかった。
先生、合格出来なくて・・・・ごめんなさい。
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2015年01月15日
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