クラシック音楽は敷居が高くない

ショスタコーヴィチの交響曲第10番をカラヤンのライブとムラヴィンスキーのライブで。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全12ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本日はちょっと、いえ大いに素敵な一日を過ごしました。
「年に一度きりでも一番聴きたい演奏会に行く」ことが私の楽しみなのですが、今日がその日でした。

日曜日。一番のお気に入り会場で、数多く足を運んでいるサントリーホールですが、休日に行ったことはなかったかもしれません。

いつもですと平日仕事を切り上げ「間に合うか?急げ!」などとドタバタしながらの駆け込みです。
しかしながら今日はゆっくりと余裕をもってクルマで出かけました。空いていれば20分程度で着けるのですが、少々渋滞し小一時間かかりました。それでもちょうどお昼前に到着。開場13時20分開演14時ですからゆっくり昼食をとることができます。

全日空ホテルにクルマを止め、そのままそこで昼食といたしました。いつもなら「この味と量でこの値段?」と毒舌を吐くところも今日ばかりは「美味しい」と満足できてしまう不思議。

昼食を済ませ、カラヤン広場へ向かうもまだ時間に余裕があったので、小澤征爾がサントリーホールでの本番前に散歩をするという裏の公園と街並みを少々散策し、開場を知らせる仕掛けオルゴールの音でホールへ戻りました。

こんなに会場に入る前からリラックスして演奏会に挑んだことはなかったかもしれません。
開演までは、沢山渡される演奏会チラシの山に目を通して過ごしました。

そして開演。今回の演奏会はライナー・キュッヒルがコンサートマスターではなく少し残念な気もしましたが、ズービン・メータの登場で吹き飛びました。実は彼の演奏会は初めてなのです。以前より気になる指揮者ではあったのですが、なかなか年に一度の喜びに選ぶことはございませんでした。

なんと威厳に満ちた背中でしょう。彼の生き様を想像でき、これからの素晴らしい時間が約束されたと確信できました。

そして、嗚呼、久しぶりのウィーン・フィルです。

この弦の調和、柔らかさ、そして切れ・・・大好きな彼等の音が身体のそこかしこから染み込みます。
はじめの一音から「やはりウィーン・フィルが一番好きだ」と感じました。

もう一つ大好きなベルリン・フィルとの共通点は「聴かなくても音が届き身体と一体化する」ことにありますが、プロセスはまるで違います。ベルリン・フィルの場合、押し寄せる怒涛の波(音)に身体が飲み込まれ、自分があたかも波の一部になったような感覚に捉われる一体化。うねりの一部として絶えず興奮しているような状態です。

ウィーン・フィルは、彼等の音が身体に入り込み、身体の中で音楽を感じます。眠る一歩手前のような状態で、目を閉じると本当に身体の中で音が鳴っているように思えます。自分の中にオーケストラが入ったような感覚に捉われる一体化です。

どちらが優れているというものではございません。一体化を感じられるのは、私の場合、今までこの二つのオーケストラでしかなく、好みとしてウィーン・フィルの方がより好きだということです。

今回の演奏会、はじめの一音の感動はプログラム前半のウェーベルンであったことも自分自身驚きでした。私、この手の音楽は苦手というか嫌いなのです。もしかするとウィーン・フィルが奏でる音楽ならば、なんでも良いという節操のない男なのかもしれません。とにかくウェーベルンで感動できたことは不思議です。

休憩を挟み、お目当てのブラームス交響曲第4番です。私は以前よりこの曲とチャイコフスキーの交響曲第6番はウィーン・フィルで、と考えておりチャイコフスキーは実現しておりましたので、ようやく念願叶ったわけです。

これこそはじめの一音から目頭が熱くなりました。例えようもなく幸せな気分、無上の喜び、言いようのない儚さが身体の中で響き渡ります。この一瞬とも永遠とも思える時間が流れ出します。

溢れる涙が落ち着き、目を開けるとメータの堂々とした指揮がそこにあります。想像していたよりはるかに素晴らしい。そして大変格好良い。プログラムによるとウィーン・フィルに登場する「現役最長老」の指揮者ということですが、その指揮は堂々としているばかりでなく、とても瑞々しい。

そしてウィーン・フィルの特徴として、指揮者によっては最高以上の演奏を実現することがあると思いますが、メータはそれを実現していたと感じました。

本当は第1楽章から第4楽章まで、「こうだった」という感想を述べたいのですが、残念ながら細かい部分を覚えておりません。身体の中で響いていたのに空っぽなのです。エンディング部分に差し掛かり、心の中で「終わらないでくれ!」と叫んでいたことは覚えております。今日はほんの僅かな時間だと思いますが拍手も忘れていました。メータやウィーン・フィルのメンバーには失礼かと思いますが、あまりの感動のため、と言い訳をして許していただきましょう。


追記

ブラームスが終わったあと空虚感に見舞われましたが、彼等はアンコールに応え、ヨハン・シュトラウスを演奏してくれました。この素晴らしい演奏は空虚感を払拭してくれて、とても良い気分で会場をあとにすることができました。

ピアノ:スヴィアトスラフ・リヒテル
指揮:クルト・ザンデルリング
ソビエト放送交響楽団(?)
1955年 モノラル


リヒテルが一度だけこの曲を録音していて、以前から欲しかった演奏です。
つい一月ほど前に入手いたしました。

言葉では言い尽くせないほどロマンティックな演奏です。リヒテルのピアノもオーケストラも素晴らしい。協奏曲第2番にはない爽快感と特有の抒情的な響きが相まって、外へ出て大声を出したくなるような気持ちにさせてくれます。

この曲は他に2つの演奏を所有しておりますが、片方は味気なく、また片方は「甘美に甘美に」演奏しているようで、少々わざとらしく聴こえてしまいます。

大男リヒテルがリヒテルらしく演奏して、ちょうど良い甘さを醸し出してくれているのでしょう。


それに、やや意外に感じるのがオーケストラです。
リヒテルの強い音によるものかもしれませんが、ロシアのオーケストラに見られる「力任せ」をあまり感じることなく、むしろ「耽美」で「繊細」な世界がそこにあります。


さらにはモノラルですが旧ソビエトとは思えないほど良い音だと思います。カップリングはオーケストラのみレニングラード・フィルに変わった1959年の協奏曲第2番です。年代は新しいのですが、こちらの方が音は悪いようです。


残念なことにリヒテルは第3番以降のラフマニノフの演奏はございません。第2番はヴィスロツキ、ワルシャワ・フィルとの名演中の名演がございますし、第1番のこの抒情的爽快感をもってすれば、第3番もきっと素晴らしいものになったに違いないのですが、お気に召さなかったようです。残念でなりません。


この演奏はリヒテルファンならずとも、是非一度聴いていただきたい。

先だって記事にした演奏会のチケット、希望通りというわけには参りませんでしたが入手できました。

9月20日のブラームス交響曲第4番のプログラムです。
予算より高い席しか取れず、25日のランランとの協演は断念いたしました。

発売日初日は特別電話予約です。
固定電話と携帯電話2つの計3台の電話を駆使し、流れ作業的にリダイヤルをしていると
繋がったにもかかわらず、自分で切ってしまうミスもしながら25分。ようやく繋がりました。



演奏会に行けることは大変な喜びなのですが、チケットが取れた直後に恐る恐るネットオークションを覗いてみると、すでに出ているのです。ウィーン・フィルのチケットが。

これは残念ですね。

心から行きたい人が正規の料金でチケットが取れず、金儲け目的の人(しかも自身の生産性はゼロです)が取れてしまう・・・。

「違法でなければ何をやっても良い」

人類はそう遠くない将来に滅びるのではないでしょうか。



滅びてしまう前にウィーン・フィルを満喫して参ります。

今年はあともう一つ。知人の身内の人の演奏会を楽しみにしております。
この二つの楽しみに向け、最近では夢にまで出てきてしまう、肥大し続ける仕事をこなして参りたいと思います。

今年の演奏会

ここ数年は年に1回、一番行きたい演奏会に行くことを定例としております。

「行きたい」と思う演奏会に全て行っていては、とてもではございません。
予算的なことも多分に理由となりますが、感動を覚え続けられないということもございます。

以前、毎年複数回足を運んでいたとき、振り返ってみるとはっきり覚えている演奏会は年に1、2回。
大きな感動を貰った演奏があると、それ以前のは「薄く」なってしまいます。

そこで、公演スケジュールを見ながら何日もイメージし自分の欲求を考えます。
そしてたった一つ、自分が渇望している公演を見つけるのです。


今年の演奏会、

9月のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮はズービン・メータです。

日程は曲で選ぶのですが、今年に限っては2つの公演に行くことにいたしました。
ただし、チケットが取れればの話です。

9月20日、9月25日の両日です。

20日はブラームスの交響曲第4番のプログラムです。
25日はショパンのピアノ協奏曲とシュトラウスの「英雄の生涯」です。ショパンはランランが協演します。ランランは5年程前よりチェックしておりますが、当時は「将来楽しみな演奏家」という感想を持ちました。ただ、その後も同じ感想しか持てなかったので「ここまでの人」かと感じはじめております。しかしながら演奏会では違ったものを発見できるかもしれません。やはり実際に聴いてみるのが一番だと思います。

ゲルギエフがCDではつまらないのに、演奏会では忘れえぬ感動を届けてくれるのと同じように。

サントリーホールなので、席はS以外でも良いと思っております。2回となると相当高額ですし、B、C狙いでいこうかと。


そして今年はもう一つ、知人からのお誘い演奏会にも行く予定です。
すでにイメージ作りは完了、渇望しております。

指揮:アラム・ハチャトゥリアン
ヴァイオリン:ダヴィード・オイストラフ
フィルハーモニア管弦楽団
1955年



フィギュアスケート浅田真央のフリープログラムで使用されている「仮面舞踏会」を聴いて以来、この作曲家の音楽に興味を持ちました。

近代の作曲家の中では、もっともすんなりと私の身体に入り込む音のようです。

仮面舞踏会もそうですが、このヴァイオリン協奏曲もとてもドラマティックな曲で、それは古の映画音楽のようでもあります。悪く言えば「退廃的」でしょうか。



第1楽章からソロヴァイオリンは「オイストラフ節」が炸裂いたします。力強さ、スピード感、そして抒情的な音色。私はこの第1楽章を聴くと、無声映画の蒸気機関車の走行シーンをイメージしてしまいます。それも猛スピードの走行シーンです。ひょっとしたら実際に使われたこともあるかもしれませんね。

第2楽章は一転、これもオイストラフ節なのですが、とても美しく儚くヴァイオリンが鳴いております。ただ一転と申しましても、ドラマティックさは失われておりません。それにオーケストラの壮大さも充分に感じることができます。

第3楽章、とても力強いファンファーレで始まります。これはとても楽しい。オイストラフのヴァイオリンもまるで踊っているようです。ソロもそうですが、オーケストラの音も凄まじく力強い。ただ一つ注文させていただければ、第1楽章からドラマティックに展開してきた割にはエンディングがあっさりしているような気がします。もっとクドい終わり方であれば、より私好みであったろうと思われます。



それにしても、演奏会プログラムでもほとんど目にしない曲であります。平均的一般クラシック音楽ファンである私の心を捉える曲なので、気に入る人は多いと思うのですが。

しかしながら、初めて聴いた演奏が本人指揮でオイストラフのソロとなると、なかなか違う演奏を聴いてみようという気にならない、ということも事実ではあります。

全12ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
デューク東
デューク東
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(6)
  • ハクマル
  • 松次郎
  • ちろんこ
  • テレーゼ
  • まきまき
  • からやん
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事