長き道を行くが如く・・・

更新が不定期になるかもしれませんが、再開します。

旅への誘い[寝台特急富士の旅]

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 宇佐を出ると深い山越え。 対向線とも別々に走ったり。 

 そして杵築に停車。 ついにここで大分行きのソニックに道を先に譲るのです。

 特急が特急を抜く光景。 改めて、時代の違いを知らされます。 そういえば、この杵築にも城があり

ましたね。

 さて、高速で駆けて行った真っ青色のソニックを見送って再び大分に向けて発車です。 

 車内ではソロから来たと思われる外人の子供が走り回っています。 やはり、外国の方もこの日本にふ

さわしい列車名にひかれてのご乗車でしょうか。 

 日本で一番温泉が吹き出ているという。 別府。 ここで降りていかれました。 駅には温泉マークの

看板もあり温泉地という雰囲気満々です。

 いよいよ大分も少し。 かなり名残惜しい気持ちでいっぱいです。 最後の景色の見せ場は国道10号

線と平行して美しい別府湾の海沿いを走るこの景色。

 海が見えなくなると大分の市街地。 ゆっくりと減速して行き・・・ 「チャラチャラチャララ〜♪ チャララララ〜♪」

と“ハイケンス”が聞こえてきます。 楽しかった“富士”での旅もお終い。

 駅を降りるのも下関以来。 改めて短くなった編成を見て、寂しくもなります。

 最後に、門司からお世話になったED76の写真を撮り、姉と共に大分観光へ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 これで、私の寝台特急“富士”の旅はお終いです。

 今回、ついに幼い頃からの念願かなって寝台特急に乗りましたが、何でもっと早くのらへんかったんや

ろ! と思ってしまいました。 こんなにも旅の醍醐味を教えてくれて、老いぼれても頑張ってる列車は

考えられません! いくら遅くたって・・・ わずかな乗客を乗せてるだけだって・・・ いつまでも、走り続

けてほしい・・・     そう、思わせてもらいました。 今回、姉と共にの旅でしたがお互いに寝台特

急の真の楽しみ方って事を知らなかったので・・・。 近いうちにまた。 今度は機関車の交換もばっちり

見物してもっと寝台特急を満喫する旅をしようと思います。 なので、アドバイスしていただけたら嬉し

いです。

 最後に・・・。 こんな没落状態でも、“富士”を廃止にしないで頑張って運用して下さっているJR九州

さんを始めJR西日本さん本当に感謝しております。 おかげさまで廃止前にこうやって乗ることができま

した。 苦しい状況でしょうができうる限り、“富士”の雄姿を続けさせてください。お願いします。 

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 この頃になると45分遅れで京都駅にやってきた“富士”もさらに1時間以上遅れていた為、先の新山

口で新幹線の振り替え輸送がありました。 もちろん列車旅を楽しみに来た、私や姉には関係の無い話で

すが・・・。 小倉に着くとふとその新幹線の振り替え輸送した人たちはもう着いたのかなと思いました。

 しばらく、ローカルな場所を走ってた為か小倉駅がすごく新鮮に映りました。

 ここから、日豊本線に入ります。 “彗星”が廃止された今、日豊本線唯一の寝台列車なのですね。

 日豊本線といえば俊足の“ソニック”が花形列車として君臨している路線・・・。 その同じ路線をこの

ようなのんびり屋さんが走っているっていうのも何となく不思議に思ってしまいます。

 大きなカーブを曲がって行くと小倉の市街地をだんだんと抜け、またローカルな景色へとなって行きま

す。 そして、行橋に停車。

 行橋を出て少し進むと海が微妙に見えてきます。 反対側には山々が・・・。

 そんな景色を寝台に寝転がりながら見れるなんて他の列車では体験できない何だか贅沢な気分になれま

す。 そういえば、九州に入って、私が最初に思ったことは“富士”単独になって車内に流れる“ハイケ

ンスのセレナーデ”がオルゴール調に聞こえました。 姉は

  「車掌の制服が変わったなぁ〜」

 と言いました。 普段、西日本の制服しか見慣れていない私達にとって九州に来たと実感できるような

ものでした。

 かつて、関ヶ原の時代。 秀吉の片腕として活躍した黒田如水(孝高)の城下が広がった中津。

 秀吉は近くで手腕を発揮した如水を逆に恐れて、この中津の地で少しの領地しか与えなかったといわれ

ています。 その城があった場所には今は萩城天守を模した模擬天守が建っています。 一瞬でしたがそ

れを確認できました。 

 中津を出ると、次は宇佐。 下のローマ字は(USA)アメリカン・・・ なんてくだらないことは置いとい

て。 宇佐は宇佐神宮で有名ですよね。 ここではご年配の方お一人が降りてゆきました。 昔からこの

“富士”を利用しているのでしょうか。 何だかそんな感じに思えました。

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 下関駅ではここまで東京から牽引してきたEF66からEF81-400への付け替え作業です。

 山陽本線は直流。 九州に入れば交流なのでこの交直対応のEF81なのですね。

 もちろん。 ここでは皆さん降りてきて食べ物や飲み物を仕入れたり、機関車の付け替え作業などを見

物に行くわけですが・・・。 私も姉もあまり詳しくは知らないので置いていかれると恐いという理由から

ホームへ降り立って少し伸びをしたくらいです。 
 
 私達が乗っていたのは11号車でしたので、最後尾の12号車を見に行ってみました。

 この日の最後尾はスハネフ14でした。 車番は未確認です。

 14系15形で運行されている中でこの車両のみ14形なのですね。 私個人的には15形より14形

の方が丸みをおびていて好きです。

 それから、少し車内のほうもまわってみました。 私達は九州往復きっぷでしたのでソロは利用できま

せんでいたがソロは扉の数を見ただけでかなり狭そうだったので案外ガラガラの開放寝台のほうが移住性

が良いように感じました。 A寝台のシングルデラックスもそんな感じですね。 けど、この車両のみ個室側の窓

が海側を向いていたので自分だけの空間であの瀬戸内の景色を堪能できるとは贅沢でしょうね。

 さて、そんなことをしている間に発車の時刻となりました。 いよいよ初めての九州上陸です。
 
 考えてもみると少し前まではここで幾多もの優等列車が機関車の付け替えをおこなっていたのですね。

 “みずほ”“さくら”“彗星”“あさかぜ” 今では併合運転の為、“はやぶさ・富士”“なは・あか

つき”のみですもんね。 寂しいです。
 
 その前に、関門海峡の景色に期待してましたがあっという間に関門トンネルに入ってしまい確認できま

せんでした。

 そして、長い暗闇を抜けるとそこは九州。 その本州との玄関口、門司へと到着します。

 九州の駅名表示看板には関門トンネルが。 それに、ものすごく時代を感じさせられる駅のように思え

ました。
 
 ここでも、機関車の付け替え作業及び東京からここまで共に走ってきた“はやぶさ”との切り離しです

 ここも付け替え作業を見に行けませんでしたが数分停車の後、ED76を頭に身軽になった“富士”は大分

に向けてラストスパートにはいります。

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 徳山を出ると工場地から田園風景へと変わってゆきます。

 そして、防府に到着。

 結構、真新しい高架駅でしたので快晴の中、遠くの山までいい感じでした。

 再び都会から田園風景に。

 姉も、写メをしながら友達にこの景色と旅路を自慢しているようでした。

 この辺りで車内販売もまわってきました。

 けれど、私達は行く前に色々と購入したので何も買いませんでした。

 新山口(元、小郡なんですね)を出ると再び山中を進んで宇部に到着。

 山陽新幹線が開通している今となっては、主要路線もローカル線って感じですね。

 ついに本州の西の端、下関に到着!

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 この日は本当に透き通るほどの青空の広島の街。私は初めて広島という街を見たけれども、あの悲劇の

日もこんな快晴の青空だったのでしょうね・・・。今はあのような事があったことが嘘のような美しい街。 
 街の中でいくつか川を渡ったりましたが、このどれかが原爆ドームの横に流れてる太田川なんやろうな

ぁっと思いながら。 広島城も原爆ドームもさすがに見えぬまま広島をあとにしました。

 しばらく進むと美しい瀬戸内の海が見えてきました。そして、厳島が見えると聞いたのですが、はっき

りと何処で見えるのがわからなかった為か見落としてしまいました。

 あまりにも、美しい海を見て思わず笑みが浮かんでしまいます。

 そして岩国。 岩国といえば錦帯橋ですよね。 

 あの関ヶ原の裏切りで有名な吉川広家の築きし岩国城は山上に模擬天守閣が建っているので探して見ま

したがよくわからない間に岩国を過ぎて行きました。

 岩国を出ると、再び美しい海が見えました。

 その最中、離島までかかる大きい橋が見えました。 後々調べたら、これは大島大橋という橋らしいで

すね。 

 次は柳井。 柳井港という地名は源平合戦でてきますね。

 そして、下松に停車。 

 この辺りから多くのコンビナート地帯がありました。 

 続いて、徳山に停車。 

 太平洋戦争中、人間魚雷回天の基地があった事で有名ですよね。

 駅の案内板にも回天基地跡と記されていました。

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